第13話 イレギュラーなレッドトロール

 レッドトロールは不愉快だった。




 今日は、獲物を――――小さな弱き者を2匹見つけた。


 彼らは美味い。そして、体から力が湧き出してくる。


 獲物を食べれば食べるほど、強くなる。それは自分レッドトロールの知る絶対真理。


 最初のアイツを食べてから……今まで、数え切れないほど食べてきた。


 だから、自分は強い。だから、沢山食べたい。


 しかし、今日の獲物は素早く取り逃がしてしまった。




 後悔




 苛立ち




 怒り




 だが、感謝もあった。


 新たな獲物が――――小さな弱き者が飛び出してきたのだ。




 「うおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」




 レッドトロールは咆哮をあげる。




 余談ではあるが、数十年後、とある大学アカデミーによって驚くべき研究発表がされた。


 彼らレッドトロールが戦闘前に行う咆哮は、敵に対する威嚇ではない。


 人の言葉に訳すと「いただきます」が適切だと……




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 ベルトは武器を抜く。




両刃短剣バゼラード




 冒険者復帰が決まり、購入した新品だ。


 元々、ベルトは貴重な武器を使用しない。


 例外と言えるのは、最後に戦友に譲った短剣のみ。


 代えの利く大量生産の武器を好み、平気で使い捨てていた。


 今回、この両刃短剣を選んだのは、魔力を刃に通しても壊れない頑丈さ――――必殺の≪魂喰いソウルイーター≫に耐え切れる武器だったからだ。




 しかし、いくら頑丈な武器を選んだとは言え、レッドトロールの一撃を受けるわけには行かない。


 その巨体からトロールの動きは鈍いと思われている。


 それは間違いである。


 全身が筋肉の塊であるレッドトロールが放つ一撃は高速であり、破壊力は極大。


 頭上よりも、遥かな高さから振り落とされた自然武器ナチュアルウェポン。


 それをベルトは後方へ飛び避ける。


 だが、レッドトロールは獲物が背後へ逃げると読み、前に大きく踏み出していた。




 (フェイント? いや、誘われたか……このトロール、見た目よりも戦闘思考能力が高い)




 巨大な手が自身の体を掴もうと伸びてくる。


 しかし――――




 ≪暗殺遂行アサシネーション




 レッドトロールの腕は空振り、ベルトは姿を消した。


 ≪暗殺遂行≫は体を影に変える能力だ。


 掴まれる直前、二次元化したベルトはトロールの腕に貼り付き、そのままトロールの体に沿って移動。


 トロールの背後に回り込むと、姿を現し両刃短剣を振るう。


 狙いは足回り。特に膝裏を執拗に狙い、何度も傷つけた。


 それでも、レッドトロールは倒れない。倒れる事を矜持が拒んだのだろうか?


 背後にいるベルトに向けて腕を振るう。




 回避。




 ベルトは、その場で軽く飛び上がり攻撃を回避。


 回避と同時に、その腕に短剣を突き立て追加のダメージを与える。


 まるで花びらのように鮮血が舞う。


 その瞬間、ベルトは奇妙な違和感を抱く。




 (奇妙だ。レッドトロールの戦意が衰えない)




 シンプルな痛み。自身よりの強者の存在。


 力が全てのトロール系は力量差がわかると逃げ出そうとする。


 それを防止するため、ベルトは初手から足を狙ったのだが……レッドトロールは逃げ出さない。


 それどころか戦意が増している。




 (様子見の安全策が裏目に出たか? なら今からでも――――)




 ベルトは戦闘スタイルを変える。




 接近攻撃の≪二重断首刀ギロチンエックス




 遠距離攻撃の≪魂喰いソウルイーター




 ≪暗殺遂行≫から≪致命的な一撃≫のコンボ攻撃




 どれもレッドトロールなら一撃で殺せる。


 狙いを一撃必殺に切り替えたのだ。




 レッドトロールは、それを感じ取ったのか?


 素早く前に出る。


 間合いが縮まり、≪魂喰い≫の選択肢が消えた。


 ≪二重断首刀≫を放とうと飛翔。


 だが――――




 ベルトは衝撃を受ける。


 まるで全身がバラバラになりそうなほどの衝撃。




 (何をされた?)




 何らかの攻撃を受け、吹き飛ばされたベルトは信じられないものを見た。


 それは構えだ。




 レッドトロールが構えを取っている!?




 ワキを少し広げ、両手を頭より高く上げている。


 後ろ足に体重を乗せ、前足はリズムを取るように上下させている。


 それは闘技場で、戦士が使う徒手空拳での戦闘術。


 ベルトは、自身が受けた攻撃の正体に気づいた。


 それは下段回し蹴りローキックだ。




 「コイツ、ただのモンスターじゃない……魔物使いに捕獲テイムされ鍛えられたのか?」




 そう言った事故は知っている。


 魔物使いが鍛えたモンスターが何らかの原因で脱走。野生化して人々を襲う事例。


 例外なく、魔物使いに鍛えられたモンスターは強い。


 討伐に向ったAランク冒険者たちが返り討ちにあったという話はいくらでもある。 




 「このトロール……ヤバイな。このままだと負けちまうかもしれない」




 レッドトロールの拳撃が素早く飛んでくる。


 ベルトが間合いを広げるため、後ろに下がると洗礼された蹴りが放たれる。


 もしも、事前に腕と足にダメージを与えてなければ避けれる事は不可能だった。




 ベルトはチラリと『呪詛』が刻まれた腕を見る。


 あれから毎日、メイルから浄化を受けて黒蛇は色を薄めている。




 「仕方がない。少しだけ……少しばかり本気を出させて貰うぞ」




 ベルトは今まで抑えていた力を60%まで解放する事に決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る