09 セコンダリア~希望の水


 海にほど近い白銀の塩原に黒い人影が2体、立っていた。


 ただの人ではないことは、傍らの物と比べればすぐに分かる。


 地上を這う、巨大なトカゲの如きドラゴンの一種、キャリウス。

 そしてキャリウスが牽引する車輪付きの家にも見えるキャリウス車。

 その巨大な二つが、小さく見えるのだ

 黒い人影二つからすればまるで小型の飼い犬と犬小屋の如きサイズ差である。


 黒い人影は二つとも、神機だ。


 片方はゼクセリアの神機、アテルスペス。

 片方はセコンダリアの神機、グランサビオ。


 遠く浜と海が見えるこの場所に、2体は佇んでいた。


 潮風が質感の違う2種類の装甲を撫で、塩分を内陸へ運んでいく。

 セコンダリアでは潮風すら、他より強い塩気を帯びているのだ。


 キャリウス車のドアが開き、人が3人ほど降りてくる。

 順にセレン、ディマオ、一真だ。


「では実験を始めよう」


 先に降りたセレンが後ろの二人に向けて前を見たまま言った。


「私はここで見ている。キンシィも上から見ているはずだ」

「分かった。カズマ、いこうか」

「ああ、いこう」


 ディマオと一真は互いの顔を見合わせ、歩き出す。

 セレンの横を通り、一真はアテルスペスに、ディマオはグランサビオに向けて、だ。


 塩の結晶が積もった地面は走りにくい。

 粒の大きさが不揃いで、くっついてしまっているため、踏むと崩れるのだ。

 運動不足気味のディマオにとっては不意に走ると足を取られるらしい。

 一真は本人からそう聞いていた。


「アテルスペス、開けろ」


 神機の前に立った一真が声を上げる。

 アテルスペスが膝を着いて屈み、胸の装甲を開けた。

 一真は下部ハッチの装甲に手を掛け、体を跳び上がらせて駆け上がる。

 アテルスペスが動き出して立ち上がろうとするのに合わせ、一真はコックピットスペースに入り込んだ。


「戦いや訓練以外でお前に入るのは、初めてだな」


 一真は真上を見上げ、柔らかく微笑み、語りかける。

 アテルスペスに意思はない。

 だが、頭がある方に向けて一真は言ったのだ。

 戦い守るためのアテルスペスが、初めて戦う以外で人を救えるかもしれない。

 そう思えば、一真は自然に表情が緩む。


「アテルスペス、装着」


 顔を正面に戻し、一真がいつもの言葉を口すると、ハッチが閉まった。


 赤い光が一真をスキャンし、体の各部に金色のリングを装着させる。

 一真の体が浮き上がり、その場に固定された。

 この状態で、アテルスペスは一真が体を動かす通りに動くのだ。

 足の下には地面の感触すらある。


 コックピットの内壁が全周を移すモニターになり、外とアテルスペスの腕を写した。

 一真が確かめるように腕を動かすと、モニターに映る腕も動く。


 よし、いつも通りに動く、と一真は安堵した。

 戦儀が終わってからもしばらくは補給も修理も神の力でなされる。

 とはいえ、反逆を目指して動いている最中だ。

 一真はアテルスペスが何時動かなくなるのか、不安がある。

 セレンは大丈夫だと言っていたが、それでも、だ。


 一真が顔を上げてグランサビオの方に顔を向けた。

 グランサビオが右手を閉じたり開いたりしている。

 グランサビオもアテルスペスと似たような操縦方式なのかと、一真は思った。


「ん、よし。カズマ、そちらの準備はどうだ?」


 グランサビオが顔を上げ、ディマオが言う。

 一真は頷き、「ああ」と返した。


「心の準備は出来てる。打ち合わせ通り、なんとかやってみるよ」


 足を動かして一真はアテルスペスを歩かせ、グランサビオに近づく。


「こっちも大丈夫だ」


 グランサビオがアテルスペスに向け、左手を差し出した。

 一真はアテルスペスの右手で差し出された手を掴んでつなぐ。


「早速だが始めよう」

「行くぞ」


 ディマオの合図に答えると、一真は目を閉じて丹田に意思を集中し始める。

 へその下辺りに全身から魔力を集めるイメージだ。

 一真の魔力感覚はすっかり発達して定着しているらしい。

 それがイメージ通りに魔力が集まっている事を一真に伝える。

 

「アテルスペス、頼んだ」


 次は丹田から頭に、額を通じてアテルスペスに魔力を伝えた。

 魔法を使うだけなら、ただ使えばアテルスペスは答えてくれる。

 だが、今回は一真が魔法を使うわけじゃない。


 一真が練った魔力がアテルスペスの全身を駆け回る。


「おぉ……」


 初めての感覚に一真は感嘆の声を上げた。

 アテルスペスの中で魔力が膨れ上がっている。

 これがチャクラブースターの働きかと、しみじみと一真は感じた。

 このチャクラブースターは一真が戦っているときは意識していたなかった物だ。

 アテルスペスが搭乗者の練った気を増幅し、機体各部に送り込んで強化や攻撃に使う。

 本来の使い方ではないが、気の代わりに魔力でも十分に働いてくれるのだ。


「なるほど、グランサビオとは形式が違うが、確かに魔力を増幅している」


 ディマオも感知したのか、思ったことを呟いた。

 音声の外部出力で呟きとは思えない音量ではあるが。


「よし」


 十分魔力が増幅したと感じた一真はグランサビオを見やる。

 グランサビオが首を縦に振って頷いた。


「行くぞ」

「ああ、来てくれ」


 息を吸い、ゆっくりと、吐く。

 一真は呼吸と共に手のひらから魔力を流した。

 ただ魔力を魔力のまま加工せずに扱うのは初めてではない。

 なんなら毎晩練習している。

 その成果か、魔力がスムーズに手から流れていくのを感じた。


「おぉ。回転式魔道筒が勝手に回り始めた……」


 ディマオの言うとおり、グランサビオの左前腕部ローラーがゆっくりと回り始めている。

 こころなしか、ディマオの声は弾んでいるようだ。


「この両腕に二つずつ、計四つある回る部分。これがグランサビオが魔力を増幅する部分だ。受け取った魔力で勝手に回っているようだ。これを積極的に回そうとすると」


 ディマオが呟く内に、グランサビオの腕に着いたローラーの回転数が上がっていった。

 回転数の上昇に伴い、一真はグランサビオからオーラの様な物を感じ始める。


 あまりの魔力量の増加が威圧感となって現れているようだ。

 一真は気圧されないように心を抑え、耐えながらより強くグランサビオの手を握る。


「素晴らしい魔力量だ! これなら!」


 ディマオが喜色に満ちた声を大きく上げた。


 更に回転速度があがり、ローラーが光出し、甲高い音が起こり始める。


「うお!」


 一真は急な脱力感を感じ、うめき声を上げた。

 自分の体に何か異常が起こってないか意識を向ける。

 直ぐに一真は理由は悟った。

 練り上げて体中に満たした魔力がなくなっているのだ。


「まさか、吸い取られた?」


 一真が言った推測は合っている。

 回転と共に莫大な魔力がグランサビオに吸い取られたのだ。

 続けて少し魔力を出そうと練れば、直ぐに吸われていく。


「この魔力供給があれば! 《ながれいずるきよめのおおみず》!!」


 グランサビオが右腕を上に掲げると、グランサビオの頭上に水の球体が生まれた。

 水球はたちまちに育ち、普通の馬車ぐらい、いやもっと大きい。

 戸建て住宅よりも大きく、いや、まだ育つ。


「ちょっと! ディマオ! これどこまで大きくなるの!?」

「はっはっは! 出来るところまで!」


 一真の悲鳴じみた問いかけに、ディマオは笑いながら当然のように答えた。


『下がれっ、キャリウス車を後ろに下げろっ!!』


 後ろから声がするので一真がそちらに顔だけで振り向く。

 セレンがキャリウス車に取り付いて、御者席に叫んでいた。

 御者が慌てた様子で手綱を引くと、キャリウスが動き出す。


 水球はもう既に神機より大きい。


「え、ちょ、これ大きすぎない!?」


 この辺でよくない? という気持ちを込めて一真はディマオに叫んだ。


「大丈夫! もっと行ける!」


 ディマオは頑張っている。


 ぐんぐん育つ水の球体に、一真の不安はなくならない。

 むしろ不安増加が加速する。水球育成も加速した。


 脱力感も増すので仕方なく一真は魔力を練っては吸われ練っては吸われ、耐える。


「うぇぇぇぇ」


 一真からは悲鳴じみたうめき声しかでない。


「うぉおおおおおおお!」


 ディマオからは気合いのでる叫び声が出た。


 水球が神機を縦に並べたより大きくなったとき、ディマオが「よし!」と叫んだ。


「これなら! これなら!! 塩どもよ食らえ!!」


 グランサビオが掲げた腕を勢いよく振り下ろした。

 腕の動きにつられたように水球が地面に向かってゆっくりと落ちていく。


 あの水球が落ちて弾けたらアテルスペスごと流されるのではと一真は思った。

 自然と脚に力が入り、一真は踏ん張ろうと腰を少し落とす。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

「うわあああああああああああ!!!!」


 ディマオが叫び、一真も叫んだ。


 水球が着弾する。

 弾け、水が四方八方に大量に流れ出る。


「は、《はばむかべ》ぇ!!」


 一真はアテルスペスの脚と地面が離れないように魔法で固定した。

 大量の鉄砲水がアテルスペスに正面からぶつかる。


「ぐふぅ!」


 ぶつかる瞬間、一真は体正面に衝撃を感じ、歯を食いしばって耐えた。

 続いて右腕が後ろに引っ張られ、とっさに右手に力を入れる。


「のわぁ!!!」


 遅れてディマオの悲鳴が聞こえた。


 グランサビオが水の量に耐えられず後ろに流され掛けたのだ。


 一真は水が治まって流れていくまで、耐えるしかなかった。

 ディマオが水が早くなくなる術式を組み込んでいることを祈りながら。

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