レジーナ編「砂塵に散った想い」 第19話

「あれが国境に繋がる町、北の玄関口シノンか」


 遠目に見える荒野の向こうを見ながら、サークが呟く。国土の半分以上が砂漠のルリアだが、カスターとの国境近くは砂漠ではなく固い大地になっていた。


「長かった……遂に我が領地、総て取り戻す事が出来る」


 その横にいるニンバス将軍が、感慨深げにシノンの姿を見つめる。あれからニンバス将軍はこちらに嫌がらせのような真似をしてくる事もなくなり、少なくとも表向きは私達と真面目に意見を交わし合うようになった。


「さて問題はあそこをどう攻めるかだな。やっこさんもここが最後の拠点だ、何が何でも守り通そうとしてくるだろうな」

「ああ。統率が乱れてきているとは言え戦力で言えばまだまだあちらが上だ。アントニー、お前はどう思う?」


 私は後ろを振り返り、すぐ背後につけているアントニーを振り返る。もう三年間も砂漠の太陽に焼かれているというのに、その不健康そうな青白い顔は未だに変わる事がない。


「そ、そうですね……シノンには東西南北、総ての方向に門があるんでしたよね。なら……分散して攻めるよりは、どこか一点を集中攻撃して短期決戦を狙うのがい、いいんじゃないかと」

「成る程、敵が戦力を分散させているのを逆手に取る訳か。どうだ、将軍?」

「ふむ、悪くない手だ。問題は他の方角の兵をどうするかだが」


 顎を擦りながら、ニンバス将軍が私とサークを交互に見遣る。……出た。何とかしてくれという、将軍からの暗黙のサインだ。

 コレアロを落として以来、どうも将軍は困ったら私達を使おうと思っている節がある。先程表向きは、と付けた理由はこれだ。

 仕方なく、少し考えてから私が口を開く。大勢を動かす指標を示すのは、サークよりも私の方が向いていた。


「……他の方角に救援を要請したとしても、この町はかなり広いと聞く。合流には、それだけ時間がかかるだろう。残り総ての方角の兵が合流してしまう前に、どこかもう一方の方角も叩き潰すべきだと考える」

「ふむ。どれだけ早く、最初の方角を突破出来るかにかかっているという訳だな」


 納得したように将軍が頷き、それからまた私達を見る。……今度はどの方角を攻めるか決めろ、というところか。


「そうだな、南は当然最も警戒されてる。その次にあちらさんが怖いのは退路を断たれる事だろうから、北も重要視されてると見ていいな。となると東か西……」


 今度はサークが、シノンより視線を外さずに答える。敵の動きの予測を立てるのは、私よりもサークの方が長けていた。


「二択か。となると、あれ・・の出番か」

「だな」


 私の言葉に応え、サークが懐から硬貨を取り出す。二つの中から一つを決めなければならない時は、こうして硬貨で決めるのがすっかり習慣になってしまった。


「表なら東、裏なら西」


 サークの指に弾かれた硬貨が宙を舞い、次の瞬間にはサークの掌に押さえ込まれる。手の甲の上で動きを止めた硬貨は、表を上にしていた。


「決まりだな。東を攻める。いいかい、将軍様?」

「う、うむ。運任せというのは少し気になるが……全軍、一旦シノンより距離を離し東へ迂回せよ! カスター軍に東を狙っている事を気付かせるな!」


 ニンバス将軍の号令に従い、全軍が移動を開始する。その最中、私はひっそりとサークの側に寄った。


「――いよいよだな。ルリアの国土からカスター軍を追い払えば、やっとあの手・・・が使える」

「ああ。そうすればやっとこの戦争も終わる。また自由に、旅が出来るようになるって訳だ」


 そう嬉しそうに笑うサークを、複雑な思いで見つめる。この三年の間に、私は自分の気持ちを嫌でも自覚していた。

 私は――サークを好いている。仲間としてではなく、一人の異性として――。

 誰かをそんな風に意識するなんて、初めての経験だった。メレドに住んでいた頃の周りの男達は皆どこか頼りなかったし、傭兵を始めてからは男など総て自分のライバルだった。

 サークにはまだ、この気持ちを伝えていない。戦の最中にそんな浮かれた真似は出来なかったし、それ以上に自分の思いをどう伝えればいいのか解らなかった。

 私に出来たのは、ただ――この気持ちを悟られないようにしながら、気のおけない戦友として振る舞い続ける事だけだった。


「お前は、この戦争が終わったらどうするんだ? まだ傭兵を続けるのか?」

「ああ。だが死に場所を求めて戦うのではない。戦で命を落とす冒険者、他国の侵略に蹂躙される力無き民。そういった者達を一人でも多く救う為に、戦おうと思っている」


 これもこの三年の間に決めていた。私に出来る、新しい妹への償いの形。

 この三年間、冒険者達はじわりじわりとその数を減らし続けていた。そして解放したコレアロ以外の町に、生存者がいる事はなかった。

 そうやって死んでいく者を、私は一人でも減らしたい。自由に生きたい者が、戦う力のない者が真っ先に犠牲になる。そんな事はあってはならない。

 そんな風に思えるようになったのも、あの日サークが私に道を示してくれたからだ。サークの言葉がなかったら、私は今も死ぬ事しか考えていなかっただろう。

 だからこそ、サークに余計に執着してしまうのかもしれない。私の生き方を変えてくれたこの男に。


「そうか。困難な道を往くな」

「これぐらいせねば償いとは言えんさ。そういうお前はどうするんだ?」

「まだ決めてねえな。この大陸に留まるか、それとも別の大陸に行くか……」


 その言葉に、また胸が痛くなる。もしサークが別の大陸へ行ってしまえば……サークとは、二度と会えなくなるかもしれない。

 沸き上がる感傷を表に出さないよう、懸命に堪える。今は大事な戦の直前。私の個人的な感情で、サークを惑わせる訳にはいかない。


「まあ、じっくり決めるさ。まだ戦争は終わってねえしな」

「……そうだな。まずは、このシノンを解放してからだ」

「ああ」


 サークに頷き返し、シノンのある方角を見つめる。仕込み・・・は既に終わっている。後はこの国から、カスター軍を追い払うだけだ。

 その日が来て欲しいのか、来て欲しくないのか――自分で自分の気持ちが解らないまま、私達の最後の戦いが始まろうとしていた。

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