第169話 香

 香の頑張りの効果もあり、徐々に落ち着いては来ているのだが。


 思った以上にネットの悪意は根が深いらしい‥‥‥

 見も知らぬ人の動向なんてどうでも良いじゃん?

 なんて事は無く、

 神田農場 社長 神田真悟人の行動を日がなアップされてる状況で、そんなんどうでも良いだろ!?って事も伝えられている。


「尻尾を出さない神田真悟人。」

「知らぬ存ぜぬ神田真悟人。」

「隠蔽魔王!神田真悟人。」

「王妃様はいずこへ?鍵を握る神田真悟人。」

「トゥミ様は監禁されてる?神田真悟人。」


「だぁぁぁぁぁ!!!!-----何じゃこりゃあ~~!!」

 俺がいつ監禁したり隠蔽したりしたんじゃぁ~!!


 ‥‥‥隠蔽はしてるか?

 あれからもう直ぐ1カ月。

 ファンメールも応援メールも悪意のメールも止む気配が無い。

 応援メールは日毎に減ってる気がするが、いわゆるヘイトメールは増えてる気がする。

 みんな暇なの?ココにそんなに係わるメリット無いでしょうに?


 トゥミ画像や王妃様画像は色んなバージョンが作り出されて、もう、本人に伝えるには恐ろしい状況になっている。

 SNSやネットの影響力を甘く見てました。


 ただ最近、別の話題で女の子のアイドルに注目が集まって、少し離れてくれた感がある。

 その女の子は気の毒だが、トゥミ達はフェードアウトを狙っている。

 問題はアルファ達だ。


 例の執拗に絡んでた女性だが、公の場(ネット)で在る事無い事拡散した上、個人情報(神田農園)の事まで拡散したので、弁護士を立てて係争中である。

 求めるのは、近付かない。個人情報を拡散しない。(今更か?)等だが‥‥

 当然、アルファにもシルビアにも会わせないし、再会なんて以ての外です。

 アルファは泣いて喜んでましたが、あんな行いをしてまた会える訳が無い。

 在る事無い事SNSで発信して、実在の人物相手に創作です?なんて通用しません。


 あの女性は他でも色々問題を起こしていたらしく、ストーカー行為や迷惑行為もドンドン出て来て、被害者の会が結成できそうな勢いだったそうだ。


 他には、ボス達の一部のコアなファン以外は可笑しな話は無く、また今度行きますね~!I Love Japan と丸く収まりました。



 ほんの数日間の日本ツアーでこんなに騒動が起きるとは夢にも思わなかった。

 カトリーヌ王妃様たちは、また直ぐに来たいと言ってるし、それこそ王様が今度こそ観光したい!!と強く御所望だとか‥‥


 次はもっと少人数で、本当のお忍びで来ないと騒動の再来とかしたくない。

 もう少しほとぼりが冷めてからにしましょうね。



 今回の騒動では、我が愛する日本の嫁。香に本当に助けられた。

 嫌な顔一つせず対応してくれて、とても感謝しています。


 服の端をチョンと摘まんで、もう少し居て欲しいと言ってくれた上目遣いの可愛い顔は絶対に忘れられない。

 香に対する自分の姿勢を反省して、ありがとうとこれからも宜しくと言って抱きしめて、久しぶりに夫婦の時間を持った。


 ふと思い出す。

 香と結婚するに至った出来事を。

 異世界(ルバン)では嫁が8人も居て、日本ではもう結婚しないと思っていた。

 香や同僚の女性と何度か食事に行ったりしたが、絶対に口説いたりしないと決めていたので、タクシーで送っても直ぐ帰る様にしていた。


 だから間違いは無い筈だと思い込んでいたんだが、突然そいつは現れた。


 その日も皆で食事の後、香のマンションまで送って中に入るのを見届けて帰る筈だったが、マンション前で突然に男が香に走り寄り、激高した様子で掴みかかった。


 タクシーに乗ろうとしてた俺は、咄嗟の事で思わずショート転移を使って香と男の間に割り込んだ。


「おい!止めろ!」


「てめえかぁ!てめえが香を騙してやがんだなぁ!」


「何だお前は!?富岡さんに乱暴するな!」


「うるっせぇ!!香は俺の女なんだ!てめえのせいで香が困ってんだ!」


「止めてっ!あんたなんかに関係ないでしょ!私に付きまとわないで!」


 香が叫んだ事に更に激高した男は包丁を出した。


「香は俺のもんなんだよぉ!てめぇが邪魔すんじゃねぇ!俺と香は一緒に逝くんだぁぁああー!」


 包丁を突き出して来る男。

 異世界で修羅場は何度も潜ってきた。

 俺は、何も考えずに出してしまったんだ。


「『剣』!」


 エクスカリバーが男の包丁を叩き落とし、剣の腹で後頭部を叩いて失神させた。

 倒れる男、浮いた『剣』。

 やってしまった事態に気付いた俺は、慌てて『剣』を戻す。

 無言の時間が流れ、遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。


「あ、あんた、大丈夫か?今、警察呼んだから!」


 焦った表情のタクシーの運転手さん。

 幸い、俺の転移や『剣』には気付かなかった?いや、ちゃんと認識出来なかったのかも知れない。


「あ、あぁ、ありがとう。」


 サイレンが近づいて、マンションや近所からも人が集まってきた。

 とっても居た堪れないが、逃げる訳にも行かない。

 香は無表情?なのか?ジッと俺を見ている。

 やけに冷静な様子だな?


 倒れた男と包丁を見て、近所の人たちは息を呑んだ。

「こんな近所で‥‥」

「女の人を襲ったのか?」

「怖いわね~」

「包丁で刺そうとしたのかしら?」


 パトカーが到着して、警察官に囲まれる。

 タクシーの運転手さんが通報者として、身振り手振りも大げさに出来事を話している。


 男の包丁は警察官が布で包んで押収して、救急車が呼ばれた。

 そうだよな。大の男が倒れてんだから、何かやられたと思うよな。


「すいません。タクシーの運転手さんから大まかな事情は伺いましたが、詳しい話を伺いたいので、暑まで同行いただけますか?」


「分かりました。」


 増援のパトカーが呼ばれて、俺と香は別々のパトカーで連れて行かれたが、この時の俺は、転移や『剣』を香になんて言い訳しようか?としか考えて無かった。


 警察署で事情聴取され、病院に運ばれた男は命に別状は無いし、脳震盪による失神だけで、身体に暴行の後も無い。ただ、右手首の骨が折れていたと。


「目撃情報通り、男が女性に襲い掛かり、あなたが女性を守ったと言う事ですね。右手首の骨折は在りますが、過剰防衛にはならないでしょう。何か武道でも嗜んでおられるのですか?」


「いえ、素人の護身術くらいです。」


「そうですか。見事なお手並みでした。」


 警察官は目の奥を覗き込むような眼で見ていたが、このまま帰れるようだ。


「被害者の女性が、あなたをお待ちになっていますよ。」


「あ、はい。では、お世話になりました。」


「ご足労頂きありがとうございました。お気を付けてお帰り下さい。」


 警察署のロビーに香がチョンと座っていた。

 まるで小さな女の子が保護者を待っているようで、庇護欲に駆られる姿だったから、思わず頭を撫でてしまった。


「お待たせ。」


「うん。」


「帰ろう。」


「うん。」


 パトカーで連れられて来たが、帰りは勝手に帰れと?

 強制的に連れて来たんだから帰りも送れよ!と思わずにはいられない。

 タクシーを待って、無言でタクシーに乗り、香のマンションに着いた。


 タクシーに待ってて貰って、マンションの入り口まで送る。


「それじゃ、明日は休んでゆっくりしなさい。」


 帰ろうとすると、服の端をチョンと摘まんで、もう少し居て欲しいと上目遣いの可愛い顔で言われて、お茶だけご馳走になるつもりでタクシーに帰って貰った。

『剣』の事などを言い訳する良い機会だとも思ってお邪魔する事にした。


 香の部屋に招かれて、コーヒーを入れてくれるとキッチンに消えたが、俺は馬鹿みたいにリビングで突っ立っていた。

 なんて言い訳しようか?そればかりを考えていた。


 コーヒーを入れてくれた香は、無言でテーブルにコーヒーを置くと、突っ立ってる俺に抱き着いて泣き出した。


 すごく怖かった!

 守ってくれて嬉しかった!

 合間の言葉は何て言ってるか分からなかったが、そんな言葉だと思う。


 あの男は前の会社の同僚で、何度か告白されててお断りしていたのだが、ストーカーになって、ゴミを荒らしたり盗聴器を仕掛けられたりと怖い思いをしていたそうだ。

 ゴミは近所の奥さんから指摘されたし、盗聴器はブレーカーがよく落ちるので電気屋さんに見て貰ったら、コンセントの中にこんなのが有りましたと見せてくれたそうだ。

 あの男がやったという証拠は無いが、怖いので会社の寮に入ろうと思っていた所でこの騒動になったと言う事が分かった。


「そうか、怖い思いをしていたんだな。これからはもっと早く言ってくれ。今日も偶々俺が居たから守れたが、いつも傍には居られないからな。」


「うん。うん。」


 この間、二人はリビングでずっと突っ立ったまま抱き合って話していた。


「座ろうか?」


「うん。」


 何だろう?この高校生の様な初々しい空気感は?


 香は転移や『剣』については触れなかった。

 絶対に認識してた筈なのは分かっているが、敢えて触れない様にしてくれてた。

 その姿勢に、とてもグッと来てる俺が居た。


「今日は大変だったな。きっともう大丈夫だとは思うが、明日からでも寮に入れるようにしておこう。余り遅くなっても迷惑だから、そろそろお暇するよ。」


 玄関で靴を履き、扉を開けようとするときに、服の端をチョンと摘まんで、もう少し居て欲しいと上目遣いの可愛い顔で言われて‥‥‥


 気付いたら、ベットで抱き合って朝日に照らされていた。

 ああ、あの時に、本当のことを話そう。

 日本でも結婚しようと思ったんだ。













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