酒呑の川

東雲退

前書き

私には知り合いがいる。

親友とも、犬猿の仲とも言える奇妙な悪友だ。

そいつは七日あれば六日は機嫌の悪い厄介な奴なんだが、その日はどうも調子が良いらしく居酒屋のカウンター席に大股で座り、一冊のノートを見てゲラゲラ大笑いしていた。(ちなみに私達は毎週日曜日に決まって日が沈んだ頃からちょい呑みをする仲である)



「どうした?変な物でも吸ったのか?あまりにもそんな陽気で居られるとこっちは泣き笑いしたくなる。何せこっちは嫁に逃げられてヤケ酒に強い酒を呑みに来たっていうのに」

アハハハハハ!とそいつは笑いながら話し始めた。(所々息が切れていた)

「そうかそうか、それは辛いよなぁスマンスマンそれは悪かった。それは悪い、まあ俺はこの人生においてたったの、一度でさえも彼女もいない。その上お前と出会うまで一人の友達もいなかったもんだからなあ…俺には失う物の怖さが分からねぇ。それ以前に何も得られなかったからなあ」

とそこには泥酔前、ほろ酔い超えの一人の友人がいた。

「…いや、まあ私にも非があった。

悪いなあ楽しく呑んでるところに。

今日は楽しく呑んでいてくれ。」

そいつなりの気遣いか、

「おいおいそれは困るぜ、なんたって俺には彼女の一人もいない人間何だか…い、いやあそ、それにしてもこの酒は度が強いなあ、そ、そうだ俺が奢ってやる、お前も呑めよ。この酒は夢も覚めるくらい、昼間の暑さも冷めるくらい暑いぜぇ?ほ、ほら俺が奢ってやるから呑め。」と言い、半強制的に私は座らさ(せ)れた。



暫くして私の前にも酒が来た。

そこで私は「なあ。私はヤケ酒をしに来たわけだがお前はどうなんだ?」と聞く。

そいつは「俺はこの店の店長が『ノートが店のロッカーの中にあったんやけどお前誰のか知らんか?』って言ってたから丁度前の出張で平日の今日が代休になったからちょい呑みついでにこのノートを読んでいたわけさ。」と悲喜交々と小さく、呟くように言った。

「ところでそのノートには何と書いてある?そしてそれの持ち主は?」

「そのノートの持ち主は誰も知らねえ。けど、まあこのノートが面白い事に違いはねえなぁ。」

「私にも、それを見せてくれないか?」

「いいぜ、元々このノートは読み終わった後処分でもする予定だったんだ。こんなもんくれてやるよ。」とさっきまで楽しそうに読んでいたノートをゴミでも捨てるかのように私に渡した。

「…やっぱり俺帰る、用事思い出した。」とそいつは早々に帰っていった。

私は酒を呑みながらそれを読む事にした。そのノートは酷く汚かった。




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