思い出にしまわれた

ぱんけーき

思い出にしまわれた

俺と話すときの彼女は、いつも以上に可愛くて、綺麗で、それでいてどこか遠いように思えた。


彼女を意識し出したのは何時だったか。


それまでも、お互いに見知った仲だった。

何気ない会話を、なんとなく、だらだらと続け、たまにふざけあうような、なんでもない、クラスメイトの一人。


ある日を境に突然、俺の中での彼女への意識がふと、絵の具を落とした水みたいに、サッと変わり、一瞬で別の色で染まり、それまでとはすべてが違うように見えた。


それまで、何気なく接していた彼女は、突然、すごく大切な、触れればあっさり壊れて、消えてしまいそうな。

そんな気がして声を掛けれなくなった。


声を掛けるのを躊躇う間に、あっという間に1週間が過ぎる。そこで初めて、実は、声を掛けていたのは、こちらからのみだったことに気付く。


そうだ。よく考えてみれば、彼女の方から話かけてくれたのを思い出せない。

そもそも、会話の中ですら、彼女から話題を振ってくれたことはない。どころか、いつも彼女との会話は、俺が何か尋ねて、彼女が1文程度の返答をする。

この作業の繰り返しですらあった。

いや、あれは作業でしかなかった。


ふざけあった日々なんて、どこにもなかったし、見知った仲だったのかも怪しい。

捏造に理想を重ね合わせ、無理矢理に創った歪な、俺の中での思い出だった。


俺は、自分の彼女への気持ちが恋であることには、もちろん気付いていた。

そうでしかないだろうし、それ以上でも以下でもなかった。と、同時に、彼女の気持ちが、俺にないこともまた明白だったし、嫌でも思い知らされた。彼女を見ていれば、一目瞭然だった。


彼女が特定の異性と話すときの女性らしさや、仕草、雰囲気。どれをとっても、俺と話していたときとは全くもって異なっていた。外見は俺と話をした彼女であるはずなのに、中身を入れ替えた、まるきりの別人に俺の目には映った。


しかし、当たり前だ。

俺の恋心を抱く彼女は、俺を好きになってくれない。彼女にだって、恋心を抱く誰かがいるのだ。それは頭で分かってるのに、どうしても受け入れられなかった。

俺は、彼女が、俺の望む彼女でないことを信じたくなかった。


そして、あの日。

俺は知った。

彼女があれだけ愛しそうに、

俺に見せるものとは違う彼女を見せる、

その相手が

彼女の弟であることを。


安堵した。それはそうだ。

彼女があの男に向けていたのは、恋心ではなかった、

紛れもなく、家族愛なのだと知れたのだから。

名前も知らない男だが、彼女の弟というのは確かなようだった。

しかし、そう分かっても、俺の中に残る、

モヤモヤとした、一抹の不安と

黒くくすんだ、重く暗い塊は除かれなかった。


それでも俺は、自分にチャンスがあるんじゃないかという期待をしてしまった。

彼女が俺に振り向いてくれるんじゃないかという期待を密かに抱いて、彼女と話す、彼女から話しかけてくれる機会を待った。

俺から話し掛けてもきっと、彼女は俺という"もの"から発せられる無機質な質問に、

簡単な返事を返すだけのお人形さんに戻ってしまうだろうから。


機会を待った。でも、ついぞ、そのときは訪れなかった。かわりに、俺が1番考えたくなかった、信じたくなかったものに出会ってしまった。


帰り道に、自分に嫌気が差して、出来る限りの遠回りをして帰った。

いつも通らない道を散策して、日が暮れた。そして迷いこんで、小道に入り込んだところで、彼女とばったり出会った。

正確には、後ろ姿の彼女を見つけた。

奇跡の遭遇だ。

出来れば、運命の出会いだと思いたかった。でも、現実は甘い幻想を許してはくれなかった。


彼女は一人ではなかった。

彼女の横には男がいた。

そして、彼女と男は、誰もみていないことでも確信しているように、 キス をしていた。


この時点で、俺の心はズタズタだった。心の内が、密かにうごめていた黒い塊に、一挙に侵食されていく。視界も光を失ったように、底抜けの闇に覆われていく。脚が地に着いていない感覚に襲われる。膝から崩れ落ちそうになる。息が詰まってどうしようもない、行き場のない感情に支配される。


放心状態だった俺は、そこでもうひとつ気付いてしまったことがあった。

気付きたくなかった。

彼女といた男は


彼女の弟だった。





そのことに気付いて、俺がどんな行動を取ったのかは、神のみぞ知る、だ。

いつの間にか知っている道に立っていて、家がすぐ目の前にあった。

無気力で、家に入るのさえも億劫だった。

呆然と、その場で立ち尽くすしかなかった。その間中も、頭を過るのは、さっきの、脳裏に焼き付いた光景。

嫌でも忘れられそうにはなかった。


結局、はなから俺にチャンスなんてなかったし、やはり、彼女の眼中に俺は映っていなかった。

そもそも、彼女の視ている、生きている世界に、 俺は 居なかった。 たぶん。


それから後の学校生活は、恙無く、平淡に、円滑に進められていった。

俺の、彼女への気持ちは徐々に薄れていった。

気持ちとは裏腹に、脳裏に焼き付いた光景だけは、薄れることはなかった。

でも、彼女のあの男に対する、接する時の表情、態度は代わり映えなく、むしろ、一層、濃く色付いていくように見えた。


卒業間近に迫ったころ、受験に追われ、彼女の存在を頭の片隅へとようやく、きちんとしまえたころに、彼女を思い出すことになった。

彼女を見たのが、いつが最後だか分からなくなったころ、彼女を見た。

正確には、彼女の 名前 を見た。

何気なく点けていたテレビのニュースで、彼女の名前が表示されていた。


何かの快挙を成し遂げたというニュース。







というわけではなかった。


遺体が見つかったという事件の報道の中に、彼女の名前を見つけた。

彼女の名前の下には、もうひとつ名前が連なっていた。

彼女と同じ名字だった。

そこで、俺は全てに勘づいた。


受け入れがたかった現実だが、それが真実なのだろう。

報道によれば、彼女ともう一人は、手を繋いだ状態で見つかったらしい。


彼女はそれで、幸せだったのだろう。

彼女が下した決断が、正しかったのかなんてのは、俺には到底分からない。

ただ、彼女も、俺と似たような心境だったのかもしれない。


報われない。辿り着けない。決して得られない。そんなものを追い求めていたのだろう。



初めて、彼女を理解できた気がして、少し心が軽くなったように、報われたように、思えた。

少し視界が開けて、先の方が明るく映る。




俺のありふれた恋は、実らないまま、それでも、決して、色褪せないままに静かに心に収められている。



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思い出にしまわれた ぱんけーき @kmyno_0916

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