第三章 神前戦儀 本戦決儀

01 VSセコンダリア:グランサビオ①

 控え施設中央にある談話室。

 その入り口は見えない壁で閉ざされていた。

 

「あれ? 入れない」


 硬いわけではなく、ゆっくりと強い力で押し返されるような壁だ。

 談話室の様子は見える。


 中には人が何人かいた。

 知り合いもいる。


「ああ、カズマ。今日は戦儀が終わるまで入れないらしいぞ」


 振り向いたアジャンが言った。


「そう、なのか」


 一真がそう答えると、アジャンは立ち上がって歩み寄ってくる。

 先日と違い、ラフな格好だ。

 少々くたびれているようではあるが、着やすそうな服装だな、と一真は思った。


「そうだ。ここにいれば敗退したものは戦儀の様子が見えるからな。

 今日の戦儀を見ようと、皆集まっている」


 確かに、中を見ればイレベーナのルアミがいる。

 彼女は負けて荒れていた。

 その隣からこちらに手を振っているのはヘマだ。


 ヘマに手を振り替えし、一真はアジャンに言う。


「そうか、戦儀中の様子を見て何か反応するから」

「そう、次の対戦相手になるかも知れないからな。

 戦儀そのものは見れなくても、見てる者の様子で分かる事もある。

 それに、戦儀中はこの見えない壁も光って中の様子すら見れなくなるって話だ」

「そっか。何か飲み物を飲もうと思ったんだが。うーん、水で我慢するか」


 洗面台は各自の個室にはある。

 水を飲めるようなコップ付属の給水器も。

 だから冷たい水は飲み放題だが、冷たい者は少し避けたかった。


「お、じゃあ俺が何かもってこようか?」

「あ、本当? ありが」


 ありがとう、と言おうとして、辞めた。

 時間だと、何者かによって脳内に直接知らされたのだ。


「いや、戦儀の時間らしい」

「そうか。がんばれよ」

「ああ、言ってくる」


 自国の事情もあるだろうが、アジャンの口調は気安く、笑顔で言ってくれた。


 一真は振り返り、アテルスペスに急いだ。




 光の渦が晴れたとき、いつもの試合場に一真はいた。

 初日から比べ、随分と荒れている。


 戦場に刻まれた傷跡の中には、何がどうやったのか、分からない物も大量にあった。


 あのクレーターはどうやったのかと見ていると、正面に光が集まってきている。

 戦儀の相手が来たのだろう。


 光の渦が晴れれば、そこには神機が一体。


「やあ、カズマ。今日はよろしくたのむ」


 人型で、手には何も持っていない。

 いや、金属質の胴体と頭手足、それだけだ。

 背中に何かを背負うことも、足や肩に何かが付いていると言うことは無い。

 体のバランスは人間とは異なるが、やはり人型の身1つだ。


 前腕部と二の腕がローラーの様になっていて、ゆっくりと回っている。


 奇妙なところはそれぐらいか。


「あ、ああ。よろしく頼む」


 戸惑いながら、一真は答えた。


 不思議な見た目だ。アテルスペスと同じく無武装。

 だがここまで勝ち上がってきているのだ。

 何をお出しされても不思議ではない。


「友人になれそうな者には少し失礼だとは思うが、言わせて貰うよ。

 今日は私の勝ちだ、とね」


 ディマオが言い切るのと同時、彼我の間に光球が発生した。


「いや、こちらも言わせて貰うよ。俺が勝つ、ってね」


 2。

 カウントダウンは始まっている。

 一真はアテルスペスと共に構えた。


「いい意気だ。だがね、いや。やめておこう」


 1。

 相手の神機は動かない。

 構えすら、取らない。

 一真は脚に力を貯める。


「結果は分からないからね」


 0。


「《はじくかべ》!」


 一真は足元に弾性のある魔力障壁を作り出し、弾性を使い飛び出すように踏み込む。


 構えないのならいい。

 何かさせる前に叩く。

 それだけだ。


「《爆炎拳》!!」


 続けて右腕の先に赤い光球、爆発する炎を包んだ硬い魔力障壁の球を作り出す。


 敵は動かない。


「なるほど」


 ディマオの頷きに一真は違和感を覚える。

 だが拳を振り抜けば当たる距離。

 お構いなしにと爆炎を叩きつけようと拳を前に突き出した。


「《はばむかべ》」


 それは一真の声ではない。


 一真の爆炎拳は敵神機の前に出現した魔術障壁にぶつかり、はばまれた。


「なっ!」


 一真は驚き、後ろに飛びすさる。

 己が頼りにした魔術障壁だ。

 だが、今まで使われなかっただけだと、一真は思い直す。

 一真が使うのだ。

 アジャンやゼランが使わなかっただけ、そう言うことでしかない。


 だが次の瞬間、一真は驚愕に目を見開いた。


 敵神機が右の人差し指を顔の横に立てる。

 そしてディマオが一言。


「《はぜるひのや》」


 人差し指に炎が灯り、そしてアテルスペスに向け発射された。


「なんッ!!」


 魔術障壁を使われた衝撃で思考を乱されていた一真は咄嗟に体を捻った。

 右肩の横すれすれを火炎の矢が飛び抜けて、後ろの方で爆発を起こす。

 遅れて右肩に痛み。


「《はぜるひのや》」


 続けて敵機の二射目。


「《はばむかべ》!」


 障壁を出す。

 目の前で爆発。

 体に感じる熱さ。

 右肩の痛み。

 間違いない。

 だが――


「な、んで……」


 神前戦儀において、魔術は攻撃に使えない。

 そのはずだ。

 だから一真は格闘技と組み合わせることによって神機による攻撃として用いている。

 魔術だけで使うのは防御や移動、そして幻影だ。

 もし一真が《はぜるひのや》をそのまま使っても相手には何の痛痒もないだろう。


「神前戦儀において、魔術を攻撃に用いる方法は3つある。まず一つ目」


 ディマオの神機が右手の拳を前に突き出し、人差し指を立てた。


「ダメージを考えずに牽制として使う方法だ。つぶてのかぜ等、与える衝撃が高いものは相手の飛行方法によっては落とすこともできる」


 これは一真も使ったことがある。

 飛行するライト・グリフィンに衝撃を立て続けに与えることで空から落とした。


「二つ目。正確には魔術ではないが、武器、例えば剣や斧なんかの白兵武器に魔力を流し、纏わせ攻撃することで威力を底上げする。その上で魔力を使った剣技等の技術によって放つ技。これも魔力を使った攻撃として戦儀では使うことができる。

 三つ目。君みたいに魔術そのものを使いつつ、神機の動きに合わせることで“技”と戦儀に認識させて使う方法だ」


 そうだ。そのはずだ。そのために過去の文献を調べた。

 そして武器のないアテルスペスと戦う技術の無い一真が勝ち上がるために考えた。

 魔術を使って、勝つ方法を。


「だが物事には何事にも例外がある」


 敵の神機が両腕を広げた。

 二の腕と前腕のローラーが、心なしか回転を速めている。


「それがこのグランサビオ! 魔法戦特化!

 つまり魔法で戦うために作られた神機なら!

 それら全ての制約を無視して魔術で戦うことができるのだ!」

「な、んだって!?」


 ずるい!

 一真はそう思わずには居られなかった。


「そして私は一流の研究者にして一流の魔術師!

 私とグランサビオに敵う者がいようはずもないのだ!

 《はぜるひのや・むつがさね》」


 グランサビオの両手のひらに3つずつ、火球が生成される。


 魔術の同時使用、つまりは相当な高等技術。


 アテルスペスの脚が、一真の戦意に伴うかのように、後ろにずれた。


 魔術戦闘専用機、魔を従える偉大なる者、炎と闇を司りしは大賢者グランサビオ


 だが、それでも。


「俺は! 負けない!」


 一真は構えた。

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