感情ごみ箱
坂崎 座美
第1話 感情ごみ箱
家の近くに感情専用のごみ箱ができた。
なんでも、そこに捨てれば二度とその感情が自分に出てくれることはないんだという。胡散臭い話だが、高校に行ってみると同級生がうれしそうな顔で『ゴミ箱』の話をしていた。
「本当に怒らなくなったんだよ。今までは嫌なことがあるたびに、怒って、妹にあたって大喧嘩をしていたけど、もうそんなことなりっこないぜ」
どうやら、彼は怒りを捨てたらしい。
不覚にも、デズニーの怒りのキャラクターが『ゴミ箱』で泣いているのを想像してしまった。なんだか可愛い。
可愛いのはいいことだ。一日を幸せに過ごせる。
翌日は休みだから、少しのぞいてみようかな。どうでもいい感情を一つ、試しに捨ててみるのも面白い。というか、感情ってどうやって捨てるんだろう。紙屑なんかはぽいとゴミ箱に放り込めばいいけれど、感情ならそうはいかない。
それも含めて試してみればいいか。そう思って学校を後にした。
次の日の『ゴミ箱』には長蛇の列ができていた。SNSで広まったらしい。へー、ネットってすごいんだなあとか、高校生らしくもない感想が出た。花の女子高生とは言うけれど、SNSを見ることはあっても、投稿したことは一度もなかった。見るのだって、ほとんどが猫のかわいい動画とかだ。
こんなことのために並ぶのもばからしく、あきらめて明日にすることにした。
けれど、どんな人が感情を捨てるのかは興味があったので、しばらく眺めてみる。
写真だけ撮って帰る人が圧倒的に多かった。前まで行って自撮りして帰る。感情を捨てるということに抵抗があるのかもしれない。中には私でも知っているような有名youtubarもいた。youtubarはなんだかわからない言葉を大声でしゃべった後、やばいだの、すごいだのと言って帰っていった。
なんだか、みんなヘタレだなあ。日本はもうだめかも、とか思っていると思い詰めた顔のスーツ姿の男の人が来た。
おっ、これは期待できるな。と思って思わず前のめりで見てしまった。
見た目がサラリーマンなので、サラリーマンと呼ぼう。もっとも、あの表情じゃたった今解雇されましたといっても不思議じゃない。
サラリーマンは『ゴミ箱』のふたを開けると何かをつぶやいて、閉めた。
サラリーマンは何度か首を振ると、幾分か晴れやかになってはいたが、相変わらずのしかめ面で帰っていった。
な、なんか思ってたのよりも地味。
もっと、ビームとか光とか出るのかと思っていた。だって、感情を捨てる『ゴミ箱』なんだからもっとゴージャスでもいい。
それでも、あのサラリーマンを救ったのだとしたらこの『ゴミ箱』、あなどれない。
その日の夜。私はあの『ゴミ箱』を置いた人間について考えていた。
いったいどんな人なんだろう。
あの『ゴミ箱』にはマークも何も入っていない。多分、メーカーロゴとかも入ってないだろう。少なくとも、今日見た限りでは何も書かれていなかった。
じゃあ、妄想するぐらいしかない。
私が最初に想像したのは闇の帝王だった。ほら、「負の感情が我を強くするー」みたいな。
次に考えたのは秘密のスパイ。ほかの国から、日本国民がどんな感情を捨てたがっているか探りを入れるために派遣されてきたのだ。
次は、次は。とどうでもいいことを考えていると眠ってしまった。
まったく、我ながら子供っぽい、高校生らしくない妄想だなーと思うが、それで安眠が手に入るなら安いものだ。
次の日、私は朝一番で『ゴミ箱』に行った。
案の定、誰も並んでいなかった。
今日は平日だし、こんな朝っぱらから人がいたら、昨日とは別の意味で日本ダメかもの危機だったが、なんとかなったようだ。
私は隣に立っている「使い方説明書」と書かれた立札を読んだ。
1.ふたを開けます(ゆっくり!)
2.捨てたい感情をつぶやきます。(大きな声は出さないで!)
3.ふたを閉めます(そっとね!)
なんて適当な説明書だろう。と思ったが、考えてみれば普通ゴミ箱に使用方法なんて書かないので、案外、親切設計なのかもと思った。
言われたとおりにふたを開けて、捨てたい感情をつぶやく。
多分、一生使わない感情なので困らない。物は試しって感じだ。
ゴミ箱の奥で、何かがキラッと光った気がした。多分「了解!」って言ってるんだろう。
説明書に書かれている通り、ふたを閉めた。
その日は普通に登校した。
いつもの道を歩いていると、ハトにふんをひっかけられた。
「あっ、もうめんどくさいなー」
イライラする。朝から最悪だ。スカートにくっついた汚れを一生懸命落とす。
何とか取れたので一安心だ。これで一日スカートを気にしながら過ごさなくて済む。何かを気にしながら生きる一日は楽しくない。そんな日は一日でも少ないほうがいい。そういう意味では、運がよかったのかもなー。なんて思いながら、学校についた。
いつものように、授業を受けていると消しゴムが落ちてしまった。ころころと転がって、隣の椅子の足に当たって止まった。
「はい、これ」
隣の席の清水君が渡してくれる。
「あっ、ありがと」
普通だ。
何も変わったことはない。
その日は結局何もなかった。
あまりにも普通だった。
「清水君。あんな人だっけなー」
スマホをいじりながらつぶやく。
そのつぶやきで、はっと気づいてしまった。
あまりにも、今日が普通な理由に。
捨てて、はじめて気づくなんて。
私が捨てたのは『恋』だった。
感情ごみ箱 坂崎 座美 @zabi0908
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