12  セコンダリア~VS塩竜


「【ヘックスウィートの纏う闇】」


 ディマオの呪文と共にアテルスペスとグランサビオが黒いもやに包まれた。


「これでブレスを受けても大丈夫なのか」


 アテルスペスの腕を覆うもやを見ながら、一真は呟く。

 もや越しにアテルスペスの装甲は見えてはいるが、黒いので分かりにくい。

 グランサビオもそうだ。


「ああ、だがすべての攻撃が効かなくなるというわけではない。

 爪や尻尾による攻撃はおそらくダメージを受けるだろう。

 アレがやってくるかどうかは分からないがね」


 グランサビオの顔を浜の方に向けてディマオが言った。

 ディマオの視線の先にいるのは、塩ドラゴンだ。


 動くドラゴンの形をした塩の結晶は海から上がり、かなりの距離を内陸に進んでいた。

 無論、足下は白く輝いている。高熱の塩を吹き付けて、死の大地を作っているのだ。

 除塩を始めた場所まで、上陸地点からあと半分、と言ったところか。


 グランサビオの両腕に着いたローラーが勢いよく回り出す。

 もや越しにすら分かる回転の激しさと、音が回転を一真に伝えているのだ。


「まずは一当てする」

「分かった。俺は走って回り込む。

 ブレスを防げるといっても、当たらない方が良いだろう。

 前後に分かれれば片方にはブレスが行かなくなるだろうし」


 ディマオの宣言に、一真は行動指針を話した。

 グランサビオの顔が上下に動く。

 首肯したのだろう。


「行け。今からやるのは呪文を出してから打ち出すまで少しかかる異界の魔法だ。

 【ヴォーラゾーラの力湛える魔槍】」


 グランサビオが塩ドラゴンに向け右手を向ける。

 掲げられた手のひらから黒いつぶが集まり固まった球体のような物がにじみ出た。

 槍には見えないが、溜めて槍状にして打ち出すのだろう。

 どれほど威力があるのか、一真は少し楽しみになった。

 いや、今はそんなことを気にしている場合じゃないと、首を振る。


「おう」


 短く答え、一真は走り出した。


 前方の塩ドラゴンが下に向けていた頭を上げる。


 一真はまっすぐ行くのをやめ、左に大きく膨らむように走るルートを変えた。

 後ろにはグランサビオがいるのだ。

 ブレスを吐かれたらもろともに浴びてしまう。

 ディマオの射線を開ける意味でも、迂回した方が良いだろうと一真は走った。


 塩ドラゴンが光る。


 アテルスペスが光に飲まれ、直ぐに横出しになった光の柱から出た。

 細かい塩がパラパラと地面に落ちる。

 塩の奔流に含まれた魔力が纏う闇に食われてただの塩になったのだ。


「熱くない! 平気だ!」


 一真は安堵と共に嬉しくなって叫ぶ。

 痛みはない。

 アテルスペスを覆う黒いもやも、そのままだ。


 神機をのみ込むほどの塩の熱波はランサビオを狙ったのだろう。

 まっすぐ放出され続け、やがて細くなり、消えた。


「平気かディマオ!」


 一真が無事を訊くために叫ぶ。

 アテルスペスを追い抜くように黒く細長い影のような物が高速で飛んだ。

 黒い何かは直線で飛び進み、塩ドラゴンの首元に突き立つ。

 塩ドラゴンが首を大きく振りながらひるんだ。


「大丈夫だ! だがブレスを浴びすぎた! 魔法をかけ直してから行く!」


 ヘックスウィートの纏う闇は発動まで1分に満たない程度だが間があった。

 ディマオがグランサビオ自身にかけ直すまで一真一人で耐えなければならない。

 いや、耐えるだけではダメだ。

 塩ドラゴンの攻撃がグランサビオに向かないよう注意を自身に向けさせる。


 塩ドラゴンの首に突き刺さった魔槍は消え、抉れたような痕跡を残していた。

 狙えればよいが、頭が近い。


「《つぶてのかぜ》ッ!」


 注意を向けさせ、塩ドラゴンの攻撃を引き受けると決めた一真は、魔法を使った。

 走るアテルスペスの足下から石のつぶてが塩ドラゴンに向け射出される。


 大量のつぶては塩ドラゴンの体表でカンカンと音を立ててはじかれた。

 硬い体表には傷一つ付いていないが、構わない。


 塩ドラゴンの顔がアテルスペスに向けられる。

 注意を引くのには成功したと、一真は心の中だけでガッツポーズをした。


 光り始めた塩ドラゴンの口を見て一真は魔法を使う。


「《はじくかべ》!」


 一真は魔法を使って、走る脚の先に弾性のある障壁を作り、跳ねた。

 塩ドラゴンが光り出す。


「《はじくかべ》!」


 ブレスが放たれる直前、一真は空中に障壁を貼り、蹴って横に飛んだ。

 塩ドラゴンのブレスが障壁をのみ込んで空をなぎ払う。


 ブレスは先ほどより細い。

 神機をのみ込むほどの太さは全くなかった。

 精々、胴体程度だろう。


「連続使用すると弱くなるのか?」


 一真は推測を口にする。


 だがまずは近づかないことには何も出来ないと思索をやめた。

 転がりながら着地し、直ぐに体勢を立て直してダッシュする。


 塩ドラゴンの頭がアテルスペスに向けられた。

 追いかけてくる。


 一真は接近より回避を優先し、塩ドラゴンに向かって左へ走った。

 初志貫徹、前後から挟んでブレスの照射を二機同時に受けないためにだ。


 ブレスを吐き出そうとしてる頭はアテルスペスを追い続けている。

 吐き出す瞬間を見て避けるため、前を見て走れないのは厳しい、と一真は感じ始めた。


 そこに塩ドラゴンの首、魔槍の痕付近に火球が複数着弾し爆発する。

 うっとうしそうに身震いし、一真の進路とは逆方向に塩ドラゴンが方向を変えた。

 ディマオの援護かと一真は感謝し、走る速度を上げる。

 だが尾が近づいた。

 真後ろは尻尾が怖い。

 今アテルスペスは塩ドラゴンの右斜め後ろ方向にいる。

 ここだ、と一真は進路を変えた。塩ドラゴンに接近する。


 一真の視界の端で尻尾が動いた。


「《はじくかべ》!」


 弾性のある障壁を踏んで跳び上がる。

 直後アテルスペスの足下を塩ドラゴンの太い尻尾がなぎ払われた。


 ブレスを警戒した一真は、塩ドラゴンの頭を見る。

 塩ドラゴンは黒いもやに包まれたグランサビオに頭を向けていた。

 顎を開け、狙っている。


 チャンスだ。

 一真はそうはっきりと認識した。


「《はじくかべ》《はじくかべ》」


 続けて一真は弾性のある障壁を二枚作りだし、跳ねて塩ドラゴンに向けて跳んだ。


「《爆炎拳》!」


 空中で爆炎拳の光球を作り出す。

 塩ドラゴンに背に着地すると同時、一真は拳を振り下ろした。

 即座に後ろに跳びすさり、直後爆炎の光球が爆発する。


「ガァァアアアアア!!」


 塩ドラゴンが吠え、のた打った。


「うわあ!」


 振り落とされないよう一真は必死にバランスを取る。


 爆炎拳をたたき込んだ箇所を見れば、硬い岩塩のような表面が砕けて抉れていた。

 塩ドラゴン全体からすれば浅い。

 が、爆炎拳は効く。通じることは分かった。


「よし、これなら」


 もう一度爆炎拳をたたき込もうとして拳を振り上げる。


 その時塩ドラゴンの全身が光り始めた。


 一真は跳ねるように飛びすさり、塩ドラゴンの背からジャンプして離れる。

 直後塩ドラゴンの背から先が尖った岩塩の槍が勢いよく生えた。


「なんだっ、それ!?」


 驚愕する一真を余所に、塩ドラゴンは身もだえを続ける。


「《はばむかべ》!」


 空中に障壁を作り出し、蹴って塩の槍からより離れアテルスペスは地上に降りた。


「カズマ! そこを離れろ!」


 直後ディマオの声に一真は慌てて飛び退った。

 一瞬前までアテルスペスがいたところに上から光線が突き刺さる。

 塩ドラゴンのブレスと同じ光線だ。


「何!?」


 驚く一真はバネが跳ねるように上を見上げた。

 塩ドラゴンの頭が二つ、アテルスペスを見下ろしている。


「は、え……?」」


 グランサビオを狙う、塩ドラゴンの頭。

 その首の付け根から左右に新たな首が二つ生え、鎌首をもたげているのだ。


 新たな頭二つがあぎとを開き、口中に光を湛え始める。


「ウッソだろ!?」


 一真は叫び、その場から離れるように走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る