第194話 現実


 侯爵家に潜り込んだ偽執事は調子に乗っていた。

 何の権力も無かった自分に、家の者が言う事を聞く。

 こんな快感は無かった。

 正に権力の蜜。


 元々詐欺師で罪人だった自分は自国の指示でこのルバン王国の侯爵家に潜り込んだ。それも全て御膳立てされた状態で、潜り込んだ後は家人にお茶を広めるだけ。

 こんな楽な仕事は無い。更に家人は自分を敬ってくれる。これで調子に乗らない奴は居ないだろう。


 ……ただ彼はやり過ぎてしまった。

 本来は情報収集。バレても尻尾切り要員だった。

 ルバン王国での経済事情、食糧事情、国内での様々な状況の情報を集めるのが本来の目的だった。

 だから最初のうちは誰も気づかない。本人も気を貼っていてちゃんと周囲に気付かれない様に振舞った。


 それが、子爵家の奥方と通じてしまった。

 同じ国出身の女性と話せたことで、段々と彼の気が緩んで行く。

 地味に情報を自国に渡すだけでは無く、自分が何かを出来るかも?と錯覚してしまう。それに子爵家の奥方と男女として通じてしまった事から、もう歯止めは効かなくなった。


 息子の洗脳の様な教育、侯爵家の資産の横領、もうこの世の春である。

 元々は詐欺師でそれなりに頭の回転は良いが素行の悪い人間が侯爵家の執事の権力を与えたらどうなるか?

 認識阻害のお茶もそれなりの破壊力を持っていることを実証できた。


 因みに、子爵家の奥方の方は元々子爵との政略結婚で、隣国で厄介者扱いの無気力な女だが若いと言う理由で子爵が娶った女。この縁で互いの貿易関係が潤うはずだった。

 当の本人たちは互いに何の愛情も無い上に、話も合わない。それでも息子が出来たのは喜ばしい事だったが、息子に対してただ溺愛するしか能の無い女だった。

 それは息子が成長するに連れて、優秀な息子を連れて実家に帰るという考えを持ち出してから更に息子の溺愛に拍車が掛かる。

 実家に手紙を出し、自分の息子が如何に優秀かを自慢する。そして優秀な息子を連れて帰ると打診するのである。

 それを隣国の上層部がコマとして使おうと言う話になる。

 せめて、手紙を出す前に誰かに相談する事を知っていたら、こんな事には成らなかっただろう。それは子爵家の罪であると考える。



 大きく罪を考えると子爵家の奥方と偽執事。この二人が主犯である。

 ただ困った事に、この偽執事はともかく奥方の方はそこまで理解する判断力に乏しい部分が在る。


 罪を告知して殺すのは簡単。

 しかし、自分の罪を認識して、その上で罪を理解して償うのを目標としているルバン王国では死刑は廃止しようと進んでいる。


 しかし、何処かのお国の様に犯罪者に人権などを認めたりはしない。

 それこそ犯罪者に人権なんて、国として頭が可笑しいと言わざるを得ない。

 是非人権を謳う人間の家族が犯罪の被害に合ったらどう思うか問いたいものである。


 今回の関係者一同は一網打尽に捕獲された。

 特に隣国の関係者は、全て問答無用に捕獲されて取り調べを受ける。


 日本などと違って甘い扱いは無い。

 魔法が在るので無罪証明という方法なんてものもある。

 やった事の証拠は当然残るもの。やっていない証拠なんて出せる訳がない。しかし魔法のある世界ではやっていない事、無実の証明も可能である。

 だからこそ疑わしきは捕獲となる。


 正直言って、今回捕獲された連中はほぼ黒と思っている。

 隣国の政府関係者が尻尾切りするか、確保に走るかを部署内で賭けるほど真っ黒なので関係者は皆楽しみにしている。


 先ずは偽執事が捕まった。

 逃げれる訳がない。後の処遇を考えると逃げたとするのが良しかな?と言う周囲の認識だった。


 そうやって順に関係者は捕まって、最後に子爵の奥方が捕まった訳だが…

 主犯は逃げたとするのが、予想以上に周囲に反響を広げた。


 なんせ被害者が神田辺境伯の嫡男で有名なスティングなだけに味方は非常に多い。

 彼に働いた無礼は、人づてに広まって憤ってる人々は多い。


 表沙汰にはなっていないが、事件時は相当数なクレームや嫌がらせが侯爵家に行った事だろう。この辺りから偽執事が相手を間違えた事に気付くのだが後の祭りである。


 山の様なクレームに偽執事は間違えた事を悟る。しかし、所詮は詐欺師でどうとでもなると高を括っていた。それがクレームは日増しに過激に増えて行って、もう屋敷から出られない。

 それどころかメイドや下男にも情報を売られる始末。居場所も逃げ場所も無い。こうなると自国から口封じに切られるだろう。いよいよ命の危機に瀕して泣き叫ぶ状況になって捕縛された。

 その際に、逃げたければ逃げれば良い。無理に捕縛しなくてもお前の命なんか知ったこっちゃ無い。と、捕縛に来た騎士団にハッキリ言われて捕縛してくれるように泣いて頼んだ。


 その時に自分が誰に手を出したのか完全に理解したという。

 自国ではきっと暗殺計画が練られているであろう事も理解できた。

 全てを悟った偽執事は、自分の行った事と自国の関係者の事を洗いざらい自白した。


 それを知った時の隣国関係者は、徹底抗戦を推奨する者と逃げる者と交渉する者に分かれた。現実的には交渉する者の一部が残処理を行う。

 他の者は状況を正確に分かっていない。逃げる者はさっさと姿を晦まし、徹底抗戦を謳う者は、ただ声高に国のプライドが!と騒ぐだけで何も動くことは無い。

 このままでは物理的に一国が滅んでしまう事を分かっていないのである。


 国の指示で動いたはずが、理解できずに間違えて、誰も諫める者が居ず、結果的に一国が滅ぶ。王族や一部貴族の中には勇猛果敢に攻めるべし!と訴える者も居る訳だが、政の実務を担っていた者たちは亡命を考える者が少なくなかった。様々な思惑の中、現実は刻一刻と迫ってくるのである。









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