11 激戦の後に


 アテルスペスを着地させ、一真は後ろを見る。


 ゲティンドーラは頭部大半がなくなり、煙が燻っている。

 胴の砲身も半ばから折れていた。


「あ、頭だけ!? まだッ!」


 構える。

 胴体や腕、武器は健在で、一真にはまだ戦えそうに見えたからだ。


「ふはは、はっはっはっは! 見事だ」


 煙の中からバルドの声が聞こえた。


「戦士ではない、か。まさにその通りよ。性能に驕り勝利に溺れた結果よな」


 煙が晴れる。

 抉れ弾けとんだゲティンドーラの頭の中に、光る半透明の球体があった。

 その中には、バルドが立っている。


 神前戦儀中の死傷を防ぐバリアだ。

 神の力によるものか、と一真は当たりをつけた。


「祖国に勝利を届けられなかったのは惜しい。

 惜しいが、中々によい気分だ。礼を言う」


 ゲティンドーラの周りに光の粒子が生じ始めている。


「こちらこそ」


 一真は少し迷ってから、言葉を返した。


「次があれば、戦士としてのあなたと戦いたい」


 バルドは一真の返答に一瞬真顔になり、破顔する。


「ははははは!

 言うではないか。あれば、その時こそ戦士として負けるわけにはいかんな」


 口角を上げて笑い、バルドは背を向けた。


 多量の光が渦を巻き、ゲティンドーラを包んでいく。


「さて、戻ったら酒を飲んで寝る。付き合うか?」

「いえ、酒は」

「分かっている。聞いただけだ。相手は戻ってから探すとしよう」


 その言葉を最後に、バルドは光の渦に飲まれ、消えた。

 遅れて一真も光の渦に飲まれる。


 一真は目を閉じ深呼吸を1つ、2つ、した。

 目を開ける。

 モニターの向こうは光に満ちた不思議な空間だ。

 今は見慣れた控え施設がある場所で、前方にはそれがある。


 デカドスのバルド。

 そしてゲティンドーラ。

 戦っている最中には神機のパーツだと言ってしまったが、強かった。

 狙いは正確、威力は激大。

 神機も、バルドの戦闘方法も、かなりのハイレベル。

 一歩間違えれば負けたのは一真のほうだ。


 例えば、彼の神機がゲティンドーラではなくライト・グリフィンだったら。

 そうでなくてもロボットアニメの量産型みたいな使い安い汎用機だったら。

 バルドは射程の長さと一撃の威力に驕って隙を見せるなんて事は絶対になかっただろう。


 ゲティンドーラは優れた、良い機体だった。

 それがバルドにとっての敗因になったのだ。

 そう、一真は安堵する。


「助かった」


 一真は言葉を絞り出した。


「運が良かった」


 自らに言い聞かせるようにゆっくりと言う。

 自分は強いと驕れば、バルドのように手を抜いてしまう。

 一真とアテルスペスに、そんな余裕はない。


 もう一度深呼吸をして、心を落ち着ける。


 なんとなく、一真は周りを見渡した。


「あれ?」


 ふと声が漏れる。もう一度周りを見る。

 右から左にゆっくりと見渡して、気付いた。


「少なく、なってる?」


 減っている。

 他国の神機が見えないようにガードしていた光の柱が記憶よりいくらか少ない。

 正確には覚えてはいないが、確かに減っている。

 特に、控え施設を挟んで反対側にもあったのを一真は覚えている。


 いなくなったのかと、一真は思い至った。


 仲良くなった人々の顔を思い浮かべ、彼ら彼女らは帰ったのかと少し考え、やめる。

 まだいる人に聞けば良いし、気にしても仕方が無いことだから。


 大きく息を吐いて気を落ち着けると、一真はアテルスペスから降りた。

 控え施設に戻るとしよう。


 ヘマやアジャンと話して、スカイドを食べて。

 ああそうだ。


「ゼランさんは、どうなったんだろうな」


 と、呟いた。


 ゼランはもう片方のシードだった。

 勝っていれば次は戦うことになる。

 だが。


「フィルスタのレイギ、か」


 一真とバルドが戦う前に戦儀があった。

 ウェルプトのゼランと、フィルスタのレイギの組み合わせだ。


 レイギとは向こうからの一方的な話だが、戦おうと約束した。

 そしてゼランとは再戦をして、次は勝ちたいという思いがある。

 どちらも成したい。

 が、出来るのはどちらかで既に結果は決まっている。

 そしてそれがどちらであろうと、一真のすべきことは。


「次も、勝つ」


 それだけだ。


 一真は歩を進め、施設に入る。

 廊下を歩き、談話室へと入った。


「おかえり」


 アジャンがソファ越しに一真を迎える。


「ただいま。あれ、ヘマは」


 ヘマの姿が見えない。

 ここ談話室で待っているだろうと一真は思っていた。


 アジャンが微笑みながら口を開く。


「俺が帰らせた。次の相手がショックでな。

 何か言いそうだったから、先にゼクセリアに行くようにルアミが言い聞かせたんだ」

「ああ、そうなの」

「ルアミが手紙を持たせたし、神機の奏者なら王に面会も通る。

 お前が行くまでしっかり世話してくれるだろうさ」

「それは、ありがとう。ルアミさんにも礼を言わないと」

「そうしとけ」


 一真は話しながらソファの切れ目から中央に歩いた。

 床のトーナメント表を見る。

 ゼクセリアの線はデカドスの線を遮り中央まで伸びていた。

 反対側の線をたどる。


「次は、フィルスタ」


 線はフィルスタまで続いていた。


 一真の横にアジャンが立つ。


「ああ。どんな相手かは言えないが、十分に注意するんだ」

「今までと一緒、だな」

「そりゃそうか」


 クク、と含み笑いをして、アジャンは離れた。


「最後までここで見守ってやるから。思いっきりやんな」


 一真が振り返ると、アジャンはソファに腰を落とし軽く手を振る。


「ありがとう。嬉しいよ」

「照れるな。気にするな。俺の勝手だよ」


 アジャンはソファに背を深く預け、息を大きくはいた。


「いい戦いを見せてもらってるし、な」


 一真は歩み寄り、右手を差し出す。


「これからも、戦儀が終わってからもよろしくな」


 微かに感じていた気持ちを、一真ははっきりと確信した。

 それ故の行動だ。


「お? ニーネに来てくれるのか?」


 アジャンは一真を見上げ、唇の片端で笑む。


 一真は首を横に振った。


「そうじゃない。その、友人として。ダメかな?」


 その言葉に、少しの間だけアジャンは目を見開く。

 顔を左手で覆い、揉むような仕草をして、普通の顔に戻った。

 そして右手を伸ばして一真の右手を握る。


「ああ、よろしく友達」


 そう言って、アジャンは満面の笑みを一真に向けた。

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