第12話

 秋が深まり、高校は文化祭一色に染まった。二学期の中間試験が終わると、それまでの沈黙が嘘のように、放課後の校内は一気に活気づいた。そこかしこで生徒たちの話し声や金槌などの工具の音が遅くまで響いていた。

 私は弓道部の生徒たちと一緒に出店の準備に追われた。弓道部では、昔から文化祭でホットドックを販売していた。どうしてホットドックなのか、それを知っている生徒は誰もいなかった。顧問の瀬川でさえその理由は知らないらしい。発注をする業者も長い付き合いらしく、多少の無理は聞いてくれたし、お金のやり取りもスムーズに進んだ。


 文化祭の一ヶ月前から、部活動の時間を少しだけ短縮して、準備は計画的に行われた。毎年の行事ということもあり、トラブルもなく当日を迎えることができた。

 売り子は交代で務めた。私は一日目の午後に店先に立った。高校の文化祭に来る客というのはどういう人たちだろうかと思っていたが、見たところ生徒の親や近所の住民が大半のようだった。中には他校の高校生もいたが、その方が少数派のような印象だった。

 ホットドックは良く売れた。発注した数量の半分が売れた時点でまだ三時過ぎだったが、一日目の販売はそこで終了することになった。文化祭は二日に渡って行われる。追加の発注をしてもいいのだが、欲張っても仕方がない、ということでみんなの意見が一致した。私たちはホットドックで商売をしているわけではないのだ。


 空いている時間を使って、私は一人で校内を散策した。どのクラスも趣向を凝らした出し物をしていて、私は多いに楽しんだ。勉強、部活動、学校行事、様々な場面で、生徒たちは自らの役割を巧みに演じ分け、組織的に動いていた。日本社会の縮図が、小さな教室の至るところにあった。

 二日目も、基本的には一日目と同じように、ホットドックを売り、そして学校内を見て回った。その時は瀬川も一緒だった。

「まあ、私は楽しむというよりは、一応監督する立場だから、生徒会と連携して展示内容をチェックするのが目的だからね」瀬川は言い訳がましく言った。瀬川が文化祭前日の準備日に、部の誰よりも早く弓道場に来て、誰よりも楽しそうに机やテントの準備をしていたのを思い出し、私は可笑しくなった。


「何笑ってるのよ? また五十嵐のこと?」

「ごまかさないでくださいよ。すごく楽しみにしていたくせに、です」

「日本語おかしいよ」瀬川は頬を膨らませた。そんな仕草が愛おしかった。「さて、私たちは二年生の教室を順番に見て回るから」

 瀬川について、二年一組から順番にクラス展の内容を確認した。確認といっても、瀬川も私も、チェック表の類いを持っているわけではなかった。生徒にしてもそれが教師の建前だということを承知しているようだった。


「先生、こっち来てよ」廊下に出るたびに、女子生徒から口々に声をかけられた。

「順番よ、順番。ちゃんと準備しておきなさい」瀬川は手を振ってそれに応えた。瀬川は女子生徒にも人気があった。はっきりとした性格が、異性にも同性にも受け入れられる素養なのだろうと思った。

 クラス展は、大きく分ければ二つのタイプがあった。一つは体験型、もう一つは展示型だ。クイズ大会や豆掴みなど、簡単なゲームで得点を競うものやお化け屋敷が体験型の代表的なものだった。二年生はどちらかといえば体験型が多かった。

 中嶋のクラスは童話喫茶という、生徒がみんな童話の登場人物に仮装をして接客をするコンセプトの喫茶店をやっていた。中嶋は魔女の格好をしていた。それも悪い魔女役らしい。


「じゃんけんで負けちゃって」彼女は恥ずかしそうだった。箒を常に持っているために、腕が痛くて大変だという。

「魔女も可愛いじゃない。悪い魔女には見えないよ」

「そうですよ」私は、それこそ日本を代表するアニメーションを思い出していた。中学生くらいの年齢で、親元を離れてロンドンのパン屋で働く、日本で一番有名な魔女の姿だ。

 中嶋は頭を下げると、別のテーブルの接客に向かった。歩くたびに箒の舳先が床に当たって、かつかつと音を立てていた。

 そうして順番に教室を回り、気づけば、次は二年七組のクラス展だった。

「あれ? 緊張してる?」瀬川が私の顔を覗き込んできた。そこは五十嵐が在籍するクラスだった。

「何言っているんですか。ほら、早く入ってくださいよ」私は瀬川の背中を押して、教室のドアに張られたカーテンを開けた。

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