06 決意を新たに

「作業、だって?」


 一真はバルドの言葉をそのまま返す。

 戦儀を作業と称す真意が気になったからだ。


「そうだ」

 短く答え、バルドはコップの酒を一口含み、飲み込む。

 一真はそれを待った。


「元より戦儀は人の死なぬ戦いよ。

 それが大砲を一発撃てば終わる、となればな。

 戦の愉しみも興奮も畏れも敬いすら、無い」


 立っている一真には、コップの中を見詰めるバルドの表情はうかがいにくい。


 大砲持ちの遠距離戦主体ならば、それ以外の武器も持っているだろうに。

 と考えた一真は少し呆れて言う。


「なら大砲以外で戦えば」


 バルドは一真にため息で返した。

 フォークを持ち上げ、少し躊躇ったのかフォークの先が揺れる。

 もう一度ため息を吐いて、バルドはフォークを持った手をテーブルに置いた。


「私も、国の、代表、だからな」


 自分に言い聞かせるような、そんな声色で、途切れ途切れにバルドは言う。


「勝てる戦い方を選ばねばならん。

 すると自然、作業の様になってしまうのだよ」


 もう一度酒を飲んだ。


「なら」

「なら、自分が作業にならないように戦ってやる、だろう?」


 一真が言おうとしたことを、バルドは先んじて言い切った。


「なっ」


 言おうとしていたことを言われ、一真は驚きの声を上げる。


「言われたよ。フィルスタやジーベンの若造にな。お前もそうなる」


 不安が押し寄せ、一真は言葉を返せない。

 絶対的な自信と結果が、そこにある。

 作業の様な戦闘で、全ての相手を下しているのだ。

 それも、間違いなくその戦い方を選んでしまうようなほどの、強力な戦い方で。


「はは、脅すみたいになってしまったな」


 バルドはクバン1つ食べ、酒で脂を流す。


 一真は美味い言い返しを思いつけないまま、それを見ていた。


「ふう」

「それでも」


 バルドが飲んだ勢いで息を吐くのに合わせ、一真は口を開いた。


「ん? なんだね」

「それでも、俺は勝ちます」


 姫を救いたい。その気持ちはまだ強い。


 自分は、勝たねばならないのだ。


「俺は、貴方に勝って、助けたい人がいる」


 だからと、一真は宣言した。


 思い浮かべたのは姫の笑顔と、悲しい表情。

 どちらも心に強く残っている。

 それに釣られ、ゼクセリアのことを思い出した。


 街にいる物乞いは脚を石にして投げ出していた。

 一度いった食堂には片手で食事を運ぶ女がいた。

 職人は槌を握れず嘆き、行商は馬車を売りに出し、脚を引きずって耕す農民がいた。


 ただの絶望に、一真は負けるわけにはいかない。

 ただ強いというだけの情報では嘆けない。


 一真は表情を改め、バルドの顔を見据える。


「そうか」


 バルドは短く返して、クバンにフォークを刺した。最後の1つ、のようだ。


「ならば、1つだけ教えてやろう」


 顔を上げ、バルドはコップをテーブルにおいて人差し指を立てる。


「一発だ。今まで俺は一発で終わらせてきた」


 難易度を上げる絶望的な情報だと、一真は思った。


「まずは、それを凌げ」


 バルドは話を続ける。


「俺に作業で終わらせたと、思わせたくないのなら。それからだ」


 言い終わると、バルドはクバンを口に入れ、惜しむように顎を動かしはじめた。


 一真は目を閉じ、思い出す。


 エルミスは泣きながら自分の指を割った。

 ソーラの靴は石になった脚を守るために重い。

 酒を呷るように飲んだ城の兵は翌日居なくなった。


 自分は、彼らを全部救う。

 一真は決意を思い出した。


「あなたが」


 一真の声に、バルドは顔を上げる。

 楽しげな彼の表情に、一真は言葉を被せていった。


「どれほど強い神機を持っていようと。

 あなたがどれほど戦いに強かろうと。

 私は勝ちますので」


 一真はバルドに背を向ける。

 もう、問答することはない。

 聞きたいことも聞かないことにした。


「俺は、貴方に、勝つ」


 言葉を口に出す。

 心は既に決めていた。

 だから、これはただの確認でしかない。

 戦儀が始まるずっとまえから、一真の心は決まっていたのだから。


「ふはっ、はははははは!」


 後ろから笑い声が聞こえた。

 当然だろう。

 笑ってしまうのは、仕方ない。

 現状、証明も訂正も出来ないのだから。


 戦儀にて、それを成す。

 一真は振り返らず、歩き出した。


「いいだろういいだろう!

 そう言われたのは最初では無い。

 だが言われて悪い気分にはならん!

 その決意に満ちた顔もだ!」


 フィルスタかジーベンか。

 バルドが下した誰かはもう既に言っていたのだろう。


「今日は、いや今日もいい日だ! 若者よ! やってみるといい!」

「ええ。明後日、よろしくお願いします」

「おうとも! せいぜい一撃を凌げるか、愉しみにしている!」


 一真は食堂を後にした。


 他人にバルドの神機がどういうものか、聞けるものではない。

 だが、情報は多く得られた。


「まずは、アジャンだな」


 アジャンに他国の神機情報を聞いたとき、デカドスの情報もあったはずだ。

 一真は思い出す。

 曰く、地形が変わったとか。

 ならばもう一度聞いて、詳細を知るのも悪くはない。

 戦儀前の調査結果なら、外交にも響かないはずだ。


 考えろ。考えて、どういう神機なのか想像しろ。


 最初の一撃を避けて、この拳を叩き込む。


 一真は一心に、先に進むことを考えたのだった。



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