レジーナ編「砂塵に散った想い」 第18話

 門が開かれたとの報告を受け、私は集まった僧侶達にサークの面倒を任せて再び外に出た。外には冒険者達だけではなく、門の外に避難させた女達も集まってきていた。


「……終わったのね……本当に……」


 冒険者達に背負われた、女の一人が言う。声の感じからしてそれは、救出時サークと会話していた女で間違いなかった。


「降ろして。あたし達を。……あいつらの側に」


 女がそう懇願し、他の女達も小さく頷く。……何をする気かは想像は付くが、私にはそれを止める気も権利もない。


「降ろしてやれ。……ナイフか何かあれば、それを持たせてな」

「は、はい!」

「……ありがとう。あたし達の気持ち、解ってくれてるのね」


 私の命に従い、女達を背負っていた者が次々と転がるカスター兵の死体の側に女達を降ろし、別の者がその手にナイフを握らせる。女達は血管の浮いた両の掌でナイフをしっかりと握ると、感情の見えない瞳で死体を見下ろした。


「……ろ」


 ずっと私達と話をしていた女達の代表とおぼしき女が、ぽつりと何かを呟く。直後、表情のなかった顔がみるみるうちに鬼の形相に変わっていった。


「ざまあみろ! これが! あたしの娘を殺した報いだ! あははははっ!!」


 狂ったような嗤い声を上げながら、何度も死体にナイフを突き刺す女達。その狂気の光景に、周りの冒険者達が息を飲む音が聞こえた気がした。

 ――戦争は、人を狂わせる。例え生き残ったとしても、負った心の傷は決して癒えはしない――。

 女達はその腕が動かなくなるまで、死体にナイフを刺し続けた。その瞳からは、いつしか涙が溢れ出ていた。


「あはは、あは……お前らなんて、地獄に落ちればいい……」


 嗤い声はやがて涙声に変わり、力尽きた腕がだらりと垂れ下がる。それを確認すると、私ははだけた外套を女達の体に掛け直してやった。


「……コレアロの男達がどうなったのか知っているか?」


 女達の息が整うまで待ってから、私は疑問を口にした。女達と死体が収容されていたあの場所に、若い男の死体は見当たらなかった。

 私の疑問に、女達の代表がのろのろと顔を上げる。そして、掠れた力無い声で答えた。


「……働けそうな男達は全員、カスター国へ連れて行かれたわ……あたしの夫も……その後の事は解らない……」


 本国へ……という事は、労働力にでもするつもりか。前線の兵士達には性欲発散用に女を残し、力のある男は労働力として利用する……確かに合理的ではあるが、胸糞の悪くなる話だ。


「そうか、ありがとう。……あなた達には、一刻も早い治療が必要だ。下の者にフーリまで送らせる。誰か、フーリまで戻れる体力のある者はいるか?」

「なら俺が行くぜ。体力にゃ自信があるんだ、この人らを背負って砂漠を越えるくらい訳ないぜ」


 真っ先にそう言ったウォルターの他にも、二十人近い人数が女達の輸送に名乗り出てくれた。これなら交代で女達を背負えば、負担は軽減されるだろう。


「ありがとう、それでは彼女達を頼む。後は……アントニーはいるか?」

「は、はい!」


 私が名を呼ぶと、よたよたとした様子でアントニーが前に歩み出てきた。良かった、生きていてくれたか。


「な、何でしょうか?」

「お前を名代に任命する。今晩までにコレアロに応援の兵を寄越すよう、ニンバス将軍に伝えてくれ」

「ええ!?」


 アントニーが、驚き小さく後ずさる。まあ、いきなりこう言われたらこうなるのも無理はないか。


「な、何で僕ですか!? 他にもっと適任が……」

「これまでの働きを見て、お前が最も名代に相応しいと判断した。頭の回転もいいし、何より意外と度胸もある。あの腹黒とやり合うにはそれぐらいでなくてはな」

「え、ええー……」


 私がそう言うと、アントニーはいつも以上に落ち着かなげに辺りに視線をさ迷わせた。しかしやがて、観念したように大きく溜息を吐いた。


「う、うう……僕はあまり目立ちたくはないのに……でも解りました、行きます……」

「頼む。私はサークが動けるようになるまで、色々と動き回らねばならんからな」


 がくりと項垂れるアントニーの肩を軽く叩いて励まし、私は残りの冒険者達を見回す。徹夜の戦いの後で疲れているだろうが、彼らにもまだやって貰うべき事はある。


「ここに残る者は今夜に備え、戦の準備! カスター兵の持ち物で使えそうな物は、根こそぎ使え! それが終わったら交代で仮眠だ。寝不足で戦えないでは本末転倒だからな!」

「はい!」


 返事を返し、再び町中に散っていく冒険者達。その場に残った者達は改めて女達を背負い、出立の準備を始める。

 折角取り返したコレアロだ、上手く防衛出来ればいいが……。不安を胸に残しながら、私もまた役立つものがないか町中を漁る事にした。



 ニンバス将軍の反応は思いの外早く、余程急がせたのだろう、宵の口には正規兵の増援が到着した。コレアロの惨状が、彼の愛国心に火を点けたのかもしれない。

 サークもその頃には回復し、無事敵の増援を退けコレアロを守り切る事が出来た。コレアロにはそのまま民を戻さず、遺体を丁重に弔った後で前線基地として利用する事になった。

 ここまでは順調だった。しかしここから、カスター側も本気を出してきた。正規兵だけに戦線を任せるのを止め、傭兵を投入してきたのである。

 傭兵のやり方を一番知っているのは傭兵。今までのような物量に胡座あぐらを掻いた戦法ではなく如何に少人数で効率的に攻めるかという戦法に切り替わったカスター軍は、ぐっと攻めにくくなった。

 加えて進軍先が三つに増えたのも、ただでさえ劣る戦力を更に分散せざるを得ない要因となった。例えば北東のクラシスを攻めたとして、他の二つの町から向けられた兵にコレアロを落とされてはクラシスを落としたとしてもただ孤立するだけだ。

 それでも長い月日をかけて、我々は少しずつカスター軍を押し返していった。冒険者、正規兵共に戦いを重ねて練度が上がってきた事と、サークの策が活きルリア国内に自給自足が広まり始めた事が大きかった。

 逆に戦が長引くにつれ、旗色が悪くなってきたのがカスター軍だ。ただでさえ国の外に兵を出すというのは金がかかるもの、それがずっと続いているのだから。

 ルリア程度の小国などすぐに潰せるとタカを括っていたのだろう。戦争の費用が嵩み始め物資が前線まで行き届かなくなってきているのは、次第に精彩を欠いていく敵軍の動きを見れば明らかだった。

 更には情報提供を見返りに、こちらに投降する者まで現れ始めた。もっとも所詮その程度の兵、情報を得て最後の晩餐を食わせてやった後で速やかに処分させて貰ったが。

 そうして実に三年の月日が経過した頃、戦線は遂にルリアとカスターの国境近くまで移動した――。

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