(2)雑貨屋は違法?


「ただいまー! ティナーっ、ちょっと聞いてくださいよー!」

 満開の笑顔で雑貨屋に帰ってきたリームだったが、残念ながら店内にティナの姿は見えなかった。


 近頃リームが出かけているときは必ず店にいたのに、珍しいことだ。『青』に会ったことをすぐに話したくてたまらなかったリームは、ちょっと拍子抜けしてしまった。


「ティナー? 戻りましたよー?」

 カウンターの裏手の台所を覗くが、誰もいない。2階だろうか。リームは先程の呼びかけで降りてこないか少し待ってから、あらためてカウンターにある呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。


 普段ならパタパタと足音が聞こえるのだが今日はそれもなく、リームが階段の上を見上げていると、そーっと様子を見るようにティナが顔を出すのが見えた。


「……あ、リームか。おかえりー……」

 どことなくどころか明らかに元気の無い声、なんとか笑みの形を作りましたという表情で、ティナがゆっくり階段を降りてきた。


 『青』のことでテンションがあがっていたリームも、さすがに只事ではない様子に気づく。


「ティナ? 何かあったんですか? 絶対何かあったんですよね?」

「え、いや……別に何も無いわよー。ちょっと考え事で、頭が疲れたっていうか……」


「ちょっと考え事? ちょっとどころじゃなくって、悩み事で眠れなくて徹夜したような顔してますよ!」

「そうなの? やだなぁー。しっかりしなくっちゃ」


 ティナはぺちぺちっと両手で軽く自分の頬をたたくと、きゅーっと口角をひっぱって笑みの形を作った。そして、ぱっと両手を離すと、今度は幾分自然な笑顔でリームに言った。


「まぁ私も人間だから時には悩んだりもするんだけど、立ち直りは人一倍早いから、心配しないで。さぁ、今日の買い物はどうだった? 何かいいものはあった?」


 ティナが一体何を悩んでいるのか見当がつかなかったが、聞いてもいつも通り笑って誤魔化して答えないことは予想できたし、たとえ答えが得られたとしても自分がなんとかできる悩みではないのだろう。


 そういうときは普段通り接するのが一番、と、神殿の共同生活で学んでいたリームは、買ってきた荷物を出しながらとりあえず自分の話を進めることにした。


「実はですねっ、私今日、なんと『青』に会っちゃったんです!!」

「えぇっ!? リームにまで!? それで、どんな事を聞かれたのっ?」

「はぃ……?」


 あまりにも唐突に、今まで見たことが無いぐらい真剣な表情で聞かれて、リームは頭が真っ白になってしまった。

 リームのぽかんとした表情を見て、厳しい表情だったティナはあっと息をのみ、一転して失敗したな~と頬をかく。


「あー、ごめん。今の無しね。そっか……そういえばリームって『青』になるのが夢だったんだっけ」

「えっとー、どういうことですか? 私が『青』に何か聞かれることがあるんですか? ……あ。」


 やっとリームは気がついた。すっかり慣れきってしまっているが、ここは街で噂の不思議な雑貨屋なのだ。魔法士を取り締まる『青』が調査に来てもおかしくない。ティナの悩みの種は『青』だったのだろうか。


「……あの、ティナ。私はティナを信じてますけど……まさか、『青』に捕まるようなこと……してませんよね?」

 おずおずと尋ねるリームに、ティナは視線をくるりと回して、少し考えながら答えた。


「んー、そもそも『青の魔法監視士』って、人間社会における魔法の適正利用を目指しているわけでしょ。適正って何、って話になるわけよ。……少なくとも私は絶対、魔法を人の道にはずれるようなことには使ったりしてない。そりゃもう……神に誓って」


 普段信仰心が希薄な(ようにリームには見える)ティナが神に誓うなんて言葉を使うのを、リームは初めて聞いた。


 適正利用うんぬんはよく分からなかったが、ティナが魔法で犯罪をおかしているようにはまったく思えない。


 ……ただちょっと、店に全然客が来ないのに収入はどこから来るのかとか、リームが店番している間ティナはどこに行っているのかとか、疑わしき点はあるのだけど……。


「…………」

「ああっ、リーム、その目は疑ってるでしょー! 今、信じてますって言ったばっかりじゃない!」


「でっ、でも! ティナは悪いことなんてしないって思いますけど! 傍から見て不審な点が多すぎるんですもん! 『青』が怪しむのも無理ないと思います!」


 リームの言葉に、ティナは深く深く溜息をついた。再び徹夜明けの疲れきった表情に戻ったようだ。


「確かにそーなのよねー……だから『青』って苦手なのよ」

「『青』の人たちもお仕事でやってるわけですから、仕方ないと思いますっ」

「んんー、なんとかやり過ごすしかないか……」


 くたーっとカウンターに寄りかかるティナに、リームは荷解きを再開しながら言った。

「後ろ暗いことがないなら、『青』の人に全部説明したらどうですか? それでも分かってもらえなかったんですか?」


「いや、まぁ、いろいろあって……正直私は『青』が苦手だから関わりたくないって言うか……そうね、リームが貴族になりたくないっていうのと似たような感じかな」

「えぇー? 何が一緒なのか分かりませ……あぁっ! ティナ、今日お茶会です! 今何刻ですか?」


 『青』に出会ったことですっかり忘れていたが、今日はフローラ姫とのお茶会があるのだった。慌てるリームだったが、ティナは落ち着いて売り物の時計を確認しながら言った。


「まだ時間は大丈夫……だけど、困ったなー。ちょっと店番しててくれる? 買い物してくれた荷物は適当に置いといてくれていいから」

「えっ、ティナ、どこか行くんですか?」

「ううん、部屋に居るけど、何かあったら呼び鈴で呼んで」


 それだけ言って、ティナはひとり2階へとあがっていってしまった。


 こういう何をやっているのか分からないところが一番怪しまれるのになぁと残されたリームは思ったが、自分が言ってどうにかなることでもなさそうで。


 せっかく『青』に会えて気分が良かったのに、思わぬ心配事ができてしまったリームだった。


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