(仮)梅雨恋

夢見男

プロローグ

 雨が降っている。

 冷たい雨粒が何粒も何粒も空から降り注がれ、地に弾ける。ザーーという途切れない音を発しながら、雨は降っていた。

 僕は椅子に座りながら、窓に顔を寄せ、この止む気配のない雨の様子を眺めていた。見て何かなるわけでもなんでもないが、ただただじっと、雨の音を聞きながら暗い外をみているのだ。

 またため息をついてしまった。

 見ているだけなのに、この謎の疲労感というのはなんなのだろうか。絶え間なく聞こえるこの雨音を耳にしていると、鬱とまではいかないが、暗い気持ちになってしまう。たまに通る車のシャーーという気持ちいい音だけが、この暗い気持ちを少し和らげてくれる。

 朝からずっと降っている今日の雨は、時間が経つにつれてどんどん強さを増しているように思う。この様子だと明日もまた雨かもしれない。明日は月曜日だ。学校がある。傘を指して行かなければいけないし、濡れるし、雨の中登校するのは嫌いだ。考えるだけで気が滅入ってしまう。またため息をついた。

 現在の時刻は二十時十五分。僕は夕飯を食べ終わり、残りは風呂に入ることと歯を磨くだけとなった。それを成せば今日という日は幕を閉じる。

 本でも読もうかと思い、本棚を見たがやめた。僕が本を読む時、少しでも無音な所で本は読みたくて、そうしないと内容が入ってこないのだ。学校なんて最悪だ。話し声だとか足音だとかうるさくて仕方ない。そんな理由があり、今日のようなうるさい日はゆっくり眠りにつこうと決めた。

 鳥の鳴き声が聞こえた。時鳥だ。

 独特的な鳴き声が、雨の音よりもその存在を強調して、僕の耳に届いた。

 小さくて、弱々しい鳴き声だった。でも透き通るような綺麗な可愛らしい声で、まるで暗い気持ちになっている僕を慰めてくれているような気がした。

 僕は目を閉じてこの鳴き声を聞いた。どうやら二匹いるようだ。微妙に違う二つの鳴き声が交差して、まるで会話しているかのようだった。

 時鳥もこの雨のせいで外に出られず、僕と同じような気持ちになっているのだろうか。

 この時鳥は屋根の剥がれた部分に巣を作っていて、最近では度々心地いい声が聞こえてくる。決して追い出したりなどしない。この心地いい声が聞こえるのだから、追い出す理由がない。家に巣を作らせてあげるかわりに、心地いい鳴き声を聞こえるという、これぞ人間と動物の共存の在り方だ。

 しかし二匹いたとは思わなかった。去年は一匹しかいなかったのに。あの時鳥はお相手を見つけたということだろうか。めでたいことだ。もしかしたら僕はこの先、子供ができてその様子を見れるのかもしれない。

 こんなめでたいこと、伝えないわけがない。僕は窓際から離れて机についた。引き出しから一冊の手帳を取り出し、シャーペンで記入していく。

 『時鳥にフィアンセが出来ました』

 僕は度々この家に住んで良かったと感じることがある。祖母から受け継いだ二階建ての一軒家なのだが、これがもうボロボロなのだ。普通に生活している分にはなんの問題もないのだが、屋根の一部は剥がれているし、お風呂も小さいし、トイレはボットン便所。いろいろ不便な所が多い。外見も自他共に認めるボロ家だ。濃いい茶色の木製の壁は、冬になると寒くて仕方ない。

 こんなボロ家に住んでいることを知り合いに見られたくない。現在進行形で思春期真っ只中であるため、引っ越したいとか、なおさらそいうことを気にしてしまうのは必然のことである。

 でもやはり他の家では体験できないことをこのボロ家は教えてくれると思う。その逆も然りだが。今回の時鳥だって、この家でしか味わえない事なのかもしれない。そう思ったら、僕はこの家に住んでいて良かったなと思う。もう十五年も住んでいるのだし、最近ではもう吹っ切れている。

 もし一つだけこの家に求めることができるのであれば、僕は『トイレを洋式にしてほしい』と求めると思う。

    

 外に出よう。僕は何を思ったのか、そう決断した。自分でもよくわからないのだが、たまにあるのだ。雨の日にこうして外を見ていると、暗い気持ちを紛らわすためにか、ふと無性に外に出たくなる時がたまにある。

 ハンガーに掛けてあるジャンパーを着ながら僕は玄関に向かった。途中、母から「どこに行くの?」と言われたので、僕は「友達に呼ばれた」と嘘をついた。

 靴を履き、傘を持ち、扉を押し開けて僕は外に出た。

 外は僕が思っていたよりもはるかに寒くて静かでうるさかった。

 僕はすぐに傘を指して歩き始めた。ありえないとは思うが、僕が外に出た瞬間、もっと雨が強くなった気がした。

 雨は僕の傘に一斉攻撃をするかのごとく降り注ぎ、また傘はそれを全て弾き防いだ。

 バラバラバタバタボツボツボタボタ

 僕はこの音が嫌いだ。似ているものとして、電車の走る音も好きではない。まるで自分が世界から拒まれているような疎外感を感じてしまう。この表現があっているのかわからないし、少し大げさすぎて笑っちゃうかもしれないが、僕はそう感じてしまうのだ。だがこのことを彼女に言ったら腹抱えて笑われた。彼女の方がよっぽど変な表現するのに。だから僕は一生人前ではこのことを言わないことにしている。後々自分が恥ずかしくなるのは目に見えてわかるから。

 家の前の道を左へ進み、二個目の十字路を左へ進む。そこからまっすぐ進むと右側に公園がある。僕はそこに着いた。

 無意識的にか、意識的にか、僕はまっすぐこの公園にたどり着いた。

 ブランコと砂場があるだけの小さな公園だ。黄色い派手な一軒家と黒と白のバランスの良い一軒家の間に、忘れられたように、申し訳なさそうに、中和するかのようにそこにある。

 僕が幼稚園の頃、ここでよく友達と遊んでいた。通っていた幼稚園が近かったこともあり、鬼ごっこをしたり砂場遊びをしたりして遊んだ記憶がある。よくこんな小さい公園で遊んでいたなと、この歳になって思う。

 僕がなぜこの公園にきたのか。迷いなくここへ来たのだが、実際のところ、その目的は曖昧でよくわからない。思い出に浸りに来たのか、寂しくなったのか、もしくは彼女がいるかもしれないという淡い願いからなのか。

 もし一つだけ答えを出せと言われたら、僕はここが大切な場所だからと答える。と思う。多分。

 僕は傘を閉じてブランコに座った。お尻が冷たい。傘を閉じた僕に容赦無く雨が攻撃してきて、僕は一瞬にしてびしょ濡れになってしまった。服は雨を吸い込んで重くなった。

 僕はゆっくりとブランコを動かした。キィーキィーという金具と金具が擦れる嫌な音を発した。

 雨は不思議だ。僕が嫌いな電車の音は全ての音を上書きするようにして音を出すが、雨は逆に音を目立たせる。雨は僕が嫌いな音の中で一番不安定で不規則でよくわからない。だから嫌いなのかもしれない。わからないことは、怖いことだから。

 目を閉じた。聞こえるのは雨の音とブランコの音と自分の呼吸音だけ。

 これは教えてもらったことなのだが、こうすると意識が一つだけに向けられるらしい。この場合は音だ。今聞こえる音にプラスして、傘に弾ける雨の音だったり、ブランコの金属部分に弾ける雨の音だったり、水たまりに沈む雨の音だったりと、様々な音が聞こえてくるようになるらしい。

 彼女に「いいからやって」と会う度に言われてやっていたのだが、いまだにわからない。彼女はこれを「まるで雨がビートを刻んでいるよう」と言っていた。いつかこの意味がわかるときがくるのだろうか。

 彼女はいつもよくわからない例えをする。言い始める時に必ず、左手の人差し指をピンと伸ばす。それから先生のような口調で僕に言うのだ。でもその意味を僕はちっとも理解できなくて、そんな僕を見て彼女はニコッと笑顔を見せて言うのだ。

「まだまだだなぁ君は」と

    

 家に帰ってから僕は、体を拭いた後そのまま眠ってしまった。体がいつもより熱い。多分熱がある。傘を差さずにこの雨の中、外にいたのだから、当然といえば当然だ。

 明日の学校は行けそうにない。

 今日はゆっくり眠ることができそうな気がする。

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(仮)梅雨恋 夢見男 @050928

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