025話 かげろう

5階。

地下1階まで、この階併せてあと6階。

まだまだ先は遠い。


みんな、初回のチュートリアルからハードなことやってんな…。

俺は既に初回チュートリアルをクリアーした947人を尊敬するよ…。


疲労と違ってSPはすぐには回復しないらしく、グロウは空を飛んだまま座り込んでいた。


「おまえ、それって意味あんのか?」


「え?何のこと?」


「その、空飛んでるヤツ。

降りた方がSP回復早まるんじゃねーの?」


「あぁ、そう思うわよね。その通りよ。」


「おい。」


「きゃー、辞めて!

あたしのアイデンティティーを奪わないで!」


今だけ空を飛んでなくてもアイデンティティーがなくなりはしないだろ。

そもそも、お前、光ってるし。


俺は、グロウを強制的に着地させると、SPが回復し終わるのを待った。

いや、SP回復用のアイテムを使ってもいいんだけどさ、あれ回復量の割りに高いんだよ。

だから、ボス戦以外で使う意味はない…と、思っている。


それに俺やグロウは魔術師系とかアコライト系ではないので、総SPがそんなに無いため回復も早い…はずだ…EOと同じなら…。

検証をしていないので良くわからなかったが、3分も待たずに、グロウは完全復活した。


「それで…だ。」


俺は、改めて今の状況を確認する。


「暗いな…。」


「暗いわね。」


グロウも同じことを言っている。

つまり、このフロアは暗いらしい。


試しに証明弾を打ち上げてみる。

…が、光が何かに吸いとられるように一瞬にして真っ暗に戻る。


【心眼】で確認した限りでは、フロア中央辺りにに一体だけ怪しげなモンスターの気配がするが、俺の知る限り光を吸い込むようなヤツをEOでは見たことがない。

つまり…。


「ヤバイな、俺の知らない敵が出た。」


「あ、そう。」


グロウは、あまり気にしていない様子だ。


「何でそんなに落ち着いてんだよ、不味いだろ。」


「どうして?だって、作戦を立てるのはあんたの仕事でしょ?

あたしは倒すか、囮かどっちかしか出来ないもの。」


「開き直りかよ。」


「違うわ、あんたを信用してんのよ。

あんたはあたしが実行できないことは命令したことないもの。」


あれ?そうだっけ?

と言うか、作戦たてるのっていつも俺だったっけ?


まぁ、そんなことはどうでもいいか。

とりあえず、敵の姿を拝んでおくとするか。


俺は敵の姿がギリギリ確認できるであろう位置に手探りで移動しつつ、敵に気取られないようオブジェクト化した棚の裏から照明弾を打ち上げた。


光が影に吸い込まれる数秒の間を利用し、敵の姿を捉える。

その作戦は成功し、俺は敵の姿を確認することが出来た。


俺が確認したかったのは2つ。

1つは、敵の姿だ。

単純にどんなヤツか見てみたかった。

2つ目は、光を吸うとき回復するのか、ダメージを受けるのかだ。

結論から言うと、敵の姿は黒い炎のようなものを纏った人形の精霊タイプだった。

そして、ダメージを受けるのか回復するのかについてだが、……成長するらしかった。


「何か思い付いた?」


グロウが俺に聞いてくる。


「あぁ、光以外で攻撃してやろうぜ。

多分、そのうちどれかではダメージが与えられるらはずだ。」


「ばっかみたい。

それって作戦って言えるの?」


「作戦とは言えないな。

だが、勝てばいいんだよ。」


俺は、持っている中級魔法を片っ端から試すことにした。


「まずは、炎槍の巻物フレイムランス


【心眼】状態でターゲッティングして、ぶっ放つ。

だが、炎の発する光が吸収され、ダメージが相殺される。


「おい、なんだよ。

光なら何でもいいのかよ。」


「そうみたいね。

光らないヤツでいきましょう。」


「じゃあ、吹雪の巻物ブリザード


光を発しないが、範囲魔法のため、思ったよりも大きなダメージが通らなかった。

なんて気むずかしいヤツ!


「なぁ、グロウ。」


「何よ。」


「俺さ、光らない魔法で一個試してみたいヤツあるんだけど、いいか?」


「良いけど、何?」


「あぁ、闇魔法。」


「え?あの魔法屋、そんなのも売ってたの?」


「おう。さっき魔法屋がレベルアップしたときに解放した。」


「まぁ、試したいってことね。

良いわ、好きにしなさい。」


「よっしゃ、初級ぶっ飛ばして中級ぶちこんでやる!

闇の巻物ダークネス!」


打ち込んだ瞬間、黒い炎を纏った精霊が、一瞬にして蒸発した。

マジか。

真っ暗にする精霊が闇魔法に弱いとかめっちゃ残念だな。


光を吸収するモンスターがいなかなったことで、このフロアも明かりを取り戻した。


「眩し!ちょっと、明るくするなら前もって言いなさい!」


グロウは、明るくなっても文句を言うんだな…。


とりあえず、前半最後の敵をやっつけた俺達は、後半に進むのだった。


―――


4階。


エスカレーターを歩いて降りると、フロアが砂で埋まっていた。


「何よ、これ。」


「砂?だな。」


「それくらいは見たら分かるわよ!

あたしが言いたいのは、何で砂で埋まってるのかってことよ。」


「そんなの俺に聞くなよ。

砂に生息するモンスターがいるんだろ?」


「なるほどね。あんた、囮やりなさい。」


「お、何か思い付いたのか?」


「きっと、そういうモンスターは、空を飛ばないでしょ?

だから、あたしが先に下に降りて…。」


「お前、バカだろ?

そのエスカレーターも砂で埋ってんだよ。」


「はっ!本当だわ!

こいつを犠牲にするあたしの作戦が使えないじゃない!」


「まぁ、俺が囮になるって言うのは、多分良いアイデアだと思うぞ。」


「何かわかったの?」


俺は、無言で指を指す。


「何よ、あれ!」


砂の中から日本の真っ黒なハサミのようなものが突き出している。


「オオアリジゴクだな。

俺は喰われないように逃げるから、お前があいつを倒せ。

じゃあ、あとは任せた!」


そう言うと、俺は砂の上に降り立った。

俺が、降り立つとすぐに、ぱらぱらと砂が崩れ始め、すり鉢状の砂の坂が形成されていく。

振り向くと、オオ顎を広げたオオアリジゴクが、俺を待ち構えている。

オオ顎だけで3~4mはある。

オーガがかわいく見えるサイズだ。

砂に埋まった本体を併せると恐らく7~8m級だろう。


俺は、崩れ落ちる坂を、グロウがあいつを倒すまでの間、ひたすら逃げ回るのだった。


―――


まったく、なんてヤツなの?

あたしがあいつを置いて逃げることを全く考えていないとでも思ってるんじゃないのかしら?


あんなに、必死に逃げ回る位なら、安全な位置からあいつをやっつける方法だってあったはずなのに…。


正直、あいつがスゴいのか、単なるバカなのか、わからなくなるときがある。

あたしは……。

あー、もう、しょうがない!


「あたしは、もっとバカなんだから!」


あたしは、6階で覚えたばかりの【グロウ飛ばし】を使って、オオ顎の破壊を試みた。

でも、ダメだった。


やっぱり、ああいうタイプのモンスターは、本体を狙わないとまともにダメージを与えられないのかもしれない。


それがわかってなのか、あいつがこっちを見ていた。

そして、あいつは手を上げる。

あたしは空中をくるっと回って円を描く。


それを見たあいつは、一気に坂を駆け降りていった。


オオアリジゴクが、あいつを捕らえようと体を乗り出した。


あたしは、オオアリジゴクが、あいつを捕らえようと砂から本体を見せたタイミングを見計らって、その胴体に【グロウ飛ばし】を実行した。


―――


「いやー、本当に死ぬかと思ったわ。」


俺は、床に両手を着いて、座り込んだまま、そう言った。


グロウが、オオアリジゴクの胴体に、自分の分身をぶん投げてやっつけたと思ったら、オオアリジゴクごと、砂が全部消えてなくなったのだ。


あの、砂自体がアイツの一部だったのか。

マジで、モンスターってえげつないわ。


少し不機嫌そうなグロウが俺に近づいてきて、パンチを繰り出す。


本気じゃないので、全然痛くなかったが、あいつなりに俺を心配していたのだろう。


「次も助けてあげるとは限らないんだからね!」


どんなツンデレだよ。

俺は大の字で仰向けに寝転がったまま、「ありがとうな」と呟くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る