15 VSティルド:GFハルファス モードC①


 3戦目の当日朝。

 神前戦儀控え施設1階中央の談話室。

 一真はそこに居た。


 朝食は個室内で食べた。

 温める必要が無いパンのような食べ物を教えて貰い、それを持ち出していたのだ。

 こうして個室で食事を摂る奏者は多いらしいと、ゼランには聞いていた。


 複合魔法や他にも戦い方の訓練を施設外でするために、一真は時間を切り詰めたのだ。


 だが戦う日の朝、一真は談話室に入り、円周状のソファに座っている。

 周りには誰も居ない。

 腕を組み、うつむき加減に、じっとしている。


 視線の先は床に描かれた3つの表のうち1つ。

 ゼクセリア、ニーネ、ウェルプト、そしてティルドの組み合わせ表だ。


 一真はこの表を見るため、ここに居る。


 勝ち点はそれぞれ、


 ウェルプト3

 ゼクセリア3

 ニーネ2

 ティルド0


 となっている。

 一真が今日勝てば、本戦進出は決定的な物になるのだ。


 複合魔法はまだ少し自信が無い。

 他の戦い方は、できるようになった、と一真は思う。


 武装はない。

 だが勝てる。

 勝つための手段は用意した。

 楽観は出来ないが、悲観をするつもりもない。

 今までの戦いと、次への不安が、ぐるぐると一真の頭の中を去来していた。


 他の表に目をやれば、新たに数字が増えているものもある。

 一真がここで思い悩んでいるうちに、すでに戦闘が終わっていた組み合わせだ。


 ただ座っていても無為な時間を過ごすだけ。

 体力の消耗を抑えて戦儀に備えるのがいいかと、一真は立ち上がる。

 広いこの部屋より、個室の方が狭くて落ち着くだろうという考えだ。


 円周に配置されたソファの切れ目に行こうと体の向きを変える。

 ちょうどその時、壁に並ぶ扉のうち1つが開いた。


 一人の少女が部屋に入ってくる。

 ウェーブがかった豊かな黒髪が目を引く、少女だ。

 よく櫛で梳かれたような艶があり、星が輝く夜空のようだと、一真は思った。

 薄いピンクに染められたドレスも光沢があり、相当に上等な生地を使っているのだろう。


「おまん、こン所で何しっちゃね」


 この口調で、一真は目の前の少女が知り合いだと気付いた。


 意思の強そうな目と白い肌はそのままに。

 鮮やかな紅を差した唇は塗れたように瑞々しく柔らかさを主張している。

 眉も整えられ、まつげも何か塗っているのかボリュームが増えていた。

 体は細く、触れれば崩れてしまいそうな華奢さが庇護欲をそそる。


 テレビでもそうそうお目にかかれない美少女だ。

 一真は美しさに磨きが掛かった少女に驚きながらも、名を呼ぶ。


「へ、ヘマか?」


 出た声は上ずっていた。


「そがな声ン震わっち、見違っちゃか?

 戦儀に着飾ンくらい、すっちね」


 ヘマは唇を歪め、楽しげに言う。


「こン服、きつぅてエラいさが。

 んだも、戦儀は正装じゃ。あん古着ば――」


 二人の脳裏に閃く物があった。


 ヘマと一真は互いに見合わせ、頷き合う。


「あー、うん」

「またな」

「んだら、わっとぅよ」


 ヘマは振り返り、一真はゼクセリアの通路に向かった。


 神によるものか、一真には分からない。

 だが、この感覚が戦儀を始める合図だというのは、分かっている。


 戦いの時が、来たのだ。



*********



 アテルスペスに乗り込み、光に包まれる。


 光が晴れたとき、そこは3度目の戦場だった。


 目の前には大きなシルエットの灰色の神機。

 ヘマが乗っている神機だ。

 一真は確信を持ってそう思った。


 何を言おうか迷っている一真に、ヘマの声が届く。


「カズマ、もっぺん言うき。あだしが、勝つ!」

「分かってる。俺だって、勝つ」


 会話はそれで終わりだ。

 一真にはそんな予感があった。


 事実一真は何も言わず、ヘマも何も言ってこない。

 ただ、開戦の合図を待った。


 ヘマの神機はよくよく見れば、鉄の板で出来たマントを纏っているような見た目だ。

 大きな装甲版を幾つかの可動部で曲げて、背中から前面までを覆うように。

 装甲版には薄く小さい箱のような物がびっしりと取り付けられていた。

 装甲版の切れ目からは腕を出している。

 その両腕に銃身を6本束ねたガトリング砲を更に3つ束ねた物をそれぞれ持っていた。


 一真は顔をしかめる。

 アテルスペス経由で表情が伝わらないのはありがたかった。


 ヘマの神機は見るからに射撃に特化している。

 動きは重そうに見えるが油断したら蜂の巣になるのは間違いない。

 大きく避けて、肉薄し、攻撃する。

 言葉にすれば単純だが、難しいだろう。

 だが、せねばならない。


 一真は始めるまでの短い間、観察を続けた。

 何をするか、どういう武装を持っているのか。

 見極めようとした。


 2機の間に緑色の光球が発生する。


「来たな」

「んだな」


 光球が消えて、現れる。


 二人の間に会話はない。


 消えて、現れる。


 アテルスペスは身をかがめ/ヘマの神機は両腕の武器を持ち上げ、向ける。


 一真も、ヘマも、初手は決めた。


「アテルスペス」/「ハルファス!!」


 光球が消えて、赤い光球が灯り、「0」を残して消える。


「りゃっ!」/「くだけぇえええええ!!」


 開戦と同時に一真はアテルスペスを横に飛び退かした。

 直後空気をメチャクチャに引き裂く音が通過する。


 土煙がアテルスペスが居たところから少し後ろから後ろに向けて立ち上っていた。

 そこにあったはずの木々を粉に変えている。

 大量の銃弾が通過したのだ。


 一真はソレを確認し、魔術を使う。


「《はじくかべ》」

「だぁああらああ!!」


 弾力のある壁を足元に発生させ、脚を乗せてジャンプした。

 一瞬で高く舞い上がったアテルスペスの眼下を鉛の颶風が吹きすさんだ。

 ヘマの神機が3連装ガトリング砲を動かし、大量の銃弾で空間を薙ぎ払ったのだ。


「逃が、っすかぁ!」


 ヘマの神機が纏う装甲版の隙間から筒が生える。


「《はじくかべ》!」


 一真は空中で魔術の壁を蹴って回避行動。

 直後ヘマの神機が出した筒から砲弾が飛び出した。


 避けるアテルスペスを追い詰めるようにヘマの神機の武器が動いた。

 両腕や装甲の隙間から出したキャノン砲が退路を塞ぐように多方向から射線が狭まる。


「《はじくかべ》《はじくかべ》《はじくかべ》」


 射線をくぐるようにアテルスペスは空中を跳ねた。


 ヘマの神機は、武器しか動かさない。


 予想通りだ、と一真は思った。

 シルエットや武器の種類、数から、ヘマの神機は重量級だ。

 動きも速くない。

 しっかり構え、武器の反動を耐えながら大量の銃弾をバラ撒く。

 そういう神機なのだろう。


 アテルスペスはヘマの神機の頭上を飛び越えるように跳ね、背後に着地した。


「まずは動き、《ちらすかべ》《つらぬくいかづち》!」


 右腕の先に金に輝く光球を発生させる。

 電撃で動きを止める狙いだ。


 ヘマの神機は後ろを振り返ろうとしているが、遅い。

 背後には武器もない。


 終わりだ、と一真は右腕を突き出し――


「ぐぁっ!」


 爆発した、と感じた。


 ヘマの神機から凄まじい爆音が鳴り響き、アテルスペスは後ろに吹き飛ばされたのだ。


「な、なんだ!?」


 2,3回転がって立ち上がり、一真はヘマの神機に目を向ける。


 ヘマの神機は体をアテルスペスに向け終わり、背中から煙が立ち上がっていた。


「あだしのハルファスに、死角なんなか!」


 武器はなかった。

 一真はしっかりとヘマの神機、ハルファスの背後に回って見たのだ。

 あったのは正面にもあった装甲に着いた箱ぐらい。

 だからないはず、という一真の思考は間違っていた。

 そのことに気付き、自分の油断に一真は愕然とする。


「まさか」

「そんまさかやき」


 ヘマはハルファスの両腕を開き、自身の装甲版を一真に見せつけた。


「この鎧の箱ぜんぶ、銃じゃ!」


 銃とはつまり、弾丸を発射する装置。

 長い銃身は極論、発射するだけなら必要が無い。

 だから箱に銃弾を詰め、ただ撃てば、大量の銃弾が出る。


「そういう、ことか」


 一真は歯を食いしばり、声を漏らした。


 装甲版に付けた箱、全てが弾丸を発射する装置なのだ。

 つまり、ハルファスは全身に銃を付け、自在に全方向に銃弾を発射する。


 超多連装超多銃身。破壊の嵐を撒き散らす鉄の要塞。無尽射線の弾丸台風。


「これが、ティルドの、いやあだしの神機! ハルファス!!」


 戦闘はまだ始まったばかりだった。

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