良き隣人の為にできること
夕凪 霧葉
プロローグ
プロローグ
――現代、あるいは少しだけ未来。
奥村蓉子は社会人三年目がもうすぐ終わるその日、確かな手ごたえを感じていた。
目の前には年末のパーティーに飾る絵を描いているコノハがいる。動いている様子を見ていても、とても自然でそれこそ同性の目から見ても大学生くらいの女の子にしか見えない。それも、成人式を迎えたか迎えてないくらいの年齢のだ。
その場には珍しく蓉子たちの部署のボスである山縣もいた。
蓉子と年末に行われるハウスウォーミングパーティーの打ち合わせをする為だ。山縣の率いる部署が拡大するようで、オフィスフロアがもう一フロア増築されるということで、石村さん――蓉子の先輩の石村絵里さんが提案して実現した企画になる。
ハウスウォーミングパーティというものを蓉子はそれまで知らなかったものの、どうやらそれは引越し祝いや新居祝いのパーティーのことを意味しているらしい。
「そういえば、こうしてコノハのテストが継続的に成功を収めていった暁には、コノハが量産されることになるんですか?」
来るべき未来へのステップの今どのあたりにいるのか、蓉子には分からない。けれど、この部署で直属の上司であり、この場にも同席している開發さんや様々な人物との協力の結果、大きく成果をあげられたと考えてもいた。
「オクムー、違うよ。コノハはまだ愛玩動物でなきゃいけないんだ。アフリカ系アメリカ人の権利闘争の歴史は実に凄惨って、俺がそんなことを言っても多方面からお叱りがくるだろうけれどさ。コノハはまだマイノリティですらないオンリーかユニークな個体でなければ生存できないんだ」
カフェラテを啜りながら、なんでもないことのように山縣さんは蓉子の問いを否定する。こういう時、まだこの人たちの考えることが分かるところまでたどり着けていないんだなと蓉子は思う。
近づいている感覚はあるけれど、石村さんがかつて蓉子に語った夢見るメンズ達――山縣さんと、そして開發さんの二人はいつもずっと遠くを見ていた。
視線を転じると、そのもう片割れである開發さんは珈琲を飲みながらコノハの方を眺めている。数舜して、蓉子の視線に気づいたのかこちらに向き直って話始める。
「奥村さん。動物園のライオンみたいなものだよ。野山にライオンの群れが存在する事は許せなくても、鳥籠の中なら許容出来るんだ僕たち人間は」
開發さんらしいいつものどこか遠回しなような、あるいは本質的なことかもしれない望洋とした話。
(いつもの開發さんだ)
そんなことを思いながらも、蓉子は自分なりに二人の話を解釈しようとする。
そこへ、蓉子がこの部署にくる切っ掛けを作った憧れの先輩の声がかけられる。
「この夢見るメンズ達は機械の身体を持ったコノハちゃんのような存在に市民権のよーなものを確保させたいのね。でもさ、コノハ一体だけなら市民権云々言っても世間はアイドル的な扱いをして面白がるだけだけど、本気で百万体とかのレベルで量産されてそれが市民権云々言い始めたら血の雨が降るっていいたいんじゃない」
海外セレブの集うカクテルパーティーにでも行けるようなベルベットカラーのホルターネックドレスを着こなせるくらいに首や腰が細い石村さんは今日も完璧な身支度をしてそこに立っていた。
「絵里さん。お久しぶりです」
「うん、おひさ。ばたばたしてたから久しぶりだよね。しかも、このメンツで集うのはかなりレア」
石村さんはそのまま流れるように豆乳マークのついたカップを持って蓉子の隣の席に座った。
「まだまだ道は遠いですね」
確かな手ごたえを感じていたことが、まだ山を登り始めたところだと言われて蓉子は少しだけ自分を恥じた。
そんな様子を見ていた石村さんは蓉子の頭の上数センチのところを撫でるようなジェスチャを行ったあと、蓉子の頭を抱き寄せる。
蓉子は体重を少しだけ為されるがままに預けた。
「まあまあ、蓉子ちゃん。コノハは世間に出る為の障害はまだまだ多いけれどさ、ここにいる誰が欠けてもここまで登ってこられなかったじゃん」
「絵里さん……」
「だから覚えておいて。蓉子ちゃんが成し遂げたことは、多くの人は知らないかもしれないけど歴史の一ページに刻まれるようなことだよって」
優しい石村さんの言葉に包まれながら、蓉子はこれまでの一年を少しだけ思い出していた。石村さんのアドバイスで異動願いを提出し、開發と不意に出会い、そして山縣の面談を経てこの部署にやってきた頃を。
その後、それを支える様々な人たちのおかげでようやくここまで来ることができたことを。
目の前で、楽しそうに絵を描いている人口知性アンドロイド――コノハの様子を先ほどの開發さんのように眺める。
コノハと蓉子はこの約一年、多くの時間を過ごし、様々な苦楽を共にしてきた。共に歩んできたと言っても過言ではないかもしれない。
まだまだ様々なトラブルを抱えているコノハだ。蓉子がこの一年間で行ってきた事はほんの少しの歩にしか過ぎないのかもしれない。
蓉子たちはいまというものを踏みしめながら生きている。それとともに歴史の中のある一ページをも生きているのだろう。
蓉子のボスたち――開発さんや山縣さんにとっては、この一年で行ってきた事はほんのわずかな進歩なのかもしれない。
山縣さんと開發さんの抱いた夢の道行に途中から乗り合わせたに過ぎない蓉子は、けれどこの一年間の濃厚な時間に対して確かに思ったのだ。
――二人の道のりに同行して最後までその行く末を見守ってみたいと。
コノハがこちらの視線に気が付いて、手を振る。にこやかに微笑む。自然な笑みだ。
ここからまた始まるのだろう。蓉子が一人の人口知性の少女と出会い、苦楽をともにしてきたこの一年にも匹敵する新しい日々が。
だから、そんな挑戦の日々を前に休息も兼ねて、年末のハウスウォーミングパーティを成功させようと蓉子は心に誓う。
それはきっと、またこうして振り返って懐かしめるような素敵な想い出になるのだから。
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