学級一揆
小花井こなつ
学級一揆
「ねえ、自殺するくらいなら私に協力しない?」
放課後誰もいない教室。いきなりそんなことを九条志月に言われた。九条志月とはこれまで全く面識がなかった、ただのクラスメイトである。急に現れてどういうつもりなのだろう。
「……え?」
「? 西海さん自殺しようとしてたよね?」
いやそうだけども。まさに私は自殺の準備を整えて、窓から飛び降りようとしていたけどさ。そんなにさらっと言わないでほしい。
「だからさ、そんなことするくらいならちょっと私に協力してほしいの」
「そ、そんなことって……! 軽々しく言わないでよ……!」
「だって馬鹿みたいじゃん。自殺なんて逃げだよ逃げ。何もしないで被害者面してる、調子に乗った馬鹿がやることだもん」
さすがにこれは腹が立った。遠回しに私を侮辱しているのだ。人の気も知らないで、あんたに何がわかる。私は窓から離れ、彼女に向かって歩き出す。
「ねえ九条さん、さっきからなんなの? 何で私に突っかかってくるの」
「おおっとごめんごめん。私は何も西海さんと喧嘩したいわけじゃなくて、協力関係を結びに来たんだよ」
「何の話か知らないけど、私は協力なんてしない」
「決して西海さんが損する話じゃないって。私はねえ……」
彼女は真剣な目をして、息を吸い込んだ。
「学級一揆を起こそうと思うんだ」
「は……?」
それがこの話題に対する、私の第一声である。学級一揆? 何だそれは。言葉から察するに、クラスで一揆を起こす……ってことだろうか。それにしてもわけがわからない。
「学級一揆って、何それ?」
「クラスで反乱を起こすんだよ」
「はっ、そっちの方が馬鹿馬鹿しい。そんなこと出来るわけないでしょ」
「私は真面目に話してる。本気で考えてるの」
先ほどの能天気なオーラは消えている。私はその急変に少したじろいだ。
「あのさ西海さん、なんで自殺しようとしたの?」
「え? いや、それは……」
言わなくてもわかるだろう。同じクラスなんだから。私がクラスでどんな扱いを受けているか、知ってるはずだ。
「あいつらのせい?」
「……そうだよ。私が自殺したら、きっと大事になる。そしたら、あいつらもただじゃすまないからね。死んで復讐するの。それで私をいじめたこと、後悔させてやるんだ」
私、西海奏はクラスの権力者に睨まれ、深刻ないじめに遭った。きっかけなんてない、あいつらはただ誰かをいじめたかったのだろう。たまたま標的にされたのが私だったというだけのことだ。
クラスの権力者……もとい、このクラスの中心とも言えるグループに逆らう者はなく、私がどんな目に遭っても助けてくれる人はいなかった。九条志月も例外ではない。見て見ぬふりを貫いていたうちの一人だ。それなのに、どういう風の吹き回しだろうか。
「でも、それでいいの? 死んで復讐するって……西海さんが死んでも、あいつらは何も感じないと思うけど。それに自分だけ苦しい思いして死のうとしてるのに、一番悪いあいつらがのうのうと生きてるなんておかしくない? 悔しいとは思わない?」
「だったらどうすれば……」
「私に協力して。私は、あいつらを潰すために学級一揆を起こすんだ」
潰す、か……はは。確かにあいつらを潰せたら、どんなに気持ちのいいことだろう。
「……その協力って何? やれるかどうかは、内容にもよると思うんだけど」
「おっ? 乗り気になった?」
「別にそういうわけじゃ……でも、あいつらに一泡吹かせたいって気持ちはあるから。うん」
「そっか……でも嬉しいよ。西海さんが私の話に興味を持ってくれて。私の計画はね……」
彼女は語り出す。「学級一揆」の全貌を。その熱く語る様子に圧倒され、私は何も言うことが出来なかった。
短針が六を指し、辺りもすっかり暗くなった頃、私は水の入ったバケツを持っていた。何故こんなことになったのか、話は数分前に遡る。
「あいつらは集団だから強くいられるだけであって、一人ひとりは大したことない。そんな弱い奴、潰すのは簡単だよ」
……というのが、彼女の言い分だった。
つまり、何も江戸時代みたいな血生臭い一揆なんか起こさなくても、ちょっとロッカーを水浸しにするとかだけでいいと言うのだ。まさに陰湿な嫌がらせである。
「まず標的を一人に定めて、そいつに集中攻撃する。もちろん、誰がやったかわからないようにしてね。そして、そいつに『もしかしたら、私の友達がいじめの主犯なのかもしれない』という疑惑を持たせるよう誘導するの。そしたらあとは勝手に潰れてくれるよ」
「そんなに上手くいくかな……」
「心配しなくても大丈夫だって。計画は完璧だよ」
彼女は、笑顔でとある一人のロッカーの前に立つ。
「さっ、ここに水をぶっかけるの。簡単でしょ?」
「そうだけど……でも、ちょっとやり方が汚いっていうか。やっぱりやめた方が……」
「悔しいんでしょ? あいつらに抵抗するんでしょ? だったら迷う必要なんてない。もっと自分のやることに自信を持って」
確かにあいつらにされたことは悔しい。復讐したいという気持ちもある。でも……この方法じゃダメだ。
「……九条さん、やっぱり私には出来ないよ」
「どうして?」
「こんなことしても、何も変わらない気がする……」
「西海さんだってわかるでしょ? あいつらに真っ向から立ち向かっても無駄だってこと」
「そうだけど」
「返り討ちにされるだけってわかるでしょ? だったら、ちょっと汚い手だって使うべき」
「でもこれじゃ、やってることはあいつらと同じだよ。そんなこと、私には出来ない」
そう話す私に、彼女は随分と苛立ったようだ……私からバケツを奪うと、自らの手でそのロッカーに水をぶちまけた。何をやっているのだ、この人は。私は驚きで立ち尽くす。彼女によって放り投げられたバケツは、床に叩き付けられる。
「あーあ! あんたがやってくれなきゃ、せっかくの計画が台無しじゃん! ったく……いつまでもうじうじ悩みやがって。そうゆうのいらないから!」
彼女は制服の胸ポケットからスマホを出す。私とロッカーから少し距離をとると、スマホを私に向けた。怪しい笑みを浮かべたその次の瞬間、教室にシャッター音が鳴り響いた。
「……うん、ロッカーもバケツもしっかり写ってるし、大丈夫だね。ふふ。こんな写真撮られたら、言い逃れは出来ないよねえ?」
彼女はにっこりしてスマホを見せた。私とバケツと濡れたロッカー、全て写真の中に収まってる。
「本当はロッカーに水をかける瞬間を撮りたかったんだけど、まあこれでも十分か。これ、クラスのみんなに送ったらどうなると思う? あんたは確実に破滅するよね!」
「どうしてそんなこと……」
「決まってるじゃん。私は、あんたもあいつらも大っ嫌いなんだよ。無愛想で感じ悪いあんたも、自分勝手にこの教室を支配するあいつらも! だから一気に皆片付ける方法を思い付いたんだ。まずあんたがあいつらに手を出す。そして私はその様子を写真に撮り、クラスの皆に送るんだ。だからさ、自殺なんてさせないよ? あんたにはもっと苦しんでから死んでもらわなきゃ。そしてあんたを徹底的に痛め付けてもらってから、あいつらにもいなくなってもらわないと! そうして『学級一揆』は完成する!」
彼女をここまで駆り立てるものは何なんだろう。私、彼女に何かしただろうか。全く見に覚えがないが、恐らく彼女の気に障ることをしたのだろう。
しかしこの状況は非常にまずい。何故こんなことになってしまったのだろう。心臓の鼓動が早くなる。こんなことになるのなら、最初に彼女の誘いをはっきり断るべきだった。なんて私は馬鹿なんだろう。しかしここで今更悔いたところで、彼女の行動が止まるわけでもない。
「九条さん、やめ……」
「やだよ! 皆に送るよ? 送っちゃうよ? はーい、送りました! これであんたは終わりだね! あっははは!」
終わった。これでもう、後戻りは出来なくなった。いや、彼女と出会った時点でもう手遅れだったのだ。私は高らかに笑う彼女を、哀れみの目で見つめる。
「終わりなのは九条さんの方だよ」
「はあ? 何言ってるのさ。この期に及んで負け惜しみ?」
「ロッカーに水かける前ならまだ引き返せたのに……」
「? あんた何言ってんの?」
「今ね、生放送中なんだ」
私は自殺の瞬間を生放送しようと決めていた。これが世に知れ渡れば、あいつらもこの学校もただじゃ済まないから。九条志月が途中で乱入してきたのは、全くの想定外だった。私の「やめた方がいい」という言葉は、彼女の言葉に遮られてしまった。
配信した動画は再生回数が異常なほど伸び、全国に広まることになった。九条志月は言い逃れが出来ず、さらにあいつらが今までしてきたことも露見した。私も動画配信の件で問題視されたが、そこまで大きな問題にはならなかった。クラスの不穏分子はいなくなり、結果的に彼女の言う、一揆は成功したのである。本人はこんな状況望んでいなかっただろうが。とはいえ私も、思わぬ方向であいつらへの仕返しが成功した。まあ、私としては結果オーライな感じだったけど。
正直、私は彼女の誘いに乗ってもよかった。でもそうしなかったのは、それだと私が完全に「被害者」というストーリーが成立しなくなるからだ。それだと意味がない。
「あの子はあの動画の……かわいそうに」
「酷いこともあるもんだな」
外に出れば、すれ違う人皆私に哀れみの視線を向ける。ああなんという快感だろうか。同情され、こんなにも注目を浴びるなんて。
さて、次は何をしようかな。もっともっと、人に見てもらえるように。
学級一揆 小花井こなつ @deepsea
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