第55話 初手 銀の弾丸


 あちらこちらで悲鳴が起きる。


 怖いもの見たさの観客的ですら未知の存在に冷静さを失っていく。


 ならば、対面しているベルトはどうか?




 (なんだこれは? 殺意? いや、俺を喰らうつもり……ならば、喰意?)




 「ふっ……喰意なんて言葉はないな」と小さく笑う。


 それは正気の証拠か? それとも現実逃避か?


 ベルトの相手は恐竜。それも近代魔法の粋を結集して蘇ったティラノサウルスだ。




 「確かに強いな、こいつ」




 今までドラゴンと対峙したことは幾度かある。


 しかし、似ているが違う。 


 何が?と問われれば存在そのものと身も蓋もない回答しか返せない。


 もう少し踏み込んで言語化するならば……




 「精神そのものが違うのか」




 その精神はドラゴンよりも、ジャイアントクロコダイルやソードヘッドシャークと言ったモンスターに近い。


 目前に動くものがあれば襲わざるを得ない。


 まるで世界そのものを憎んでいるかのような精神だ。




 ティラノサウルスは銀の鎖で覆われている。


 ただ、物理的に抑えられているわけではないだろう。


 ティラノサウルスは抑えれる魔法が幾つも施されているに違いない。




 対してベルトは前回と違い武装を施している。


 軽装の鎧と皮の服。


 手には切り札とも言えるサウザウンド・オブ・ダガーを最初から抜刀している。


 そして、頭部には正体を隠すための仮面。


 それらは目前の怪物にしてみれば紙の装備と同じようなものだろう。


 最も、いかに重厚な鎧を身に纏っても、その牙は容易に貫くに違いない。




 可哀想なのは審判レフェリーだ。




 試合開始と共に距離を取る手筈になっているとはいえ、何か起きれば被害は免れない立ち位置。


 それに志願したのは自殺希望者か? それともプロフェショナルか?


 兎にも角にも……




 審判は試合開始を宣言すると逃げるように背を向けて駆け出した。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・ 




 そして、ティラノサウルスを拘束していた鎖が解き放たれる。


 それを忌々しい物と認識したのか、地面に落ちた鎖を土ごと口内へ喰らい噛み砕く。


 口の外まで漏れる金属の破壊音。


 やがて食べれないと判断したのか「ぺっ」と吐き出した。


 ただし、吐き出したのはベルトに向ってだ。


 軽く吐き出したかのように見えたが、対峙しているベルトにしてみたら、それは銀の弾丸。


 それが視線を覆うように襲い掛かってきたのだ。


 回避は不能。


 だから――――




 ≪魂喰いソウルイーター




 大量生産の果て、幸運と確率の神々に愛された生まれた人造兵器『サウザウンド・オブ・ダガー』


 魔力に対する浸透度は凄まじく、ベルトの魔力を汲み上げられて放たれた≪魂喰いソウルイーター≫は、銀色の弾丸は駆逐していった。




 さらに――――




 『これより放つは不可視の刃――――』




 ベルトの詠唱が開始された。

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