酒飲み始まる魔女っこ生活
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第1話 始まりのお酒...
…
「ほら、これが先祖代々伝わる…だよ。」
「そうか、沙奈もそんな歳か」
「…子供にはちと厳しいかも知れんが…定めだ、仕方のないことだ」
最後の「定めだ」の言い方に私は鳥肌がたった。
さっきの人達に比べれば私なんてまだまだ赤ん坊。
知らないことの方が多い。
その知らないことの中には。
知らない方が幸せでいれるものだってある。
私は、この家に生まれたことを、後悔する
そんな大人たちの話を襖の裏から覗いていた。
トイレに行こうと起きたのだが、足元がおぼつかなかった。
小さいころ、間違って酒を飲んだ後にきたあの感覚。
フラフラとした足元ではトイレに行くことすらできなかった。
「ねえ。母(かあ)。なんか…フラフラする」
「沙奈…」
久々に会った親戚たちと心地よく飲んでいた母はいきなり呼ばれて、「ちょっと待ってて」と言おうとした。
だが、私の顔が見たことのない色になっていることに気づくと
「すみません、ちょっと気持ち悪くなっちゃって」
と愛想笑いで宴会から抜け出し私を抱えて庭へ出た。
「沙奈、ここで待ってて。いい?絶対に動いちゃダメよ」
いつも優しい母が緊迫した表情をしていた。
一桁の年齢だった私でも、母の顔から滲み出る緊迫した空気を感じ取れた。
いつもだってじっとしている方だった私は、素直に縁側に座っていた。
どこかで上がった花火が遮るもののない空に咲いていた。
本物の朝顔のような、言葉に表し難い綺麗な色の花だった。
見とれていると母が戻ってきた。
緊迫した顔は泣きそうな顔になっていた。
「どうしたの、母」
「沙奈、いま頭痛くない?頭まわる?」
唐突に質問され、私は頭が痛かったが
「痛くない、動いてる」
と答えた。
今考えればあれは飲んでしまったものが酒だったからだろう。
普通に酔いが回ってしまったのだ。
幼児に。
母はペンライトと教科書に載っているような、古そうな茶ばんだ紙の束を持っていた。
私の隣に母は座った。
その横顔には涙が流れていた。
「かあ、涙流れてる」
私が言うと母は
「流れてないよ、お酒こぼれちゃったんだよ」
と、見え透いた嘘をついた。
母のついた、数少ない嘘だった。
「落ち着いて聞くためにね」
と、母が珍しくジュースを出してくれた。
私の好きなりんごジュース。
よく冷えていた。
花火を見ながら、貴重なジュースを味わった。
飲み終わると母が深呼吸をした。
「これから話すことは誰にも言っちゃいけないからね、沙奈。これを誰かにお話ししたりしたら大変なことになっちゃうからね」
話す母の顔は般若にすり替わっていた。
暗闇の中の般若というダブルパンチに思わず
「ひっ」
と声を上げてしまったが、静かに頷いた。
「本当に、本当にお約束だよ」
いつも約束事をするときと同じく「指切りげんまん」をした。
母の指は、夏なのに冷たかった。
「じゃあ話すね。
私がこんなに変なふうになっちゃったのってなんでだと思う?」
私は母が怒ったのかと思い消え入りそうな声で
「ごめんなさい」
を言った。
「沙奈、私は責めてるわけじゃないの。
とりあえずこれを見てみて」
差し出された幼稚園の手鏡を見て、私は叫んだ。
顔が、気持ち悪い色になっている。
「かあ、これ直して。はやく治して。怖い」
「怖いけどね、それはこの家にいる以上仕方のないことなの」
「ここの家に住んでいるとしょうがないことなの…?」
「そう、仕方のないことなの。これからじっくり説明してあげるわ」
一際大きな花火が散り、空は平静を取り戻した。
それから母は長い長い、ながーーーいお話をしてくれた。
あの酒はただの酒ではないこと。
この家に生まれた以上、果たさなければいけない使命があること。
その使命はこの家の女性にしか語り継がれないこと。
話してはいけない対象は家族の男にも及ぶこと。
私がさっき飲んでしまった酒はこの血筋の女性の血が混じっていること。
そしてその酒を飲むと…魔女として生きていかなければいけないこと。
それらを話し終えた母は
「わかった?」
とだけ聞いてきた。
内容が内容なので難しい言葉も当然のごとく出てきた。
「あんまりわからなかった」
そういうと母は頷いてから
「分かるまで私に聞いてね。あとなんか変だな、って思ったらすぐ言ってね。もちろん二人きりの時にね」
頭をよしよし、と撫でてくれた。
「じゃあ、もうおやすみなさい」
すぐに私は寝てしまった。
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