本格ミステリの仕組みを解析してみた
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第1話 チェスタトン「ブラウン神父の不信」より「犬のお告げ」を解析
*文章がやけに偉そうで断定口調なのは仕様です(ペコリ)……。
☆前口上
「犬のお告げ」は、『読者』である僕にとってはそこまで面白い作品ではありませんでした。
しかし、『ルールに則って書かれた、非常によくできた古典本格ミステリ(以下、パズラーと書きます)』であることは確かです。
この作品を解析するだけで、『パズラーのオーソドックスなルールが学べる』と言っても過言ではないと思います(まぁ、ミステリを書く予定はないので、学んでも仕方がないのだが)。
パズラーの大原則とは「作者が謎を提供し、読者はそれを推理して楽しむ」事です。
倒叙モノ、ハードボイルド、警察小説、サスペンスなどなど、ミステリには色んなジャンルが存在します。
その中で『パズラー』という極めて限定されたジャンルにおいてのみ通用するルールですが、日本にはパズラーファンが多く、たくさんのパズラー小説が書かれています。
ちなみに海外ではミステリの祖、イギリスを含めてパズラーは生き残ってはおりますが、アメリカではほぼ完全にオワコンになっています
(最近は北欧ミステリやフランスミステリなども出版されるようになりましたが、言語の都合上、翻訳ミステリは英米の作品が多いので)。その辺のミステリの歴史については、あまり創作(=カクヨム)と関係ないので今回はやめるとして……。
それでは本題、チェスタトンの短編小説「犬のお告げ」を解析していきます。もしお手元に(図書館本でもなんでも)「ブラウン神父の不信」がある方は是非ご一緒に。
ない方は、まぁ適当にお読みください。
なお、内容は完全にネタバレしますので、その点ご注意ください。
まず、全体のパーツを5つに分けてみました。
☆1:プロローグ P81
語り手はファインズという青年。探偵はブラウン神父です。
1行目「さよう、わたしは犬が好きだ」(ブラウン神父の台詞)。
素晴らしい書き出しだと思います。
タイトルは「犬のお告げ」。そしてこの1行目。
『犬が関連する事件だよ』と読者に印象づける作者の工夫が見えますね。
10行目「というと、犬の事を世間は過大評価しすぎるというわけですか?」
「そうかな。大した生きものだと思うけど」(ファインズの台詞)
実は、これが謎を解くカギになっています。非常に重要なやりとりです。
ファインズ(語り手)は犬の事を凄い生き物だと思っている。
しかしブラウン神父はそうは思っていない。という事です。
パズラーの場合、基本的に名探偵の方が語り手よりも賢く設定されているので、
読者としては、
「犬は凄い生き物だ」が誤答、「犬はそこまで大した生きものではない」が正解となります。
ここが「起承転結」の「起」にあたる部分です。
☆2:事件について1 P82~85の7行目
ここからが「起承転結」の「承」になります。
ファインズが事件について語りだします。
P82~99までがファインズの語りなのですが、長いので便宜上2つに分けました。
このパートでは「新聞記事による事件の概要」が綴られます。
ドルース老人が1人で東屋にいたところを殺された。
背後から短剣で刺されており、凶器は見つかっていない。
東屋には誰も入っていない(密室)
犯人候補は秘書フロイド、被害者の娘ジャネット、隣人のヴァランタイン、被害者の弁護士オーブリー。
ドルース老人とヴァランタインは仲が悪い。ヴァランタインはジャネットを狙っている。
被害者と最後に会ったのはオーブリーで、死体の第一発見者はジャネットである。
というのが大雑把な情報です。
まぁ、犯人候補が何人かいるよーという事ですね。
☆3:事件について2 P85の8行目~P99の7行目
語り手のファインズが「犬(名前はノックス)」について語る、
細々とした描写があります。
ファインズも実はその日、ドルースの家にいた。ハーバートとハリーの兄弟と一緒にいた。
ドルースの死は16;30。
遅れてやってきたハリーを迎え、三人で海(?)に向かう。
海にステッキを投げ入れて、犬が取ってくる遊びを始める。
ハーバートのステッキを犬が拾って取ってくる。
しかし、ハリーが投げたステッキを犬は拾わなかった。拾いに行ったが、途中で戻ってきて
悲しそうに鳴いた。
ちょうどその時、ドルースの死体が発見され、第一発見者のジャネットが悲鳴をあげた。
などなどが事件にとって重要な情報になります。
しかしファインズは(読者と同じで)何が重要な情報かはわからないので、
事件に関係ない事も大量に喋ります。
パズラーの大原則とは「作者が謎を提供し、読者はそれを推理して楽しむ」事
なので、「真相」を丸裸にして読者に出すわけにはいきません。
どうでもいい情報もたくさん書いて、その中に「真相」をうまく隠さなくてはいけないんですね。
「犬」がオーブリーに向かって吠えた。その事から、ファインズはオーブリーが怪しいと言い出します。
また、ヴァランタイン博士とジャネットが喧嘩をしていて、その際にジャネットが「殺すのはやめてくれ」と言っているのを聞いたことがある。だからヴァランタインも怪しい。
というような事をファインズが言います。
☆4:2日後 P99の8行目~P106
「起承転結」の「転」にあたります。ここは更に細かく2つに分けても良いです。
ハリーが自殺したという情報を携えて、ファインズがやってくる。
また、ジャネットがヴァランタインと結婚したという情報も出る。
(父親が死んですぐに結婚したのか? という疑問が湧いたが、気にしない事にしよう……)
ブラウン神父はドルース殺しの犯人はハリーだと名指しします。
☆5:「犬」の活躍 P107~116
「起承転結」の「結」になります。ここでいよいよ、ブラウン神父の推理が明かされます。
P107 6行目
「もしあんたがあの犬を人間の魂をさばく全能なる神とせずにただの犬として扱っていたなら、あんたにもすぐわかったはずですがな」
これが、この物語の鍵であり、事件の鍵になります。
パズラーの醍醐味とは世界の再構成の物語であると思っています。
見せかけの世界(事件の表)ではなく、事件の裏を、真相を名探偵が暴く。
名探偵が暴く前に、事件の真相を推理するのが、読者の楽しみになります。
よりわかりやすく言います。
パズラーは、手品に例える事が出来ます。
語り手によって語られるのは、「人が空を飛ぶ」(密室で人が死んだ、など)
いった手品の世界の奇怪な出来事であり、名探偵は「手品の種明かし」をする役回りになります。
そして、今回の手品の種明かしとなる文章が、上述のP107の6行目なのですね。
まず、犬がオーブリーに吠えたのは、単にオーブリーが気に食わなかったから。
オーブリーは犬にビビっていた。
そして犬は、自分を怖がる人間の事がムカついたので、吠えたのです。
それを、語り手のファインズは「犬が犯人を言い当てたのでは!?」などと考えてしまった。
しかしこれは間違いです。
「犬がハリーのステッキを拾わなかったのはなぜか」。
語り手のファインズは「16:30、人が死んだので犬は遊ぶのをやめ、悲しそうに鳴いた」と考えてしまった。これもNGです。
事実は、「ハリーのステッキが重かったから、犬はステッキを持ち帰れなかった」。
なぜハリーのステッキは重いのか。実はドルース殺しの凶器はそのステッキ(仕込み杖)だったのです。
ハリーは凶器を始末するのに、犬との遊びを利用したのだ。という結末になります。
また、「密室」にたとえられた「東屋」だけど、もちろん本物の密室ではありません。
「藪の切れ間」から細い刃物を通すことくらいはできる。ということ。
その他ハリーがどうやってドルーズを殺したかが明かされます。
ラスト、犬がブラウン神父をまじまじと見上げるところで物語が終わります。
犬で始まり、犬で終わるという、なかなか気の利いた物語の〆方だと思います。
パズラーの楽しみは「作者が謎を提供し、読者はそれを推理して楽しむ」事にあるんじゃないかなと思います(パズラーファンじゃないので、自信ナシ……)。
そのためには「読者がよく考えれば、謎を解けるように」作品を作らなくてはいけません。
絶対に解けない謎では、謎解き遊びにはならない。
しかし、「どう考えてもバレバレな謎」では難易度が低すぎる。
そのためには、「真相」を隠す必要がある。「木」を隠すには「森」の中。
「真相となる文」を隠すには、「文」の中です。
このため、事件の真相とは関係のない様々な情報が語り手によって語られるんですね。
ただ、得てして論理主体のパズラー(特に古典)は人間ドラマの部分が薄く、単なる情報のごった煮を味付けなしにドンと渡される印象があって、もう少し「パズラー以外の部分」も面白く書いてくれたらいいのにと思ってしまう部分があります。
創作全般の話をするなら、最初と最後を犬で〆るのは巧いし、犬の描写もなかなかユーモラスに描けていました。
こんな記事を書いておいてなんですが、正直に言えば、こういう読み方は個人的にはあまり好きではありません。
「作者が、読者を面白がらせるためにどういう小細工を使っているか」に注目して読むより、
作品を読んで「作中世界に浸って、登場人物の気持ちになって」読む方が僕としては楽しいんです。
一方で、こういう作業はある程度実作の役に立つかもしれず。
せっかくやったので、ここに載せさせていただきました。
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