幕間 病が誘う先は死である


「ソーラ、起きてください」

「起きてるわ。でも、起きたくないの」


 寝台横から声を掛けるエルミスに、ソーラは目を閉じたまま答えた。


 エルミスは寝台を回り込み、ソーラの右側からシーツをめくる。

 ソーラの右足だけを露わにした。


「そうですね。もうしばらくは、動けませんね。食事はお持ちします」


 膝関節の直下まで、石になっている。

 石化病の進行は部位によって注意すべき事が違う。

 関節部が石化が進んでいるとき、動かせば激痛が走るのだ。

 それでも動かそうとすれば石化部分と繋がる筋肉が千切れる。


 反対に血が通わず腐った指先は石化しているのでそこまで気を遣わなくていい。


 だから、今のソーラは膝を動かさない。動かせない。


「そういうことではないの」

「ではなんです?」


 ソーラは目を開いた。


「ずっと、寝ていたい。眠り、最後の時を気付かずに迎えたいの」

「無理です。貴方は足、ですからね。私のように右手からなら。

 いえ、それでも無理ですね」


 腹の中が腐り、食事も摂れなくなる。

 下半身が石化するとは、そういうことだ。


 エルミスの右腕も、動かないよう骨折した腕を固定するように吊られている。

 もう石膏を固めた型を仕込んだミトンで保護できる範囲を超えているのだ。

 それでも、エルミスは毎日、ソーラに顔を会わせていた。


 ソーラは目をしかめながら、上体を起こす。


「分かっているわ」


 エルミスの腕から顔を逸らし、ソーラは答えた。


「今も、少し体を動かすだけで痛いもの。

 太ももや、お腹まで来たらもっと痛むわ。きっと」


 ソーラやエルミスが知らぬ仲でもない女中を見て、彼女は知っている。

 自分がどういう末路を辿るかを。


「さ、エルミス。手伝ってちょうだい。膝が動かないように、きつく縛るの」


 首を振って、ソーラはエルミスの顔を見て言った。


 口元は笑顔のようだが、目元は変わらない。

 憂いた涙の跡が残る目元だ。


「今日も、歩き回るのですね」


 それは石化が始まってから、ずっと続けていることだった。

 ソーラなりの強がりだ。

 自分が元気な姿を城の皆や兵士達に見せる。


 最初は心配をさせない優しさ、だった。

 かつては。


「ええ。既に政からは退いていても、王族は民に規範を示すべき。でしょう」


 エルミスには分かっていた。

 幼い頃より共にあったエルミスには。

 ただただ母が苦しそうに叫びながら最後を迎えていたのを、ソーラが見ていたからだ。

 ただ、悔しさと恐れで意固地になっている。

 エルミスはそう、感じていた。


「ええ。その通りです。皆にその姿を見せることで、民の絶望を晴らしましょう」


 だがエルミスは肯定する。

 ソーラの強がりは、民の心を救う。


 痛むはずの足を引きずって動く姫君の姿は、同じ病に冒された民を奮起させる。


 だから、今日もソーラは歩くのだ。


 エルミスはソーラの脚に合わせ型を取った添え木を取り出した。


「今日はどこに行かれますか」

「街ね。たまには皆の暮らしを見るのも悪くないわ」

「そうしましょう。鍛冶や職人達にも病は広がっています。

 彼らを元気づけるためにも街が良いでしょう。護衛を呼ばねばなりませんね」

「任せるわ」


 二人の会話に、彼は登場しない。

 話題になることはない。


 希望の黒と、希人の男は、毒だ。


 二人は知っている。

 ここまで勝ち上がってきても、次は勝てない。

 絶対に。


 戦儀の様子は、他国の試合も全て、見ることができる。

 デカドスの神機を知らぬのは、神域にいて戦ったことのない者達だけだ。


 だから、希望が折れるだろうことを、知っている。


 アレには、勝てない。


 だから二人は、今日も、希望の黒と希人の話を出さない。


 きっと、運命の日となる明日も。



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