05 フィーア~宴終われば元の生活へ


「昨日はありがとうな!」


 サマクが良い笑顔で手を振ってきた。


「ああ、こっちこそおいしい魚をありがとう!」


 一真はサマクに手を振り返す。


 サマクに焼いた魚を振る舞った。

 ここまではいい。

 その後、何故か村の人たちが集まって来たのだ。


 だが人の多さに一真は音を上げた。

 人は集まる。

 火を出し続けることなど出来ない。

 セレンは仕方なく場所を移しキャリウス車の横に浮きを付けた板を浮かべさせた。

 その上に鉄板を強いてたき火を起こすことにしたのだ。

 そして宴が始まってしまった。

 壺の中身はすべてなくなり、やがて夜が来てしまう。


 そういう訳で、一行は予定外の一夜をバハル村の上で過ごしたのだった。


「じゃあ、またなー!」

「またなー」


 二人は笑顔で別れの挨拶を言い合った。

 サマクは水の下に消える。

 一度帰ってまた漁に出るのだろう、と一真は思った。

 サマクは漁が達者だった。

 壺の中身がなくなったらちょっと獲ってくる、と言って大量に獲ってくるほどに。

 だが水中では保存しにくいのだろう。

 日々の漁が必要だと言っていた。


「一真よ、許可した私も悪いが少し反省してくれ」


 キャリウス車の中に入ろうとした一真に、セレンが小言を投げつける。


「悪い。久々に新鮮な魚食べれてうれしかったんだ。焼き魚だけだったけどな」


 ゼクセリアの王都は内陸にあり、魚は干物などの保存食としてしか食べられていない。

 だが昨日はサマクが獲ったぴちぴちの魚が大量に出された。

 焼いたのも一真だが、一真は美味い焼き魚に非常に満足している。


「当たり前だ。絶対に生では食うなよ。刺身は諦めろ」


 言い訳をする一真に、セレンは強く言い放った。


「ええ、刺身ダメなの? 釣りでもすれば取れたて新鮮なのに」

「理由はあるが、ここではな。後で言う。それより展望室に行くぞ」


 セレンは一方的に言い切ると、話を打ち切ってキャリウス車に入る。

 一真はセレンを追った。


 セレンの行き先は、宣言通りの展望室だ。


「シラノド、出せ」


 セレンは展望室の前方に面した窓から下にある御者台に命じた。

 少しだけキャリウス車自体が大きく揺れ、進み始める。


「おっとと」


 一真は壁に手を添え、最初の揺れを耐えた。

 動き始めの時だけ大きく揺れるらしいとは、事前に聞いてあったのだ。


「フィーアは海ではない」


 一真が窓にに近づくと、セレンは一真に振り向き言った。


「大陸の左右の海が水に沈んだせいで繋がっているんだろ?

 それはもう海じゃないのか?」


 寝る前にセレンが教えてくれたことだった。

 最後に作られた世界地図は百年以上前の奇跡による物だ。

 だから、地図には水に沈んだフィーアは反映されていない。

 セレンの講義はそのことと、陸地が少しは残っているということだった。

 フィーアの王城もそこにあるらしい。


「厳密には今見えている水は海水じゃない。濃度が低いんだ」

「ってことは、汽水、ってやつか?」


 セレンの言うことに一真は記憶にある言葉を言った。


「そうだ」


 セレンは頷く。


「川魚を生で食べてはいけないっていうだろ?

 汽水域も淡水の魚ほどじゃないけど、やっぱり生食は避けた方が良い。

 寄生虫もいるしな」

「ああ、そういうことか」


 サマクと別れた後部タラップでセレンが話してくれなかった理由に、一真は納得した。

 サマクや村人に聞かれてはいらぬ不興を買うだろう。


 別れの良い雰囲気に水を差したくなかったのだろうと、一真はセレンの内心を想像した。


「ありがとう、セレン」


 一真は礼を言う。

 セレンはいつもと変わらぬ表情で、至極当然のような態度だ。


「嫌われては反逆に協力してもらえない恐れがある」

「あ、そう。うん」


 淡々としたセレンの台詞に、そういえばそうだったと一真は思い出した。

 酒は出てないし焼き魚で騒いだだけだが、宴に浮かれていたらしい。


「あれ?」


 ごまかすように一真は窓から外を見て、気付く。


「急に水底が浅くなって、いや違う。逆、か?」


 村から少し離れた場所だ。

 水の下ではあるが崖のようになっている地形があった。


 一真は身を乗り出して周りを見る。

 崖は村を囲うようにキャリウス車の後方に流れて言っていた。


「崖が、村を囲んでいる?」

「気付いたか」


 セレンの声に一真は振り向く。

 セレンの唇の端が少し上向き歪んで、笑みを隠しているようだった。


「そうだ。この村は周りから低い位置にある」

「なんでまた」


 眉をひそめてもう一度一真は外を見る。

 崖は切り立っていて、なだらかな坂になっているところはまったくない。

 元々湖や池だったところ、というわけではなさそうだと一真は思った。


「流れが周りに比べて水の流れがゆるやかか、まったくないから、とは聞いている」

「聞いている? 昨日そんなこと話してたのか?」


 昨日の宴ではセレンとつきっきりだったわけではない。

 だから一真は離れているときに誰かと話したのかと思ったのだ。


 セレンは否定する。


「いや、王に前回会ったときに聞いたんだ。

 この村だけじゃなく、大体の村や町は深いところにある」

「てことは、ほかの場所にもこんな妙な地形があるのか!?」


 実に不自然な地形だ。

 壁のように崖で囲われた地形が大量にある。

 どう考えても一真には自然の物とは思えない。


「神機を使って掘ったらしい」

「は!?」


 確かに神機は戦儀の一月前から、戦儀終了後一年ほど残る。

 その時間を土木工事に使うことはよくあるとは一真も聞いてはいた。


「こんな広範囲をこんな深く掘ったの!?」


 バハル村の規模はさほど大きくない。

 人口にして200人ほど。

 海草畑や広場を含めても直径1㎞か2㎞に収まるだろう。

 だがキロ単位だ。

 崖の高さも場所によって違うが一真の目算で5mから10mはある。

 相当な労力だったことは想像に難しくない。


『あれ? キャリウス車? あ、そうか王様んとこ行くならこっちか』


 サマクのやけに大きい声があたりに響いた。


 一真とセレンは顔を見合わせ、うなずき合い、外を見る。

 キャリウス車の前の方にデカい顔が水面から出ていた。

 透明度が高い水だからか、人みたいな首から下もよく見える。

 初めて見るものだが、このような巨大な人型の物体が何かは一つしかない。


 キャリウスもびっくりしているのか、動きを止めている。

 下を見ればキャリウス車が慣性でキャリウスの尻尾にぶつかっていた。

 キャリウスの上で男がキャリウスを撫でてなだめているのも見える。

 キャリウスが大きく動いては車体が危ない。


 キャリウスと車体の距離を開けるため、早々に前を退いてもらう必要がある。


「サマク!? もしかして乗っているのはサマクか!?」


 両手を口元に当ててメガホンのようにして、一真は神機に向かって大声で叫んだ。


『そうだよお。おいらだよ! これがおいらの神機、ポセイドンドリラーさ』


 確かに右手にタケノコのような円錐型ドリルが付いている。名前通りだ。


 サマクと別れてからさほど時間は経っていない。

 だからこれは村の近くにあったようだ。

 青いから気付かなかったんだろうと一真は思った。


「神機に乗ってどうしたんだ!?」


 サマクの返答に、もう一度問いを投げかける。


『仕事だよぉ。ちょっと向こうにある村の周りを削るんだ』


 水面下にある右手のドリルがまっすぐ向かって左側へと伸ばされた。

 向こうにも村があるのだろう。


「そうなんだ! 気をつけて行ってらっしゃい!」


 一真は努めて明るく元気な声で送りの言葉を言った。


『あいよー! いってくるよー!』


 サマクがそう返すと、神機ポセイドンドリラーが海中に沈む。

 あたりに低く唸るような音が響き渡ると、神機が周囲に気泡を作り出しながら進み出した。


 一真は胸をなで下ろす。

 セレンも同じく安堵したようで、ため息をしていた。


 外を見る。

 水原は凪いでいた。

 塩気を孕んだ風が、頬を撫でるとさざ波がキャリウス車の周りを横切っていく。


「少しずつ、長い年月を掛けて神機を何機も使って掘ったんだろうな」


 セレンが外を眺めながら言った。一真は頷いて同意する。


「まだ開発途中だったんだな」

「ああ。もう寄り道はせずに王城に行きたいんだがな」


 まだフィーアに入ったばかりだ。目的地の王城はまだ先にある。


 キャリウス車がゆっくりと進み出した。

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