02 VSセコンダリア:グランサビオ②


 6個の火球の内1つが放たれた。

 胴体ではなく脚を狙ったものだ。


 一真は落ち着いて軌道を読み、後ろに下がる。

 その行動を良しとしたのかグランサビオは火球を続けて放った。


 一真も後ろに下がった勢いのまま、バックステップを行う。

 防御のために障壁を貼れば、1つ2つは防げても6つは難しい。

 下がるしかなかった。


 まずは距離を取って相手をよく見る。

 自分に言い聞かせ、一真はいつでも魔術障壁を貼れる準備をした。


「うん、距離を取るしかない、というのは同意できるが、狙い通りさ」


 ディマオが言い、グランサビオは両手のひらを地面に向ける。


「《もえさかるだいち》」


 グランサビオの周囲を囲むように地を這う炎が広がった。

 地表の土は赤熱して溶けて始めている。


「くっ!」

「見たところによると、その爆炎拳、というのがメインの攻撃手段だね。

 近寄らねば攻撃できないのだろう」


 アテルスペスがどれほどの熱に耐えられるのかは分からない。

 だが燃える大地に脚を踏み入れれば、機動力の低下は免れないだろう。


 空中を行く手段はある。

 魔術障壁を足場にすればいいだけだ。

 だが空中での急制動は難しいし、常に魔術障壁に立ち続けるほどの維持力は無い。

 空中で動きを止めたり、足場を出すのを止めれば狙い撃ちされる。


「万全を期すために、少し卑怯な手を使わせて貰う。

 グランサビオが記憶する異界の魔術。

 その中にはこんなものがある。【カーラゴースの貪る集い】」


 グランサビオがアテルスペスに右手の平を向ける。

 その中心からぽつり、ぽつりと黒い点が出現し、その数を急激に増した。

 増える勢いのまま、黒い点の群れがアテルスペスに襲いかかる。


 速度は遅い。

 アテルスペスが体を左右に振れば黒い点の群れも釣られて動く。

 相手を追尾するようだ。


 避けるには大きく速く避ける必要がある。

 グランサビオを注視したままでは避けきれないかも知れない。

 黒い点の群れを見ていてはグランサビオから目を離すことになる。


「《はばむかべ》」


 防いでみてからでも遅くはないと、一真は障壁を出した。


 黒い点が障壁に触れる。

 点が顎を開き、群れが障壁の有る場所に入った。

 障壁が、侵食されていく。


「なっ!」

「魔を侵し破り蹂躙する。

 闇に潜む蟲を作り出して敵を蝕む闇の魔術だ。

 魔術による防御は無駄だと思っていただきたい」


「《はぜるひのや》!」


 後ろに下がりながら、一真は蟲が破壊しつつある障壁に向けて魔術を放った。

 虫の群れなら散らせば良い、と。


 その目論見は外れた。

 鋭い痛みが一真の指に走る。


「いっつ!」


 指先の痛みを受けて一真はモニタ越しにアテルスペスの指をみた。

 黒い点が牙を生やしてアテルスペスの指に噛みついている。

 爆炎の中から蟲が飛び出し、アテルスペスの指先に噛みついたのだ。


 ダメージ感知としてアテルスペスの損傷は一真にも伝わってしまう。


 正面を向けば爆炎は消え、虫食いの障壁とアテルスペスに向かおうとする虫の群れ。


「な、なんだああああ!」


 一真は慌てて横に飛び退いた。

 黒い点の群れが直後アテルスペスが居た所を通りすぎる。


 追尾性能はそこまで高くないし、速度も遅い。

 だが防御は難しく、数を出されては厄介だ。


「む、前に出るだけか」


 抑えられたディマオの声が一真に届く。


「え?」


 思わず声を漏らし、一真は思考を巡らせた。

 ディマオは使った魔術の性能を熟知していないのではないか。


 今の攻撃は、グランサビオが持っていたものだ。

 他に何種類もあって、これを使ったのは今が初めてなのでは。


 思索を深く没頭しそうになり、一真は頭を振って前を見る。

 考えこんで戦いに負けては意味が無い。


 一真はひとまず横にもう一度ステップを踏み、グランサビオとその周辺を見る。


 燃えさかっている地面の中央にたった、黒い人型。

 二の腕と前腕がほの光るローラーの様なものになっている。


「ん?」


 光っている。

 人型のグランサビオの、ローラーの部分だけが、微かに光っているのだ。


「では次の魔術を披露しようか。

 【ナックスホロウの求める者たち】」


 ローラーがより強く光った。

 続けてグランサビオの周囲に闇の霧を固めたような黒い塊が4つ出現する。

 それぞれの塊には白い点が、まるで目のように配置されていた。


 あのローラーは魔術を補助するものなのか、と一真はあたりをつける。

 急所を狙えなくても、4つのローラーの内1つでも破壊出来れば。


「記述によれば、敵意に反応して自ずから動き出し、その身をぶつけて敵を討つとのことだが、なるほどこういうことか」


 ディマオが喋っている内に黒い塊が動き出す。

 アテルスペスに向けて尾を引くように確実に。

 速くは無いがゆっくりもしていられない。

 一真は右に一歩、二歩と歩いた。

 グランサビオの魔術はアテルスペスを追うように向きを変える。


「ほほう、名の通り、なのだろうか」


 ディマオが興味深そうに言った。


 他に攻撃をしないのは観察したいからか。

 飛べないアテルスペスには燃えさかる大地を超えられないと踏んでいるのか。


 舐められたものだ。

 だが一真は少しだけ、安堵した。

 対処の猶予をくれるのはありがたい。

 迫り来る黒い塊たちから離れるように、二度右に飛び退いた。

 見ていると、黒い塊はやはりアテルスペスを認識して追いすがろうとしてる。

 どこまで追うのか、試すつもりは無い。


 一真は覚悟を決め、黒い塊に向けて走りだす。

 敵の魔術にぶつかる直前、少しだけ方向転換。

 黒い塊の左側を、グランサビオから奥側を走り抜けた。


 そのまま10歩ほど走り、後ろを見れば黒い塊は曲がりきれていない。

 半分は地面にぶつかり破壊と黒い痕跡を残して消えている。

 残りが追いかけてくるのに少し猶予があるだろうか。

 一真は攻撃が来ないか警戒しようとグランサビオに視線を向ける。


 それから、グランサビオは足踏みをしてアテルスペスに正面を向けた。


「流石にここまで勝ち抜いてきただけある。手は抜けないようだな」


 グランサビオのローラーが光りを強める。


 だが一真は内心、喜びを抑えられない。

 推測段階だが、一真は1つ、勝機を見つけたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る