レジーナ編「砂塵に散った想い」 第21話

 捕らえた捕虜達を唯一門の残る東の区画に収容し、本格的にこちらの怪我人の治療に当たる。わざと罠に飛び込んだ分こちらの被害も流石に少なくはなく、ヒーリングの治療だけでは怪我が治りきらない者も多く出す事になった。


「はあ……情けねえ。またベッドの上で過ごす事になるとは」


 上半身に包帯を巻かれベッドに横たわりながら、サークが深く溜息を吐く。火傷は塞がったのだが皮膚がまだ再生したばかりの為、サークはこうして安静にしている事を余儀なくされていた。

 サークが深い怪我をする事は、実は案外少なくない。本人の技量は間違いなく高いし数人を相手に余裕で切り結ぶ事も出来るが、その時近くにいる誰かを庇っていつもこうして怪我をしてしまうのだ。

 ――いつか。いつかこいつは私の知らない所で、こんな風に誰かを庇って死ぬのではないか。そんな不安が、唐突に私の心を支配した。

 会えないまでも、生きているならいい。けれど。けれどもしどこかでサークが死んで、それをずっと知る事すら出来なかったら――。


「……なあ、サーク」


 そう思うと、もう言わずにはいられなかった。ずっと秘めてきた胸の内を。


「ん? どうしたよ、そんな真剣な顔して」

「サーク、私と共に来ないか?」

「え?」


 サークの目が、驚いたように私を見る。私は心臓が爆発しそうになるのを堪えながら、更に言葉を続けた。


「私の往こうとしている道は、確かに困難な道だ。だが……もし側にお前がいて、私を支えてくれたなら……世界から戦争を無くす事だって、出来るんじゃないかと思うんだ」

「……」


 私の目を見つめながら、しかしサークは何も言わない。その事に、私の緊張はますます高まっていく。


「どうだ、サーク? 私と同じ道を、共に歩いてはくれないか……?」


 ……言い切った。好きだとかそういった事はとても口に出せない私に出来る、精一杯の告白。

 それ以上はサークを見れなくて、思わず俯いてしまう。頬が赤くなるのを感じながら、辺りを包む沈黙が酷く居心地の悪いものに思えた。


「……レジーナ」


 サークの声が、私の名を呼ぶ。その声にびくりと肩を震わせながら、私は恐る恐るサークの顔を見る。

 瞬間、私は悟る。私の想いは、実らないのだという事を。


 サークは、どこか困ったような目で悲しそうに笑っていた。


「――悪い。俺は、お前と一緒には行けない」


 形の良い唇が、断りの言葉を紡ぐ。私は涙を堪える為に、ぐっと唇を噛み締めた。


「お前が悪い訳じゃない。少し年はいっちまってるが、お前は十分いい女だ。だからこそ、こんな根無し草の俺なんかにゃ勿体無いよ。それに――お前のでかい理想を背負うにゃ、俺の背中は小さすぎる」


 ああ、解っていた筈なのに。何よりも自由を愛するこの男を、縛り付ける事など出来ないと。それなのに――ほんの一瞬、淡い夢を見てしまったなんて。


「そうか……残念だ」


 やっとの思いで、それだけを絞り出す。恋に破れて泣くだなんて、そんなみっともない真似は――惚れた男の前では、死んでもしたくなかった。


「今の話で決めた。ルリアの件が片付いたら、俺は西のラド大陸に渡るよ。俺がいつまでもこの大陸にいたら、逆にお前を惑わせるかもしれない」

「……そうか」

「頼むからそんな顔をしないでくれよ。逃がした魚はでかかったって、将来俺がそう思うくらいのいい女にお前がなるのをこっちは期待してるんだからさ」


 解っている。これはサークなりの激励だ。ならば私も、それに応えないといけない。


 それが、私が愛した男にしてやれる、ただ唯一の事だから。


「……そう……だな。その頃には、私にも他にいい男が出来ているかもしれないな」

「お、言うねえ。俺以上の男がいるかな? なーんてな」

「人をふっておいて言うかそれを? こうなったら意地でも見つけてやる」

「ははっ、元気が戻ってきたな」


 私が笑うと、サークもまた笑う。その笑みは、何だか安堵に満ちている気がした。

 ……全く。ふった相手の心配とは、敵にはあんなにも非情な癖に味方相手になると大概お人好しだ。だからこそ、私も惹かれたのだろうが……。


「そういえばサーク、何故あのタイミングであそこにいた? お前は奴らの後方を攻めているとばかり思っていたが」


 ふと私は、気になった事を聞いてみた。サークのお陰で助かったのは確かだが、まさかサークが近くに来ていたなんて思いもしなかった。


「あー……実は俺も、敵将を探してたんだ。後方の指揮をアントニーや、信頼出来る奴に任せてな。そしたら大慌てで逃げてくる奴らがいたから、その逃げてきた先に行ってみたら案の定お前が先にいた、って訳だ」

「考える事は一緒だったという訳か」

「敵の頭を潰せ、ってのは集団戦じゃ定石だからな。まさか玉を隠し持ってるとは俺も思ってなかったが」


 という事は、サークが先に着いていたら私を庇った怪我程度では済まなかったかもしれないという事か。サークに怪我をさせた罪悪感は消えないとは言え、私はこの偶然に感謝した。


「……さて、これで後は待つだけだ。向こうが上手くいってくれるといいが」

「そうだな。カスター兵がまた国境を越えてくるまでが勝負だ」


 私達は真剣な表情になり、顔を見合わせる。投降してきた兵達からの情報では、かなり芽はあると見ているが……。


「成功するにせよしないにせよ、敵の動向はよく探っておかねば。何しろ四つの門のうち三つを破壊してしまったのだからな」

「違いねえ。見通しは良くなったけどな」

「冗談を言っている場合か」


 サークと二人いつものような会話を交わしながら、私はもう近くなったのかもしれない、サークとの別れの日の事を思った。



 果たして、戦の行方はこちらの思い通りに運ぶ事となった。

 シノンに逗留して、七日ほどが過ぎたころ。カスター王家の紋章の描かれた旗を掲げた最低限の武装をしたのみの少数の兵達が、シノンへとやって来た。

 彼らはカスター王家からの使者だと名乗り、戦う意思はないと言ってきた。私達は彼らから武器を取り上げ、私とサークが念の為護衛に付いた上で代表をニンバス将軍に目通りさせる事にした。

 カスター軍所属のボア将軍と名乗った代表は、ニンバス将軍にルリアとカスター間の戦争の停戦を申し出てきた。聞けば今カスター国内は長年の戦争で経済が破綻寸前で、しかも貧しさに耐えかねた民衆が各地で蜂起し最早ルリアとの戦争どころではないのだという。

 それを聞いて、私は上手くいったと内心ほくそ笑んだ。無論、カスターの民衆が蜂起するよう仕組んだのは私とサークだ。

 からくりはこうだ。まずこちらの冒険者にカスター兵の着ていた武装をさせ、退却していく兵達の中に紛れ込ませる。彼らは物資調達役に成り済まし、カスター国内へと潜り込む。

 後は時間をかけてカスターの民衆に反戦感情を植え付け、私達がルリアの領土を総て取り返したら民衆を扇動し蜂起させる……と、こういう訳だ。完全に上手くいく保証はなかったが、このまま延々と戦を続けるくらいならやってみるべきだとサークと意見が一致し、実行するに至った。

 そもそもルリア側は、ここまで来たからといってカスター国内まで兵を進める必要はないのだ。ルリアは侵略された立場であり、己の国土を守り切れれば勝ちなのだから。

 今の代のルリア王に野心はなく、平和を重んずる人物だという。ならばカスター側が停戦をしたいと言うのなら、それを受け入れるだろうというのが私達の策だった。

 ニンバス将軍側もカスター憎しと言えど、自分の領地を総て取り戻した今これ以上の進軍は望んでいないようだった。そして悩んだ末、私とサークをシノンに残しボア将軍達を連れて王のいる王都アンデルスへと引き返していった。

 それから一月は、何もない穏やかな日々が続いた。こんなに何もない日々が続くのはこの三年間、いや私が傭兵を始めてから初めての事だった。

 そうして今が戦争の真っ最中である事を忘れそうなくらいの日々が過ぎた頃、カスターへの返答を携えた別の将軍の一団がニンバス将軍と共に現れたのだった。

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