四字学園

@ichitoseyuma

MAIN STORY

第1話 一日

「姿勢、礼。お願いします」

「「「「お願いします」」」

「それでは授業をはじめます」


 委員長の号令に続いて生徒があいさつをする。

 中年教師・古色蒼然こしょくそうぜんの声が鳴り響くチャイムとともに授業の開始を告げる。


「今日の授業ではヨジツクモについて、異能力とはどんなのものがあるのか。そして、第三次世界大戦の異能力者について学んでいきましょう」


 クスクスと笑う生徒たち。

 それに気づいた蒼然は生徒たちに問いかける。


「何か、ありますか?」


 一気に静まりかえり、沈黙が流れる。

 無言の生徒の中で学級委員長の一騎当千いっきとうせんが手を上げる。


「先生、よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「あのですね、先生の白衣なんですが……。右胸元の部分にシミがついています。それもかなりの大きさで……」


 言いにくそうに一騎は言う。

 その言葉に自分の胸元を見る蒼然。


「あ……」


 蒼然は無言で白衣を脱ぎ、椅子に掛けて授業を始めた。

 生徒のくすくすとした笑い声は授業が終わるまで続いていた。



*****



「洗濯するか」


 授業が終わった休み時間。

 コーヒーのついた白衣を洗うために蒼然は家庭科室にやってきていた。

 家庭科室のドアがノックされ、ドアが開かれた。


「こんにちは、古色先生。洗濯は捗っていますか?」

「あ、鏡花先生」蒼然は手を止める「今はシミの部分に直接、洗剤をつけて揉みこんでいるところですよ。シミが落ちるポイントは、ないんですか?」

「そうですね、う~ん」


 水月はシミ落ちポイントをいくつか上げる。


「……なるほど。ありがとうございます、どうにか頑張ってみます」

「お役に立てたようで、何よりです。時間になりそうですので、私は準備室に入りますね。シミが落ちるといいですね」


 水月はそそくさと準備室へ向かう。

 凛とした歩みの水月は宙に金魚を浮かばせ、お洒落に準備室へ入るのだった。


 蒼然は二時間目が野外訓練だったことを思い出し、慌ただしく家庭科室から出ていった。そんな蒼然を水月は準備室から微笑みながら見守っていた。




*****




「古色先生、授業の準備はできているか?」

「準備は完了しています」

「ありがとう。君はやはり、有能は私の助手だな」


 遅れてきた蒼然に声を掛けたのは威風堂々いふうどうどう

 あふれ出る絶対強者のオーラは見る者を圧倒させる。


「では、古色先生もやってきたことだし、授業をはじめる」

「「「はい!」」」


 堂々の声に生徒は元気に返事をする。


「今日の授業では、ヨジツクモが所有する異能力を実際に使ってみたいと思う」

「本当に使えるのでしょうか」

「意見、質問があるときは手を挙げるように。ヨジツクモとして生まれたお前たちが異能力を使えるか?」堂々は一つ置いて「嗚呼、勿論だ」


 堂々はヨジツクモの存在意義と異能力に関する説明を行う。

 蒼然は横で、感嘆の声を漏らしていた。


「――というわけだ。理解できなかった奴は手を挙げろ」


 誰一人として手を挙げない。

 威厳のオーラを放つ堂々の前で真実を言わない者はいない。

 堂々のたった五分程度の説明で全員がきちんと理解することができたのだ。


「さすが、威風先生……」


 漏れ出た蒼然の本音に、堂々は笑う。


「説明はここまでだ。これからは……」ひとつおいて「古色先生にお願いしよう」

「実践ということですか? 威風先生でも構わないのでは……」

「私の異能力は人間の心理に作用するもの。いくら相手を操られたとしてもその程度では異能力の実践にはならない」

「そうなのですか……?」


 堂々は派手な異能力を見せたい、といっているのだ。

 それをきちんと理解した蒼然は前に出て微笑む。


「皆さんの異能力サポートを威風先生が、皆さん一人一人の異能力を見つけ出すのを私が担当します。よろしく」


 ええ……と小さく困惑の声が漏れだす。

 それも当然と言えば、当然だ。

 スーツ姿に王者の品格を漂わせる堂々と、くたびれた白衣に寝癖と無精ひげの蒼然。どちらに教えてもらいたいかといえば堂々だ。


「皆さんの中には異能力が発覚してる人もいますよね? 異能力がすでに発覚している人は手を挙げてください」


 チラホラと手が挙がり、蒼然は一番近くにいた男子生徒に立つように言う。


「名前は?」

「名前は獅子奮迅ししふんじんです。異能力は獅子のように激しく暴れるものです」

「なるほど、攻撃系の異能力だね。パターンはいくつある?」

「パターンですか? 今のところ、獅子の姿に変化するだけですが……」

「それはすごい。早速だが見せてくれないかな」

「え、ですが、暴れまわる異能力なので、元に戻るには体力の限界がくるときなんです……」

「ああ、それなら大丈夫。威風先生の異能力は、自分よりも格下の相手の異能力や動きを抑えることもできるから」


 奮迅は歩みだし、少し離れたところで服を脱ぎだす。


「な、何をしてるの?」

「獅子に変化しますが、変化するときは服が破けてしまうので」

「じゃあ、下も?」

「下に関しては、大丈夫です。高額ですが、破れることのない素材でできた服なので」

「なるほど」


 蒼然は自らの持っているノートに文字を書いていく。


「若しこの異能力が貴重な、質の高い異能であれば予算をたたき出して獅子に服を着せないとな」


 服を脱いだ奮迅。

 シックスパックと程よく日に焼けた肌が女子生徒をキャーキャー言わせる。

 下着姿の奮迅には男子生徒も黄色い歓声を上げた。


「好きなタイミングで変化していい」

「それでは、変化!」


 先程までの筋肉隆々の姿とは裏腹に、野生の獅子の姿に変化する。

 獅子となった奮迅は、辺りを駆け回る。


「獅子になったはいいが、精神が保たれているのか判断できないな……。威風先生、止めてもらいますか?」

「わかった」


 堂々が異能力を発動し、獅子だった奮迅は人の姿に戻る。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か? って、肌が真っ赤。あっつ! 獅子から人間に戻るときは高温を発するのか?」


 奮迅は息を吐き続ける。


「なるほどな……、これは欠点だな。威風先生! あ、生徒は来ないで!」


 奮迅に駆け寄る堂々。

 蒼然は奮迅を指さして言う。


「全身から湯気のようなものが……それと、肌が赤くなっています」

「冷却の異能力者が必要か? こんなに体力を消耗する異能があるとはな」


 肌はまだ赤く、滝のように汗が流れていた。

 蒼然は的確な救急処置を施す。


「異能力としての使い道を考えなければいけませんね」

「そうだな。毎回毎回、脱いでいては使い勝手に困るだろう」

「異能力のパターンとして五つほど考えたんですが、これほどまで体温が上がるとメリットよりもデメリットが大きくなりそうですよね」

「そうだが、この四つ目の案はいいと思うぞ。半変化。腕や足だけなら、服の損壊も少なかろう」


 蒼然は倒れている奮迅を抱きかかえ、木の下まで連れていく。

 奮迅の汗は少しずつ引いてきていた。


「では、授業を進めたいと思います。説明などはまた後日。今は質問には答えられません」

「はい」


 堂々と交代した蒼然は、生徒の前に立ち授業を進める。

 今度は複数人でグループを作って異能力発動を行っている。


 時間も迫っていたころ、女子生徒が蒼然に声を掛けた。


「先生も異能力者ですよね? 異能力、見せてくださいよー!」

「みたい、みたいー!」


 その声に乗るように生徒たちはみたい、みたいコール。

 仕方なく蒼然は異能力を発動することにした。


「異能力の内容は風化と時間進行。触れた対象の時間を進めるというのと触れたものを古臭くすることができる」


 簡単な説明にもポカンとする生徒たち。

 蒼然は少し考えて言葉を選んで言った。


「要は、人間に触れたらおじいちゃんおばあちゃんになって、物に触れたらめっちゃ昔のものに見えるようになるってこと」


 それで理解したのか、ああーと声がそろう。


「それじゃあ、この木を風化させよう」


 蒼然が触れているのは、後ろにある木。

 まだ青々しく葉を広げている。


「異能力発動」


 蒼然が異能力を発動させる。

 触れた部分から一気に、木は枯れ始める。

 若々しかった木が老木となり果てる。


「と、まあこんなものだ。ちなみにこの異能力は超攻撃系の異能力だが、実戦ではどのように使うと思う?」


 呆然とする生徒に優しく笑いかける蒼然。


「時間切れ。正解は敵の肌に触れて骨にする、でした」チャイムが鳴る「おっと、ちょうどチャイムが鳴ったな。それでは、各自異能力制御の訓練をしてくるように」


 くたびれた中年教師の背中を静かにみる生徒たちであった。




*****




 その後も蒼然は授業を進めていった。

 自らに与えられた時間を、教えを乞う生徒たちに使った。

 蒼然は手に持ったコーヒーに一口つけて、ため息を吐いた。


「第三次世界大戦の学園都市の英雄ヒーローが溜息とは、どうなさったので?」

「そんな昔の話をするのは君くらいだよ、繚乱」


 蒼然に声を掛けたのは百花繚乱ひゃっかりょうらん

 繚乱は蒼然の横に腰かけると、ココアを飲んで笑った。


「繚乱って呼ぶのも、君くらいだけどね」

「みんなは百花って呼ぶのかい?」

「友達でも繚乱はないわね」


 微笑みを交わす二人。

 交差する感情と重なり合った思い。

 夕焼けに染まる空。


「第三次世界大戦で、私は多くのものを失った。家族、恋人、友人……そして、体。けれども」言葉を飲みこんで「けれども君は失わなかった、何も」

「失うものがなかっただけさ、きっと」


 過去の遠い過去の出来事に二人は思いを馳せる。

 繚乱は静かに泣いていた。

 ともに戦った仲間を、ともに歩んだ友を、ともに暮らした家族を思って。


「泣いてるの、繚乱」

「泣いてない」

「泣いてるじゃん」

「泣いてない」

「そっか」

「うん、そう」


 泣きながら笑っていた。

 蒼然は静かに願っていた。

 犠牲になった人々を思って。


「今日一日は散々だったよ、君のせいで」

「私のせい? 私は、なんーにもしてないけど?」

「時間割を変えたでしょ。わざといそがしくなるように」

「あら、何の事?」

「それと、あの獅子奮迅。彼は何者だ?」

「あら、あの子に恋しちゃった?」

「馬鹿いうな」


 茶化してしまう繚乱と話してしまう蒼然。


「それで、どこの子だ?」

「ヒミツ。でも、日本政府の出どころじゃないわ。私も実のところは彼について知らないの。まあ、言うことがあるとしたら……」

「したら?」

「顔が良かったから、入学試験はパスさせた」

「はぁ……繚乱、お前な……」


 蒼然の一日はまだまだ続く。

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