雑貨屋ラヴェル・ヴィアータ 2 ~青の魔法監視士~
維夏
(1)魔法監視士が街にやってきた
空は今にも雨が降りそうな曇り空。
午後からお茶会に呼ばれているリームは、降り出さないといいなぁと思ってしまう自分に気づいて、心の中でぶんぶんと首を横にふった。
別にお茶会に行きたいとかそういうわけではなくて、ただ雨が降ってしまうとフローラ姫がまた泣いてしまうんじゃないかと思っただけで――いや、心配してるとかそういうわけでもなくって……。
「……? お嬢ちゃん、ほら、おつり要らないのかい?」
「あ、ああっ、ごめんなさい!」
怪訝そうな声に、リームは慌てて果物屋のおじさんからおつりを受け取った。
黒竜の背に乗ってお姫様に会いに行った御伽噺のような夜からひと月余り。季節は初夏にさしかかっていた。
リームは、10日に1度ほどの頻度でフローラ姫の元へお茶会に行ったり、相変わらず意味なくのぞきに来る腹黒宮廷魔法士の小鳥を追い払ったり、ひたすら暇な雑貨屋の店番をしたり、そんな毎日だ。
たまにティナから頼まれるおつかいは、食料品から雑貨まで幅広く、荷物が両手いっぱいになってしまう。懲りずにお店に並べる商品を検討しているらしいのだが、結局検討したってティナの言う『独自のルート』というやつで仕入れてしまって、いつのまにやら常識を無視した変な商品が紛れてしまうのだ。本当どーにかしたほうがいいのにとリームは思う。
今日の最後の買物は野菜。生鮮品のお店が並ぶ通りを進むリームの耳に、ふと買い物をする女性の立ち話の声が届いた。
「……んまぁ、本当なの? 魔法監視士なんて、珍しい!」
「あたし、初めて見ましたよ。噂通りの真っ青なローブでした」
ばさっ、と、思わず両手の荷物を取り落として振り返るリーム。
魔法監視士、それは『青』の正式名称だ。
見ず知らずの奥さんたちだったが、リームは構わず駆け寄った。
「あの! この街に『青』が来てるんですか!? どこにいるんですかっ!?」
「えっ? えぇ、そうね。確かに『青の魔法監視士』だったわ。男の人ふたりだったわよ」
「『青』の人が来る時は、領主様のお屋敷に滞在するって話だけど……まぁ私たち庶民には関係のない話よねぇ」
「分かりました、ありがとうございます!」
ぺこりとお辞儀をして駆け出そうとして、はっと我に返り、リームは道に置きっぱなしの荷物を取りに戻る。
荷物を持ったあと一瞬迷ったが、すぐに再び駆け出した――雑貨屋ではなく領主の屋敷のある方向へむかって。
あの『青』がこの街に来ている!
一国に10人もいないと言われている魔法監視士に会える機会は本当に少ない。彼らは魔法士たちの不正を取り締まり、また地域の魔法士では対処できない事柄を解決するため、常に国中の街を転々としているのだ。
王都にある神殿で暮らしていたリームも、魔法監視士に会ったのは一度きり。ずっと目標にしている、憧れの存在だった。
レンラームの街の領主は中程度の貴族で、街の中心部の屋敷に住んでいる。ストゥルベルの領主が城に住んでいるのとは違って、どちらかというと大商人の屋敷に近い。
とは言っても、やはり庶民がおいそれと近寄れるわけはなく、屋敷の周囲には広い庭、庭の周りには飾りのついた鉄柵、大きな門の前には厳つい門番が立っていた。
息を切らせながら領主の屋敷が見えるところまできて、リームはやっと少し冷静になってきた。
別にここに来たからといって『青』に会えるわけでもないし、運が良くて姿を見られるぐらいだろう。ものすごーく幸運に恵まれて声をかけることができたとしても、庶民の子供の話なんて聞いてくれるはずがない。
分かってはいるのだが、そう簡単に割り切れないのだ。そわそわしながら屋敷を遠巻きに見るリーム。門番に睨まれている気がしたが、せっかくなので姿ぐらい見えないものかと、視線に耐えてしばらくねばった。
――ゴォーンと遠くで神殿の鐘が鳴る。
そろそろ帰らなければ。今日はお茶会の約束があるのだ。すっぽかしたら、フローラ姫の涙で池ができてしまうだろう。
名残惜しそうに領主の屋敷を振り返りながら、リームは雑貨屋のある通りへと歩いていった。
フローラ姫だったら『青』に知り合いもいるんだろうか。ふと思ってしまって、いや、それはぜったいダメだ、とリームは思い直す。
フローラ姫を頼ってしまったら、これまで一人で生きてきて、これからも一人で生きていこうと決意した自分をすべて否定してしまうような気がした。
しかし、幸運は思わぬところからやってきた。
雑貨屋のあるリゼラー通りへと出る小路を曲がった時、前方に鮮やかな青いローブ姿の2人組が見えたのだ。
ひとりは赤い髪を短く切った筋肉質の男性。もうひとりはごく淡い青銀色の長い髪を下ろした線の細い男性。いつもの街の風景にまったく似合わぬ異彩を放ちながら通りを歩いていた。
そのふたりの姿を認めた瞬間、その場に硬直してしまったリームは、一気に体温が上昇するのを感じた。こんなにドキドキと心臓が早鐘を打つのは、王妃様の背に乗った時ぐらいだ。
こんなチャンスは二度と無い。運命の女神メービス様に感謝の祈りをつぶやき、荷物をその場に手放してリームは駆け出した。
「あの! 魔法監視士さんですよね!」
声をかけられた二人は、何やら難しい話でもしていたのか、しかめていた表情を緩めてリームを見下ろした。
「なんだい、嬢ちゃん。悪いが、俺たちは個人の依頼は受けねぇんだ。困ったことがあるなら領主を通してくれ」
「握手ぐらいならしてさしあげますよ。わたくしがかの有名な魔法監視士イシュ・サウザードです。お友達に自慢できて良かったですね」
「……おい、イシュ。そんなんだから『青』ギライの人間を増やすんだぞ」
――なんだか、ちょっとイメージが違った。
昔会った『青』の人はこんな感じだったかなぁと、幼い頃の記憶を辿りながら、リームは青銀色の長い髪の魔法監視士――イシュに言われるままに握手をする。
「あ、あのっ、私、ずっと『青の魔法監視士』に憧れててっ……私も、『青』になりたいと思ってるんですっ」
「そうですね。憧れるのは大変よろしいことですが、魔法監視士はわたくしのように天才的な才能にあふれる人物しかなれませんから」
「あーもうお前は喋るな。『青』の評判が落ちる」
少々ぶっきらぼうな口調の赤い髪の魔法監視士は、イシュとリームを軽く引き離す。
「なれるなれないは別にして、夢を持つのは良いことだ。まずは魔法士になって技術を磨くことだな。がんばれよ」
笑顔は見せないものの、赤い髪の魔法監視士はそういってぽんぽんとリームの頭に手をおいた。ふたりが行ってしまう気配を感じて、リームは慌てて食い下がった。もう二度と会えないかもしれない、貴重な機会を簡単に逃がしてなるものか。
「ま、待ってください! 私……『青』になれますか? 才能ないですか? 素質があるかどうか、見てもらえませんかっ」
リームが以前ティナに見せた魔法――魔力の指標となる〈小さき光〉を唱えようとすると、赤い髪の魔法監視士が手を振ってそれを止めた。
「すまねぇが、俺達はそういう役目を負っていない。別の仕事があるから、失礼させてもらうぞ」
「さようなら、わたくしのファンのお嬢さん。四神〈フォーシィ〉の御加護があらんことを」
こうしてふたりは去っていき、リームはその場に立ったまま、ひとりその背を見送っていた。
ふたりの姿が見えなくなってもまだドキドキと鼓動はおさまらず、リームはふわふわとした足取りで放っておいた荷物を取りに戻り、帰り道を歩き始めた。
ちょっと個性的な人たちだったけど、本物の『青の魔法監視士』と話すことができた……!
魔法を見てもらえなかったのは残念だけど、会えて話せただけでも信じられないくらい幸運だ。しかも、がんばれと言ってもらえた。
「よーし、がんばって魔法士になって、『青』になるぞー!」
両手いっぱいの荷物の重さもなんのその、リームは浮かれたステップを踏みつつ雑貨屋へと帰っていったのだった。
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