第56話 魔法捕食と業火


 詠唱による魔力強化。




 『これより放つは不可視の刃――――』




 さらに魔力浸透度の高い『サウザウンド・オブ・ダガー』により魔力の過剰強化を行う。




 『刃には毒と死を混ぜよう――――』




 その威力は、勇者パーティの後衛2名の同時魔法攻撃に匹敵――――いや、それをも打ち破る火力を見せた実績がある。




 『贈るのは不吉と嘆き――――生者は死者へ――――残るは灰のみ、全ては地へ戻る――――』




 ≪魂喰いソウルイーター




 眩いほどの閃光に視界は奪われる。


 落雷と聞き間違うが如く轟音が響く。




 初手から放たれたベルトの最大火力は――――




 大きくアギトを広げたティラノザウルスに吸い込まれるかのように誘導され――――




 あっけなくティラノザウルスに捕食された。




「くちゃくちゃ……」と下品な咀嚼音が響く。


 その様子に静まり返っていた観客席から徐々にどよめきが起きる。




 「た、食べたのか?」


 「食べた? 魔法を? そんな生物がいるのか!」


 「あの火力量を体内に取り込んで平気なのか?」




 それほどまでに生物の魔力捕食は前例がないことだった。


 そして、自身の最大火力が封じられたベルト本人は――――




 すでに次の行動を起こしていた。




 ≪致命的な一撃クリティカルストライク




 いつの間にかティラノザウルスの頭部に飛び乗っていたベルトは、その額に拳を打ち込んでいた。


  ≪致命的な一撃≫は打撃の衝撃を打ち込んだ相手の体内へ駆け巡らせる技……だけではない。


 回復術師が反響エコーを利用して体内の病巣を調べると同じで、打ち込むことで相手の弱点などの情報を読み取る事が可能だ。




 (分厚い皮膚。 強大な筋肉。 そして……)




 帰還フィードバックした情報からベルトが着目したのは、その脳の小ささ。


 脳が小さいからこそ、痛みへの反応が薄く、目前に動くものを反射的に襲う。


 そして、何よりも無駄がない。 闘争本能以外の感情が極めて少ない。


 まさに戦うために生まれた生物という事がわかった。




 (……いや、もうひとつ奇妙な所が)




 新しく沸いたベルトの疑問は精査される事はなかった。


 なぜなら、頭に乗ったベルトを振り落とそうとティラノザウルスが激しく頭部を揺さぶらしたのだ。


 これにはたまらず、ベルトも飛び降りる。


 地面への着地。 その僅かな膠着時間を狙われた。




 カッチカッチ……




 小さな異音。


 それがティラノザウルスの口内から聞こえてきた。


 それはまるで火打石を叩いて着火させる時の音をそっくりで……


 歯と歯をぶつけ合うタッピング音。


 その直後、ありえない事が起きた。




 業火。




 信じがたいことにティラノザウルスが火を吐いたのだ。




 「チッ」とベルトは舌打ちを1つ。


 その業火が到達するよりも早く短剣で宙を切り裂いた。


 向ってきた業火はベルトを避けるように2手に分かれて通過する。


 高速の斬撃は空間そのものを切り裂き、炎の通り道を作ったのだ。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 地上最大サイズの恐竜。


 雷竜 アパトサウルス。


 全長26メートル。 体重は……実に32トン。


 その巨体ゆえ、様々な説が生まれた。


 主に水中で生活していた説。


 地球の重力が現在と違っていた説。


 その中で食べた植物が胃の中で消化される時、ガスを生み出し、風船のように体を膨らまし軽くしていたのではないか? そういう説もある。


 ならば――――


 ティラノザウルスも、その巨体を支えるため体内でなんらかのガスを精製していたとしても……

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