第187話 正義と悪の精霊戦争


 勇者カムイ


 魔王シナトラを倒した英雄。


 しかし、今は新造ダンジョンの中に封印されたかのようにダンジョンコアと同化している。


 新たなる勇者を生み出すため、精霊の神託を受け取るための舞台装置。


 それが今の彼だ。


 つまり、人間たちの会議に精霊側の代表として現れた事になる。


「さて、まずは精霊の意思をわかりやすく通訳する」


 一瞬、会場がざわつく。


 精霊の意思。


 あれに本当に意思があり、それが人間に理解できるものなのか? 


 多くの者たちは、口にはしていなかったが、内心でそう思っている。


 それが覆るのだ。


「精霊は人間を理解しようとしている」


 カムイの言葉に騒めきはより大きくなった。


「彼らは人の中に善なる部分と悪なる部分を有していると考えた。だから、これは競争……いや、生存戦争として考えてもらいたい」


「――――!」と騒めきが一瞬で停止した。


 あまりにもシンプルだ。 正義と悪の戦争。


「もっとも――――」とカムイはクスッと笑い、こう続けた。


「君たちは自分こそが正義だと断言できるかな?」


 その言葉に動揺したのは、先ほどまで会議を仕切っていた初老の男だ。


(馬鹿な。そんな事……で、できるわけがない)


 自然と彼の雇い主である君主を見る。 君主も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。


(そう、今ここで精霊に自らを正義だと宣言するという事は……開戦を宣言するという事になる。誰が、そんな事を言えるか! 我が国はならぬぞ。率先して戦争を起こした国なんぞに!)


 そう考えるのは彼だけではない。 みな、立場ある人間。


 その立場は「自分は正しい人間です」という自由すら奪い去っているのだ。


 だが、そんな中、2人の人間だけは手を上げていた。


 無論、その2人はベルトとメイル。 暗殺者と聖女という対極な2人であった。


 まずメイルは――――


「私たち人間は、必ずしも正義とは言えないかもしれません。しかし、だからこそ――――皆、正義であろうとする心は持っているのです」


 ベルトは――――


「俺は邪悪だ。なんせ人を殺めて生きてきたのだから……だが、人間の善性というもの信頼できる幾つもの出会いを否定する事はできない」


 その言葉にカムイは苦笑する。


 メイルの言葉。 人間は善ではなくとも、誰もが本当は善性を有している。


 対してベルトの言葉は、 自分は善ではなく悪だろうけど、自分が出会った人間の多くは善だと断言するもの。


 2人の性格が出ていて面白いと判断したのだ。だからカムイは――――



「いいでしょう。近い将来起きる正義と悪の精霊戦争。 まずは貴方たちに有利となる情報を提供しましょう。次の勇者候補は――――正義の勇者です」

 

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