第175話 誘拐の動機

「それは一体、どういう意味でしょうか?」


 男はギロリと大きな瞳を向ける。


 先ほどまで、体を縮めて視線も定まらない様子だった男と同一人物と思えない変貌を見せた。


 だが――――


「あら、聞こえなかったのかしら? あなた方の狂言誘拐の事を言ったのだけれども?」


 マリアは、剣呑な視線を涼しげな表情で受け止めた。


「狂言ですか? その根拠は? 当然あるのでしょうね。もしもなかったなら……」


「なかったなら? どうするというのですか?」


「……良いでしょう。まずは話を伺います」


「貴方は、大きな事を起こそうとしているわね。それも今日ね」


「今日? そもそも、今日の本来の予定は貴方たちと邂逅だったはずでは?」


「そうね……でも、それは先日に急遽、私たちがねじ込んだ予定……本当は困っていたのではないかしら? 断ろうにも、他言にできない予定なのだから」


「なるほど……断る理由として、私たちが狂言誘拐を起こした。でも、我々はあなた方に協力を求めたのですよ。 貴方の意見は矛盾していると言わざる得ませんね」


「聖女メイルと軍師シンラの存在を無視できなかったからでしょ?」


 「……」とエパスは顔を顰める。 それは肯定を意味していた。


「貴方たちの予定……この国へ反乱を起こすのにメイルとシンラの存在は無視するのに危険過ぎた。そのために排除を優先させたのではないかしら?」


「よくもまぁ、憶測だけで話せますね。 私への侮辱ですよ? 証拠もなく……」


「まぁ、確かに証拠はないわね」


「だったら……」


「でも貴方は知らないのでしょうね。私たち5で紹介をしていない2人の存在を」


「――――それは? 一体、どういう意味ですか?」


「メイルとシンラと一緒に行った彼女……名前はカレン。 彼女は、あのベルト・グリムの後継者よ?」


「あの……最強の暗殺者……後継者がいたのか!?」


「えぇ、だから貴方と私兵団がどこに向かって、どういう種類の殺気を持っていたのか……私たちは最初から知っていたのよ」


「それが証拠とでも言うつもりか! 小娘が!」


「証拠となるでしょうね。少なくとも貴方が、メイル、シンラの証言を嫌っていた以上の効果があるはずだわ」


「構わん! 出てこい」とエパスは指を鳴らす。


 ぞろぞろと室内には私兵団が入ってくる。


「あの3人は、すぐには帰ってこれないはず! 今、貴様1人を殺して行動に移せば――――」


「あらあら……いつから私が1人だと言ったのかしら? さっきも言った通りに私たちは5人いるのよ?」


 それまで気配を消し、マリアの後ろに立っていた人物が動いた。


 彼女を庇うように前に出る。 その人物は最初から、そこにいた。


 思い出してほしい。この場所に来る時、馬車には何人が乗っていたのか?


 ベルト、メイル、カレン、シンラ、マリアの5人だっただろうか?


 いや、もう1人いたはずだ。 いや、いなければならない。


 間違いなく、馬車を操る従者が1人いたはずだ。


 儒者は顔を隠すほど大きなシルクハットを外した。


 「私は、マリア・フランチャイズの剣。今、偽りの姿を脱ぎ去り、本来の役割に戻ります」


 「えぇ、許可します。私の剣……シルフィド!」


    

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