バカな神剣を携えて〜彼はクズである

白季 耀

第1話 運命の邂逅

お父さん、お母さん。

元気にしていますか?

俺は、村を出てからも、ちゃんと元気にやっています。


成り上がりたい!

冒険者になって、唯一無二の冒険をしてみたい!


……女を侍らせたい!


ごっ、ゴホン。


まぁ、何はともあれ、俺は無事に目的の街に着きましたよ。


道中に、父さんから貰ったお金はスリにあって大部分を失ったり、モンスターからやっとの思いで逃げおおせて、一息の休憩をと思い、お母さんの作ってくれた愛情たっぷりの弁当を食べようと思ったのですが、中身はぐちゃぐちゃだったりと、色々ありましたが、なんとか無事です。


別に全然イラついてませんよ?


それよりも、俺も晴れて正式な冒険者になった訳ですわ〜。


冒険者試験は、余裕で突破しましたね。

まぁ相手が雑魚すぎました。


流麗極めるフットワークで相手の懐に潜り込み、陰嚢をひょいとやったら楽勝でした!


やっぱ父さんの教えはすげぇな!!!!


周りの人がやけに白い目を向けてきたけど、そんなん知らんし。

やっぱ善行だけでは食っていけねえからな!

悪行上等!


そんな感じで冒険者になって、俺は初のクエストを受けました。


内容はゴブリン討伐。報酬は1万バリスタ!

最弱雑魚モンスター筆頭格のゴブリンを倒すだけで一万ですよ?

やるに決まってるじゃないですか?


父さんが、日々自分の時間を割いて木こり業に専念して、母さんに「働けボケがァ!」と罵られながらも、家族の為に稼いでくれた、乏しいお金で買ってくれたショートソードを手にして……。


ところで父さん、一つ聞きたいんですが……このショートソード。

本当は、一体幾らしたんです?

ゴブリンの装備ってとても貧相で汚れてて貧弱な事で有名なのはご存知だと思いますが……幾らどんなに安い剣とは言っても、ゴブリンの剣一振りで両断は、流石にあり得ない訳で……。


父さん?マジでこれ幾らしたん?


つかこれ……。



剣の型で彫ったただの木の棒じゃないですかね?

ご丁寧な事に銀色でムラなく塗装されてますけど、これ木ですよね?


父さん、昔から悪事を働いた後の偽装工作だけは上手かったですもんね。

なんで木こりなんてやってんですか?


盗賊やれよ。


おいマジでふざけんなよ?


お前、このショートソードを俺に渡す時なんて言ったか覚えてるか?

『これはお前の旅を支えてくれる、謂わば分身だ。10万バリスタもする、そこそこの剣だ。駆け出し冒険者の装備にしては破格だぞ?頑張れよ!その剣で、魔王なんかでも倒してくれ』って、あんたいつになく親然としたカッコイイ事言ってたよな?


俺あの時柄にもなく感動したんだよ?


よくもまぁ、あの満面の笑みで息子に塗装しただけ木の棒渡せるな、尊敬するぜ。


ごめん。手紙のスペースなくなりそうだから、もう一つだけ。





石に躓いて脳震盪起こして死ねよ、クソ親父がぁぁぁ!!!!!




「ギイィィィィィィィ」

「クソったれが!親父もゴブリンも、皆んな全部くそったれだぁぁー!!!」


駆け出しの冒険者が成り上がり安く、比較的治安が良く多くの冒険者が集い、日々高め合う街、ゼストから北に程なくして鬱蒼と広がる森の中。


俺は複数のゴブリンに追いかけ回されている。


「クソがっ!ゴブリンの癖に調子に乗りやがって!この塵芥共が!てめぇら大人しく人間様に狩られとけ……」

「ぎしゃあああああ!」

「マジすんませんしたぁぁぁー!!!」


苔色の肌、身長130センチに満たない小柄な体躯で、胴体に反して頭はデカイ、醜悪な容貌で知られるモンスター、ゴブリンは、思わず耳を塞ぎたくなる程の忌避感を覚える奇声を上げて追いかけてくる。


遠く離れた地方では、【小鬼】と呼ばれる所以を、俺は全力疾走しながらもその片鱗を垣間見た。


「畜生!マジで、あいつ許さん!《少しでも我が子供に良い武器を》とかいう気概があるなら、もういっそフライパンで良かったわ!あんのクソ親父が!!!禿げてしまえ!もういっそ禿げて脳震盪起こして死ねよ!ハハッ、心の底から笑ってやるわ!」


誰に吐きちらすでもなく、俺はクソッタレな親父に不満を漏らす。


ゴブリンもゴブリンで大概にしてほしい。

確かにあれは俺にも反省すべき点ではあるが、でもまさかね?

これから起こる大冒険に理想を膨らませて、ハーレムを夢想して心が高鳴った勢いで道端の石ころを蹴ったら、まさかのゴブリンとか、一体何のコントだよ?


どんだけついてねぇだよ畜生ッ。


森の地面は安定しない。

地面から這い出た根っこや凸凹で走り辛く、少しでも気を抜けば躓いてしまいそうだ。


田舎育ちで、都会の人間より少しだけ体力に自信はあるカナタであったが、突然のモンスターとの邂逅に続き、必死の逃走劇ともなれば普段より体力の消耗は早い。


……ヤベェ、マジでこのままだとゴブリンの餌にされちまう!

どうする?

いっそ全力の土下座でもかましてみるか?


ちらり、と後ろを走るゴブリンに目を向ける……。


表情は怒りに染まっている。


うん、絶対無理だわ。

和解の策は役に立ちそうもない。


じゃあ反撃を……。


装備……右手には見事に両断された木片が……。その他特になし。


クソが!

間違いなく世界最弱装備じゃねえか!

ん?まだ全裸があるって?

冷静になれ。全裸は最弱装備ではなく人としての最低装備だ。


逃げるしかない。


策を講じては見るもどれも完全な打開策とはならず、疲労が蓄積されていく。

俺はありありとゴブリンの方に視線をやると……。

まさに今、ゴブリンが弓らしき物を手にしている姿が見えた。


やるっきゃねぇ!


俺は後ろを振り返り、その動作と連動して、唯一の装備である木片を一番先頭を走るゴブリン目がけて投げた。


これでもコントロールには些か自信がある。


親父直伝、急所狙い撃ちの技を幼少より磨いていた為、そこを正確に撃ち抜く事にかけて俺は親父の次に上手かった。


投げた木片は、ゴブリンの急所に見事に入った

そのゴブリンは打たれた場所を抑えて転び、ドミノ倒しの要領で後続のゴブリンも一切に転んだ。


「よし、逃げるなら今しかねぇッ」


少しだけ、散々人を弄ぼうとしてくれたゴブリン共に対する殺意が返り咲き、ちょっとボコボコに殺してやろうかとも思ったが、やっぱ俺の装備じゃそれは叶わないし、途中でゴブリンが復帰したらまた逃走劇だ。


それは嫌なので、ここは大人しく逃げる事にした。




正直に言うと、道に迷った。


本当に一心不乱にゴブリンから逃げ続けている時は、道を記憶する余裕なんてとてもなかった。


と言うわけで、装備無しで森を彷徨っている。


状況はかなり危険だ。

この森は駆け出し冒険者にとっては結構メジャーな狩場で、正確な地図まで作られている程に開発された狩場だが、まだ武器を手にして間もない冒険者にとっては危険は拭いきれない。


しかも俺は装備ゼロ。マジで全裸と大差無い状態なのだ。


逼迫した状況の中、怒りが収まると今度は疲労と不安に体が席巻されていくのが分かった。


マジで今モンスターと出会ったらヤバイ。

ゴブリンからだってまだ完全に逃げ切れた訳じゃない。


白濁とした意識のまま、俺は兎に角森を進むしか無かった。




森を彷徨うこと数時間、幸いなことにまだモンスターとの遭遇は無いが、確率的にもそろそろのはず。


ここは冒険者の多くが安全にクエストをこなせる事請け合いな狩場で、普段なら他パーティーの冒険者と遭遇するのも珍しくないと酒場のおっさん冒険者達から聞いていた。

俺もあわよくば、他の冒険者達に遭遇しないかと期待していたのだが、一向にそんな事は起きなかった。早くもおっさん冒険者に対する信憑性が瓦解してきていた。


と、そんな時だった。


黄昏の時に差し掛かる時刻、太陽の光とは明らかに違う、何か神々しい光が視界に入ってきた。


よく、昔のお伽話なんかでは、神秘的な光の先には天国や楽園があったりとか、運命の人との出会いだったりが多く綴られている。


俺も子供の頃はそういう物語に憧れたものだ。


だからという訳ではないが、光の向こうには、きっと何か自分に良い事がある。

そんな荒唐無稽な思いを妄信して、俺はその光の方へ走っていった。


その光の先は、不自然に森が切り開かれ、広場のようになっていて、其処だけ明らかに雰囲気が違った。

表現するなら、神秘的且つ静謐。

そして、広場の中心の地面に突き刺さる、一振りの剣。


「フッ。どうやら……俺は世界に選ばれた勇者のようだな」


だから俺は瞬時にそう思った。

場の雰囲気からも剣の輝き含めて、その剣が普通ではない事を悟ったからだ。


だから俺はその剣を持って帰ろうと柄の部分に触れようとした……。


『ちょっと!そんな薄汚れた汚い手でこの私に触らないでくれる!』


ん?なんだ?


何処からか女の声が聞こえた気がする。

敵の可能性もあり、俺は瞬時に周囲を確認したが、凡そ人影のようなものはない。


『何処見てるのよこの間抜け。こっちよこっち。この場合での声の主も予想できないだなんてへっぽこね。漸く適合者が来たと思ったのに〜』


……。


「まさか、お前かこの声の主は!」

『反応遅っ!当たり前でしょ?こんな美しく気高く透き通った声の主なんて私以外いないわ!』


やはり声の主はこの剣らしい。

というより、こいつ自分の声を美しいとか気高いとか透き通ったとかよくそんな恥ずかしい事言えるな。

頭の可哀想な奴だ。


『自分の手が世界一美しいみたいな事言ってる男に、そんな事言われたくないんだけど?』

「はぁ?俺の手が世界一美しいのは、弱肉強食の摂理が芽生えた時代から変わらない絶対不変の事実だ。……あれ?俺その事口には出してなかった筈なんだが?」

『私はね?世にも珍しい、世界にたった一本しかない神剣なのよ?そんな凄いレアな私の一定領域内では、人の心の声が聞こえるのよ。だからあんたの声も聞こえちゃう訳!どう?凄いでしょ?」


ごめん何が凄いのか分かんないや……。


『なんでよ!なんて酷い事言うのよ!私は神剣なのよ!もっと敬ってよ!」


でもな〜。神剣自称しちゃってる可哀想な奴だから、少しだけ大目に見てやるか。


『自称って何よ自称って!私はれっきとした神剣!神の剣と書いて神剣よ私は!』


おお〜そうかそうか。ご愁傷様。




だが、もしこいつの言う通り、こいつがその神剣とやらなら、かなり使えるのでは?

人とのテレパシー的な事が出来、神々しい光を纏い、素人目でも分かる、作りのいい剣。

まず間違いなく、街で出回っているような剣とは一線を画す。

こいつを使えば、冒険者として成り上がるのも現実的になってくる!

そうなれば俺のハーレム道も近い!

例えこいつがそんなに使えなくても、この剣の様相なら俺のトーク技術次第では一生遊んで暮らせるだけの金も手に入れられる。


ヤベェ、こいつの利用価値は今のところ未知数だ!


『あんたみたいな打算的でクズで下衆な人間、私見た事ないわ。それと、そんな嬉しくない褒め言葉も初めてよ』


でも、本当にお前は神剣なのか?


『本当よ。こんな事に嘘なんてつかないわ』


よし。

じゃあ貰ってくか。


『……え?』


俺は神剣を両手で引き抜いた。

確かな質感、装飾は一見シンプルに見えるが、刀身には厳然とした豪勢さがあり、神剣というのもあながち嘘ではないようだ。


『嘘!私を抜いた!あんた今私を抜いた!確かに適合者っぽいとは思ってたけど、こんな簡単に抜かれるなんて!なんか屈辱だわ』

「おいなんだそれは。酷くないか。大体、その適合者ってのはなんだよ?まぁいいや。俺はお前を手に入れたんだ。今後お前を手足のようにこき使ってやるよ」

『嘘よ!こんな下衆そうな男に握られるなんていや〜!』

「おいてめえこのくそアマが!言いたい放題言ってくれんじゃねえか!いっそお前ゴブリン共に握らせてやろうか!」

『あんた鬼よ!鬼畜よ!ゴブリンとか絶対にいや〜』

「プギィィィィ!」

「『あ?」』


俺と神剣が言い合っている最中、背後から醜悪な声が聞こえてきた。

そう、聞き間違える筈がない。

あの忌々しい声。

散々俺を捕食者の目で舐め回してきたくそ野郎。


「『ゴブリンだぁ〜!!!」』

「ブギギィィィィ!」

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