14 俺の色


 ヘマが食事を急ぎすませた後。

 一真は温め直しを行った。

 脂が多く、少し冷めた状態だとあまり美味しくないからだ。


 食事を仕切り直し、スクスを口に含む。

 とても熱い。

 この状態だと酸味とスクス自体の甘みで脂っこさが気にならない。

 それが一真にはとても不思議だ。


 一真が食事を摂っていると、食堂の入り口が開いた。


 この深夜と言ってもいいほどの夜半に珍しいと、一真は入り口に目を向ける。


 入って来たの白地に青い袖のスカジャンを着た、ジーンズの男性だった。


 思わぬ元の世界由来の品に、一真はつい顔を上げてしまう。


 男性の髪は肩口まである長髪で、耳当たりの高さまで黒でその先が金染めだった。

 ブリーチが効いて細く荒れがちになった毛先と、黒く真っ直ぐな部分が半々ぐらいか。

 肌の色から恐らく日本人で年齢は一真と同じく、二十代前半くらいだろうか。

 青年、と呼べる見た目だ。


 青年が歩いて食料棚へ向かうのを、一真は追ってしまった。

 希人だろうか。希人でなければあのような光沢のある化製らしき服は着ないだろう。


「んぁ? なんすかって、あんた」


 青年が一真の視線に気付き、視線を向ける。


「まさか希人、って奴か?」


 青年が目を見開いて一真を人差し指で指してきた。


「あ、あぁ。てことは君も」


 一真はスプーンを降ろして立ち上がる。


「ま、希人ならコレが何か分かるんか!?」


 青年が背を向けた。

 背には昇り龍の刺繍。

 赤く、要所要所に金糸を使った見事な昇り龍だ。

 三本爪で金色の珠を鷲づかみにしていた。


「かっこいい龍だな!」


 一真は心から称賛する。

 幼少時からあまり触れることは出来なかったが、一真は龍が好きだった。


「おぉおおおお!!

 分かってくれますか!

 こっちの世界の連中、みんな変な蛇だっつって分かってくれないんだよなぁ!!」


 翼のある蛇も、炎のなかで平気な蛇も、一真は見たことがある。

 そんな世界では体の長い龍は想像されなかったのだろうと、かねてより思っていた。


「分かる分かる。

 こっちの動物デザイン抽象化が強くてね。

 和風のこんな感じはないんだよなぁ!」


 デフォルメの効いた、多少写実的な日本画風のデザインが一真は大好きだ。


「家には虎とか富士山とかあったけど、コレが一番のオキニでさ。

 こいつをこっちに持って来れて、あの時の俺を褒めたいくらいさ」


 青年が振り返って腕を組む。

 スカジャンは前を開けられており、中は真っ赤なTシャツだった。


「へえ!

 いいなあ。

 俺、そういうの好きなんだけど、良い奴は高くてさぁ。

 父さんの手前、あんまり高いのは買えなくて」


 父親と買いに行くと、長持ちして値段が安く、無難なデザインになることが多かった。

 不満ではあったが父親の事情や家計も考えると何も言えず、いつも我慢していたのだ。


 父親に恩返しをし、それなりに自分が好きな服も買えるという、矢先のことだった。


 一真は思い出しそうになって、考えを振り払う。

 今はやるべき事があるし、これからのこともある。


「ああ、そりゃ残念で。いやぁまさか俺以外の希人にであえるなんてなぁ」


 朗らかに笑いながら青年が腕を広げて近づく。一真も同様にした。


 2人は同時に右手を差し出し、握り合った。


「俺、フィルスタの奏者、レイギって名乗ってる。そっちは」

「ゼクセリアの金城一真。よろしく」


 一真の自己紹介と同時、上下に振られる手が止まった。


「金城?」

「ああ。金城だけど」

「いや、聞いたことがある名前だったもんで」


 あぁ、と一真は思い当たった。

 珍しい苗字ではないだろうが、一真には心当たりがあった。

 それなりに名が売れた金城性の人物が、身内にいるからだ。

 いや、いた、か。


「たぶん、父さんを知ってるからじゃないかな。それなりに有名な格闘家だったから」


 総合格闘儀で、テレビにも出たことがあったはず。

 一真も父をテレビ越しに見たことがあった。


「格闘家って、まさか金城剛史、か?」

「うん。その息子」


 2人は手を離す。

 青年の長い前髪が目元を隠していた。


「金城、剛史の息子。そうか。そういうことか」

「うん?」


 レイギの様子が妙な事に、一真は気付く。

 微かに震えているような。

 そして呼吸も心なしか荒い。


「はは、そういうことか」


 レイギが言葉を漏らした。


「ははは!」


 どこか乾いた笑い声を上げながら、レイギは後ろに下がった。


「なあ一真よ。上に上がって来いよ。思いっきりヤろうぜ!」


 そのまま振り返ると、レイギは歩いて去ろうとする。


「あっ、おい!」


 一真は昇り龍を担ぐ背に声を掛けた。

 彼、レイギは食事に来たはずだ。

 まだ何も食べていない。

 が、レイギはそのまま去って行く。

 特に追いかける理由もなく、一真はレイギがドアから出るのを目で追った。


「なんだよ、もう」


 不思議に思いながら、一真は食事の事を思い出す。


「あっ」


 慌ててスクスに駆け寄ると、まだ暖かく美味しくいただけそうだ。


 一真は胸をなで下ろした。

 二度ならともかく、三度も温め直しはしたくない。


 椅子に座り、一真は食事を再開した。

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