第138話 吸血鬼はもういない


 竜王ゾンビの内部。それはルークにとって結界に等しい効果を発揮する。


 今、ベルトが戦っているルークは、彼の分身のようなもの。


 そして、ベルトもまた精神と肉体を強制的に剥離され、精神体で戦っている。


 ――――否、戦わせられていると表現した方が正しいだろう。


だから、切り離されたベルトの肉体は無防備。


ルークのその体を見ながらニンマリと笑う。 その赤々しい口元から牙が見え隠れしている。


そう……ルークは吸血鬼だ。


吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になる。


吸血と言う行為により魂を奪い、その対価として不死を与えられる。



「単純戦闘能力なら勇者より魔王よりも上と言われるベルト・グリム……そして、竜王の死骸。これら手に入れて、私は魔王さまが振るう武器として完成を向える!」


それは歓喜。


歓喜を持ってベルトの首筋に牙を――――


突き立てた。


怨敵であるベルトの血液を吸う。 1000年は生きたであろうルークに取っても、過去を振り返っても勝る事のない甘美の瞬間。


だが――――


ルークが味わったのは激痛だった。



「ぐがぁぁっっあぁぁぁぁ」と声にならない声を轟かせ、ベルトから飛び跳ねるように距離を取るルーク。


その光景は異常だった。


自ら絞めるように喉を押さえ、のたうち回る。


苦しみに耐えながら、思考を回復させていく。



(なぜ――――いや、ベルトはどうなった?)



コントロールの効かない肉体。それでも辛うじて視線だけはベルトに向ける。


すると――――


そこにはベルトが立っていた。



「すまないが、すでに俺の体内に血液は残っていない。血液に見えるのは、毒素を含んだ液体だ」



ベルトのスキル。 ≪毒の付加ポイズンエンチャント


自身の肉体や武器に毒を付加させるスキルではあるが、自身の肉体を猛毒に触れさせてきた後遺症。


ベルトの血液は猛毒に変化していた。



「あがが、い、い、いったい、いつから……」


今も口が回らないルークが発した言葉。 


それは……


一体、いつから、精神体と肉体が分断されていたと気づいていたのか? 


いつから、そしてどうやって精神を肉体に戻したのか?


その答えはベルトは――――



「最初からだ」と答えた。



「自分の分身と俺を戦わせて、その隙に本体を奪おうしたのだろうが……お前の分身が戦っていたのも、俺の分身に過ぎなかったのだよ」



ルークの眼に驚愕が宿る。


人間の身でありながら精神の分裂? それを意図的に起こせる?


それは―――― つまり――――


過去に精神が――――


だが、そこでルークの思考は停止した。



死の付加デス・エンチャント



まるで死神のようなベルトの手刀がルークの頭部を刈り取った。



「俺の体を竜王ゾンビの内部に取り込もうとしなければ……俺の体を自分の物にしようとしなければ、苦戦は必至だった。 結果で言えば、お前の欲が俺に取って幸運だった」



1000年生きた吸血鬼はもういない。


1000年の年月にどれほどの人間を、その魂を同化させたのだろうか?


群体として生き、生物として虚ろになった吸血鬼は――――


塵は塵に―――― 灰は灰に――――


幻のように、悪夢のように消え去った。

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