第4話 第二章 点と点 1
「あの女しつこいな」
男は息を切らしながら、ビルとビルの隙間を駆け抜けていく。周囲は東洋一の歓楽街と言われており、狭いビルがひしめいている。この場所は男の庭と言っても過言ではない。入り組んだ道をいとも簡単に走り抜ける。目前に塀が迫るが、男は高い壁もパワーシューズの跳躍力で難なく乗り越えた。
「ここまで、逃げればもう大丈夫だろう」
男が一息ついた。念のため、コートの内ポケットを探る。男が掴んだのはレーザー銃だ。旧型のレーザー銃だったが、殺傷能力は十分だ。
「あの女、アンドロイドじゃないだろうな」
逃げ切れた、と思ったのも束の間、頭上から女が飛びかかってきた。
「もう逃げ切れないわ」
男はよろけながら、レーザー銃を構えるが、パンプスを履いた女の長い脚で、手の甲を蹴上げられた。レーザー銃が男の手から滑り落ちる。
女は長い黒髪をなびかせながら、男に近付いてくる。黒のロングコートに手を突っ込んでいる。今の時代には似つかわしくない。
長身の女は、ただでさえ脚が長く、高いヒールを履いているせいで威圧感が増している。この痩身の体躯のどこに、これほどの力が宿っているのだろうか。
「この化け物女!舐めやがって!」
女は武器を使うまでもなかった。男の鳩尾に、肘打ちを食らわせた。男は床に倒れた。男の全身から脂汗が流れ出す。女は男の右腕を片手でいとも簡単に捻じり上げた。
「もう勘弁してくれよ」
男は口を歪めながら、情けない声を出す。
女が瞬きの少ない眼を向けながら、男に手を差し伸べた。男は起き上がろうと、女の手を握り締めた。熱がない。人間の持っている熱を感じなかった。
「姉ちゃん、やっぱりアンドロイドかい?」と言いながら、腕を払おうと試みるが、蹴りを入れられ、その場に倒れ込む。男が呻く。
「痛てぇ!痛てぇよ!」
握った掌に力が込められる。
女は男を片手で簡単に引っ張り上げた。
「お前……いや、お姉さんはアンドロイドなんだろう?」
男は慇懃に訊くが、女は答えない。近くで女の顔を凝視するが、アンドロイドには見えない。人間の皮膚感に違いない。透き通るような純白の肌。肉感的な唇が魅力的だ。ただ、先ほど手に触れたときの感じは人間ではないと男は思った。
女は黙ったまま、男に手錠をかける。靴も脱がされた。
パトカーの側まで連れて行かれると、ドアの目の前に、大男が現れた。
男は「ひぃ」と声を出した。
短髪に不精髭を生やし、眼が鋭い。刑事なのか、その筋のものなのか判然としない。
「羽川マリア巡査長」
大男が言った。
女は表情を変えずに、微かに口元を上げただけだった。
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