08 セコンダリア~ディマオの実演


 セコンダリアの大地、その大半は塩に覆われている。


 大量の塩をなんとかするには一朝一夕の研究では不可能の一言だ。

 それこそ寝る間も惜しいし、使える限りの時間を使いたい。


「研究したいのは分かるよ。これだけの範囲に緑を戻せたんだ。

 もっと広げていきたいのはわかる」


 一真は頷いて、ディマオに共感を示す。

 ただ、と首を横に振った。


「年単位の時間が必要な研究だろう? 一緒に戦って、それからでも遅くは」

「いや、遅い」


 ディマオは一真の言葉を遮る。


「なぜなら神の力がなくなってからこそ、必要な研究だ」


 言われ、一真は言葉に詰まった。

 確かに、そうなのだと納得してしまったのだ。


「少しでも効率を上げて、君たちが成功した暁には技術を一斉に広める。

 そうすれば、セコンダリアが不毛の大地ではなくなるのも、近いに違いない」


 ディマオの声に、熱がこもっている。

 強く、力説される言葉には希望が満ちあふれていた。

 一真には反論する術がなくなった。だが、それでも、と一真は口を開くのだ。


「それでも、ディマオ、戦う仲間には君が必要だと、俺は思う」

「もっと。いや、もう少し研究が進んでいたならカズマ、君の言葉に心が揺れた。

 私も、残念だと思う」


 ディマオの決意は固い。

 一真にはディマオはもう揺るがない、そう思えた。


 一真とディマオは互いをまっすぐ見つめ合い、互いに寂しげな微笑みを向け合った。

 もう説得は無理かと諦める一真は、わかったと頷く。

 すまないとディマオは首肯を返した。


「まった」


 二人の間にセレンの声が水を差した。


 一真とディマオが同時に顔をしかめてセレンに振り向く。


「なんだ?」


 ちょっと面倒そうにディマオが短く言った。


「除塩って、具体的にどうやるのか訊いてもいいか?」

「何故? いや、いい。話してやろう」


 顔を一瞬だけしかめて、真顔に戻ったディマオは立ち上がる。


「こっちだ」


 ディマオは部屋の隅に向け歩いた。

 プランターなどの栽培地がある一角だ。

 そこだけ5cmほど掘り下げられている。

 床はコンクリートかなにかで固められていて、壁際に排水口も据えられていた。


「基本的に、やることは変わらない。大量の水を流して塩を溶かし流す。

 だがその前にやらねばならないことがある」


 ディマオは麻袋がいくつも積まれた一角に行くと、そこから袋を一つ降ろした。


「まずは石灰を撒く」


 降ろした袋を開け、片手で持てる小さなスコップ、園芸用こてを使って中身をすくう。

 続けてディマオは立ち上がり、並ぶプランターの一つに撒いた。

 プランターの中には白っぽい土のような物が入れられている。

 外から取ってきた塩混じりの土、だろうかと一真はアタリを付けた。


 そして石灰を撒かれたプランター内の土にこてを突き刺しかき混ぜる。


「石灰ごと土をすき込む。ここでまず人手が必要だ。石灰捲きにもすき込みにも」


 かき混ぜが終わると、ディマオは懐から指揮棒のような杖を取り出した。

 今し方すき込みを行ったプランターに向け掲げる。


「そして水で流す。大量の水が必要だ」


 そこでディマオは一旦動きを止めた。

 ディマオの表情は一真からはうかがい知れない。


 一真は立ち上がりディマオの様子を眺める。

 セレンも同じように立ち上がり、一真の隣に立ってディマオの背越しに目を向けた。

 ディマオから深い呼吸音が聞こえてくる。

 ゆっくりと深呼吸をして、集中しているようだ。


「《ながれいずるおおみず》」


 深呼吸の後にディマオが魔法を唱えると、プランターの上に水の球体が生まる。

 出てきた水の球体は小さな物だ。

 それが少しずつ大きくなっていく。


「ほぅ! 空中の水分を集めているな」


 セレンが感嘆するように言った。

 一真も観察してみると、確かに魔力が周囲に薄く広がっている。

 その広がった魔力が少しずつ球体に集まっているのだ。

 一真にはまだ未熟なのか、詳しくは分からない。

 しかし空気中の水分をかき集めている、と言われればそのようにも見える。


 魔力を使って作り出すより、あるところから持ってきた方が効率はよい。

 なるほど道理である。


 一真は周囲が乾燥しているのを魔力の動きから感じた。

 部屋中の空気に含まれる水分がディマオの生み出した水球に集まっているようだ。


「あ、魔力使い出した」


 空気中に含まれる水分にも限度がある。

 セコンダリアは比較的寒冷なため、湿気は少ないのだろう。


 最初は周囲から集め、あとから魔法の水を作り出す。

 水の作り方二つを一つの魔法に収めているのだ。

 構成と操作二つの面から一真はディマオの魔法に感動を覚えた。


 水の球体がゆっくりと大きくなり、やがてプランターの直径より大きくなる。


「よし」


 ディマオがそう言った直後、水の球が落下してプランターに降り注いだ。

 プランターには水が満たされ、一杯になった。

 ディマオがプランターの下部にある栓を抜くと、そこから水が勢いよく流れていく。

 網でも仕込んであるのか、土は含まれていないようだ。


「これで塩分はほとんどなくなった。だが、これだけでは水を全く蓄えない、つまり水はけがよすぎる土になっている。故に、ここから木材を粉にした物や肥料を加えて土壌を改良せねばならない。先に細かい木材片を入れておけば手間は一つ減るが、今回はこれでやり方が分かっただろう?」


 ディマオは若干の早口で説明すると、体ごと振り返って一真とセレンに相対する。


「私は私一人の効率を求めてこの術式を使うが、他の物がやるには水を魔力だけで作った方がよいだろう。だが現状使われている術式構成では魔力の消費に対して出来る水が少ない。その改善と、石灰を撒く手間も省きたい。術式を追加して水を流すだけで塩も流せるように魔法を作ったんだ。石灰もかなりの量が必要だしな。だがこの魔法は難易度も悪ければ使う魔力も多い。水の量を増やすならそれこそ莫大な量が必要になる。だから一刻も早く、そして可能な限り効率化を試みる必要がある」


 久々の早口による情報の洪水で、一真は理解に少し時間を掛けた。

 頭の中でディマオの論を繰り返しなんとか理解をする。


 一真に先んじて、理解できたのかセレンは頷いた。


「なるほど。つまり、除塩する魔法自体は開発済みということか」

「ああうん、そうか。魔法自体はあるけど効率が悪すぎて使い物にならない、か」


 セレンの確認するような言葉に、一真は更に確認を重ねる。


「そうだ」


 ディマオは頷いて、答えた。


「グランサビオがあれば今のままで私一人でも相当な範囲で除塩は可能だ。だからぜひ無事に帰ってきて貰いたいものだな。その時までに改良改善を行って、より広く早く、除塩したいものだ」


 腕を組み、目を閉じて未来を夢想しているのだろう。

 ディマオの声には期待に弾んでいた。


「待った。待て」


 セレンが鋭く声を上げると、ディマオは顔を上げてセレンを見る。


「なんだ?」

「グランサビオがあれば、ってどういうことだ?」


 唐突に張りつめた声を上げるセレンに、ディマオは不思議そうに見返した。

 セレンに説明しようとディマオは首を傾げながらも、口を開く。


「どういうことだ、って。グランサビオは魔法戦用に作られている。周囲の魔力と奏者の魔力を取り込んで何倍にも増やして魔法の威力を上げられる。つまりグランサビオに乗れば私一人で可能な範囲の何倍もの広さを除塩出来るのだ」

「魔力を増やせばその分広く除塩出来る、間違いないな?」


 セレンがディマオに詰め寄る。


「あっ」


 何かに気付いたかのように、一真が声を上げる。

 一真には一つ心当たりがあった。

 似たような働きをするものを、一真は知っている。


「あ、あぁ。そうだが」


 気圧されながらもディマオは頷いた。


「人一人の魔力では限度がある。個人差もあるしな。だから効率を上げようとしているのだ。私以外でも出来るように。グランサビオが広範囲を除塩すれば、個人個人がやる範囲は狭くて済む」


 セレンが口の端を上げ、急に含み笑いをする。


「く、くふふ」

「ど、どうしたセレン?」


 いきなり笑いだしたセレンの顔を何事かと一真はのぞき込んだ。


 セレンは顔を上げ、一真とディマオの顔を交互に見て、指を一本立てて、こう言った。


「私にいい考えがある」

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