11 セコンダリア~作戦会議


「奴は塩のブレスで足下を塩原化しながら内陸にゆっくり侵攻してきている」


 作戦会議が始まって、開口一番セレンがそう言った。


 ドラゴンから撤退し、一真が目覚めてすぐ始まった会議である。

 白銀の荒野に机と椅子を置いて、参加者は一真とセレン、ディマオ、キンシィだ。

「幸い、人里から遠い塩原しかない場所を選んだからな。ある程度は余裕あるだろう」

「だがあのドラゴンがどこまで侵攻するか分からんぞ?

 さっき言ってた、除塩範囲だけ、というのは楽観的だ」


 ため息交じりにディマオが言ったことに、キンシィが釘を刺す。


「なんなんだ? あのドラゴンみたいなの?」

「結論から言ってしまえば、あのドラゴンは塩だ。塩で出来ている」


 一真の問いかけに、ディマオが断言した。


「塩の結晶がドラゴンの形になって魔力か何かで動いている、そういうことか」


 セレンがディマオの発言を受けて推測を口にする。


 ディマオは頷いて、指でアテルスペスを指し示した。

 アテルスペスとグランサビオが並んで立っている。

 アテルスペスの表面にはうっすらと白っぽいコーティングがされていた。

 コーティングはぺったりと装甲に付着しているが、所々ひび割れて剥がれ掛けている。


「アテルスペスを見ると良い。あの表面に付着したものはすべて塩だ」

「高熱で溶け、液体になった塩を高速で吹き付けられ、表面で固まった、ということか」


 塩についてよく知るキンシィが補足した。


「アテルスペスの装甲自体は見た限りはなんともなさそうだが、カズマは大丈夫か?」


 ディマオに話を振られ、一真は頷いて答える。


「火傷はしていない。

 アテルスペスの装甲センサーが熱を拾って直接俺に感じさせたらしい。

 正直死ぬかと思ったが、この通り、なんともないよ」


 シャツの袖を捲り一真は腕の肌を3人に見せた。

 一真の腕は多少日に焼けている程度で、正常だ。


「センサー感度を下げられるならそうした方が良いな。塩はともかく」


 セレンがため息交じりに言う。

 今でこそいつもの仏頂面だが、一真が目覚めたときは何度も大丈夫かと訊いてきた。

 心配していたのだろう、後で礼を言わねばと一真は心に刻んでおく。


「ところがそうでもない」


 ディマオが首を横に振って言った。


「魔法障壁で防いだから熱い程度で装甲には何事もなかっただけだ」

「直撃していたら危なかった、ということか」


 ディマオの断言に一真が訊ねる。


「そうだ。戦儀も終わっているし、神の力による搭乗者保護も働かないだろう」


 一真はゲティンドーラを倒した後のことを思い出した。

 あのとき、コックピットブロックを吹き飛ばしてしまったのだ。

 だが奏者のバルドは半透明の球体バリアに包まれて無事だった。

 事前に説明は受けていたから不思議ではなかったが、今はそれがないという。

 戦儀も終わっているので当然ではあるが。


「あのブレス、俺の魔法を貫いたな。ディマオは大丈夫だったのか?」

「私の魔法は完全に防いだ。込められた魔力や私と君の魔法の習熟度ではないな。

 おそらく魔法戦用ではないアテルスペスと魔法戦用のグランサビオ、という差だろう。

 とっさに、より少ない魔力で、より強い障壁を作るためのサポートがあるのだよ」


 一真はディマオの仮説に頷く。

 アテルスペスはそもそも格闘戦用だ。

 たまたま魔法に応用できる機構が組み込まれている。それだけだ。

 本来は四肢と体術によって戦う格闘技用神機なのである。


「次に受ければ無事とは限らない。避けるにしても範囲と速度が速すぎる」


 ため息交じりに一真は机の天板を見ながら言った。

 悔しさで恥じ入り、皆の顔が見れないからだ。

 だが何時までもそうしてはいられないと、すぐに一真は顔を上げる。


 セレンはいつもの真顔だった。

 キンシィは一真と同じように深刻そうな表情で何かを考えているようだ。

 そしてディマオは――


「だがブレスは怖くない」


 微笑むディマオが断言した。


「む、それは何故だ?」


 セレンが怪訝そうにディマオに訊ねる。


「ちょうど良い魔法がグランサビオが記憶している」

「そういえば戦儀中も言っていたな。異界の魔術って。あの黒い魔法のことか?」


 ディマオの言葉に、一真は戦儀を思い出しながら訊ねた。

 ディマオは頷く。


「ああそうだ。グランサビオは記憶している。

 我々が使う魔法とは違う、異界の術理、異界の術式。

 実際に使って、何かと戦っていたのだろう」


 一真はディマオの言葉に異界の魔術を脳裏に浮かべた。

 黒くてじわじわと魔術障壁を侵す、ザ・闇魔法といった魔法だ。

 どこまでも追いかけてきそうな魔法もあった。


「塩ドラゴン相手には咄嗟は出てこなかったが、接敵前に掛けておけばいい。

 十分持つし、ブレスだけなら完全に防げるだろう」


 自信に満ちたディマオが言う。


 一真はその自信に賭けてみたくなった。

 確かめるように訊ねる。


「言い切れるのか?」

「言い切れる。戦儀前に何度か試したから分かる。

グランサビオに乗らないと使えないから、回数は多くないがな」

「ああ、それは私も保証しよう」


 横からキンシィが口を挟んだ。


「戦儀前というと、城の裏で試していたアレだろう? 私も手伝ったから分かる」


 キンシィの表情は柔らかい。

 あれなら大丈夫だと、安堵しているようだ。


「どういう魔法なんだ? それを言ってくれないと、私には判断できない」


 セレンが怪しむような口調で言った。

 一真もセレンには同意だ。

 ディマオとキンシィの二人で納得していても、一真とセレンには分からない。


「指定したものを魔力の闇で覆う魔法だ。光も物も通すが、魔法だけは通さない。

 塩ドラゴンのブレスは魔力を多量に含んでいる。防げるとみて間違いない」


 一真はディマオの説明に一気に不安になった。

 塩ドラゴンのブレスには塩も含まれている。

 熱く溶けた塩を吹き付けられ、あまりの熱さに一真は戦闘不能になったのだ。


 そのことと一真が信用出来ないと言うと、ディマオは笑って答える。


「はっはっは、それも大丈夫だ。

 つぶてのかぜのような、魔力を含んだ物理攻撃も防げる魔法だ。

 実験じゃこの魔法を貫いたのは石をグランサビオが腕を使って投げたときだけだ」


 不安は拭えないが、一真には他に対処法が思いつかない。


「代償として、こちらの魔法も威力が落ちるが、問題はない。

 私は更に威力のある魔法を使えば良いだけだ。

 カズマも爆炎拳や戦儀で最後に使った爆槍拳なら威力は十分ある」

「わかった。それでいこう」


 そう答えるしかなかった。

 代償とはいえ威力が下がるのは不安要素でしかない。

 だが、あのブレスをそのまま直撃するほうが危ない。

 受け入れるしかないのだ。


 一真は他にないかとセレンとキンシィの顔を見る。

 二人も一真に顔を向けていて、一真に頷いた。


「よし、方針は決まったな」


 キンシィが場を引っ張ろうと切り出し、セレンが続く。


「そうだな。出発は何時にする? 出来るなら早いほうが良い」

「私は今すぐでも構わない。カズマはどうだ?」


 セレンの言葉を受けて、ディマオが一真の顔を見て言った。

 ディマオは柔らかい微笑みで、内心を一真がうかがい知ることは出来ない。


 一真は右の手のひらを見つめ、自分の体各部に意識を向ける。


「怪我もない。痛みもない。

 魔力の消耗はしているけど、戦うのには問題ないと思う。うん」


 右手を握りしめ、一真は顔を上げた。


「いつでも――」

「いや、魔力の消耗をしているなら考えがある」


 一真の言葉を遮ったのはキンシィだ。


「俺は戦えん。神機の戦いでは手を出せん」


 キンシィは懐から赤みがかった透明な石を取り出して、握りしめる。


「この魔石に、俺の魔力を込めておく。取り出して使うと良い」


 一真は差し出されたキンシィの手に乗った石から、多くの魔力を感じた。

 一真はまだ不慣れで他者の魔力をほとんど感じ取れない。

 だがそんな一真にもはっきりと分かる量が、込められている。


 一真はキンシィの顔をまっすぐ見て、魔石を受け取り礼を言った。


「ありがとう。使わせて貰うよ」

「おう、存分に使え」

「ディマオはどうだ?」


 セレンがディマオに顔を向けて訊く。

 ディマオは手のひらをセレンに向け、顔を横に振った。

「大丈夫だ。グランサビオに乗れば、すぐに回復する」


 乗るだけで魔力が回復するのかと一真は驚く。

 格闘戦用のアテルスペスと魔法戦用のグランサビオだ。

 当然の事ながら仕様が全く違う。

 一真はそう再認識したのだ。


「とはいえ、ゆっくりと、だがな。

 ここまで逃げる間にある程度回復したから、行くまでの間には万全になるだろう」

「そうか」


 短く返し、セレンは立ち上がる。


「では。私はここで吉報を待つ。武運を祈る」

「分かった」


 答え、一真は立ち上がった。

 ディマオを見ると、彼も同時に立ち上がったようだ。


 一真とディマオは顔を見合わせ、うなずき合った。


「カズマ、行くぞ」

「おう、次は勝つぞ」

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