レジーナ編「砂塵に散った想い」 第13話

 砂の中から顔を出すと、そこはサークの言っていた通りの静かな倉庫街だった。人の気配は感じられず、私達の侵入にカスター軍が気付いた様子はない。


「まずは住民の様子がどうなってるか確めるか。町の中心部に向かおう」


 サークの指示に従い、私達は壁を離れ、町の中心部を目指して移動を始める。通り道に兵士が巡回してはいないかとひやひやしたが、流石に門を通らずに侵入してくる者がいるとは向こうも思っていないらしい。町中の警備は、予想していたよりも手薄だった。

 倉庫街を抜けると、民家の立ち並ぶ住宅街に入った。しかし民家の殆どには灯りが灯っておらず、倉庫街同様シンと静まり返っている。


「静かだな……まさかここの住民はカスター兵に……?」

「確かめてみりゃ解るさ。まずは暗い家の中を覗いてみよう」


 サークがそう言って、一番近くにある家の窓を覗く。私もその向かい側にある家へと移動し、窓から中を覗き込んだ。

 家の中は酷く荒らされ、生活感など見る影もない。しかし血の臭いや死臭は漂って来ず、住民が連れ去られたか何かした後で荒らされた可能性が高い。


「中が荒らされているが、人が死んだ形跡はない。恐らくどこかに纏めて監禁されているな」

「こっちも同じだ。西に人の気配がなかった以上、可能性があるとすれば東か……」


 私が告げるとサークも首を振り、進行方向を見据える。端から端までの横断になってしまうが、一般人を見殺しにするのも気が引ける。


「少しだけある灯りの点いた家は何なんでしょう?」

「カスター兵が寝屋に利用している可能性が高いな。灯りにはなるべく近寄らない方が良さそうだ」


 サークの言葉に全員で頷き合い、私達は移動を再開する。町の中心部に近付くにつれ、灯りが灯っている家の数も多くなってきた。


「!!」


 不意に先頭を歩いていたサークが、すぐ側の民家の陰に身を隠す。私達もそれに倣い、咄嗟に一番近い路地に身を潜めた。

 そっと道の先を見遣るとカスター兵とおぼしき男達が二人、こちらに向けて歩いてくるのが見えた。男達は話に夢中なようで、こちらに気付く気配はない。


「……全く、本当にやってられないよなあ」


 やがて、男達の話し声がハッキリと聞こえるようになってくる。何か有力な情報は得られないかと、私は息を殺し話し声に耳を澄ませた。


「大体、今回は楽な戦だって話だったじゃないか。それがこんだけ兵を投入して町一つ落とせないなんて、話が違うのもいいとこだ」

「ルリアの奴ら、いつの間にか腕のいい傭兵を大量に雇ったみたいだからな。一体どこから掻き集めてきたのか……」


 成る程、カスター軍内部ではそういう話になっているのか。実際はサークだけがずば抜けて突出しているのだが、そう思われているのは逆に都合がいい。


「援軍はいつ来るんだっけ?」

「明日の晩ぐらいになるだろうってさ。そうしたらまたフーリ攻めだ」


 ……危なかった。コレアロ攻めを急いだサークの決断は、結果的に正しかったという事か。

 無事にコレアロを解放したら、すぐにフーリに戻りこちらも兵を要請せねばなるまい。あの将軍が大人しく兵を出してくれれば、の話ではあるが……。


「それにしても、そろそろここの女にも飽きてきたな。最近はろくに反応もしなくなってきたし」

「そりゃお前、ろくに飯もやらなきゃそうなるって。そのうち死ぬんじゃないか?」

「かもなあ。そうすりゃ東の見張りもしなくて良くなって楽になる。女とはヤれなくなるけどな」

「違いない! あははははっ!」


 ……不快な会話だ。戦場暮らしが長いとはいえ私とて女だ。同じ女が無惨な目に遭わされて、平気でいられる程冷血漢にはなれない。

 見れば他の者も全員、顔に不快感を露にしていた。その事に、何だか妙な安心感を覚える。ここにいる者は、まだ性根が腐ってはいないのだと。

 しかしここであの男達を不快感に任せて始末しても、状況が好転する訳ではないのは誰もが解っていた。それどころか無用の騒ぎを起こした事で、私達の侵入が露見する危険性すらある。

 だから私達は動かない。……今は、まだ。

 その後も下らない話をしながら男達は通り過ぎ、やがて見えなくなった。それを確認すると、私達は一度一ヶ所に集まる。


「あいつら、女達が死ねば東の警備がなくなると言っていたな。やはり住民は東に集められているのか」

「だがこの様子だと、何人がまともに逃げられるかってところだろうな。奴らの住民への待遇は、多分最悪と言っていい」

「これが戦争の現実……話には聞いていたとは言え……酷なものです」


 一人が漏らした呟きに、全員が静まり返る。そう……他国に侵略されるとは、こういう事なのだ。

 それまでの生活の全てを失い、奴隷同然の身に堕とされる。侵略する側にとって、侵略される側の人間は人間ではないのだ。

 ……あの子も、こんな目に遭っていたのだろうか。もう会う事の叶わない、私のたった一人の――。


「――ジーナ、おい、レジーナ!」


 強く肩を揺さぶられ、ハッと我に返る。目の前には、私を心配そうに見るサークの姿があった。

 ――しまった、私とした事が。作戦行動中に、物思いに耽るなど……。


「顔色が悪いぜ。……確かに女のあんたにゃ、余計に辛い話だったと思うが……」

「……大丈夫だ、問題ない。話を続けよう」


 サークはどこか納得いかなそうな顔をしていたが、それ以上を追及してくる事はなかった。代わりに一つ大きな溜息を吐いてから、話を再開させる。


「……多分住民達……どれだけが生き残ってるのか解らないが、そいつらには自分達だけの力で逃げ出す気力は残ってねえ。先に俺達の手で町の外に避難させて、待機させた方が良さそうだ」

「それは私も同感だ。加えて念の為に、前衛と後衛を合わせて二人つけておくのがいいと思う」

「だな。やってくれる奴はいるか?」

「それなら俺にやらせてくれ。住民達には絶対に指一本触れさせない!」

「私もやります! 元々謂われなき暴力に苦しむ人々を救う為に冒険者になったんです、こんなの……放っておけません!」


 周りを見回したサークに、二人の兵が直ぐ様手を上げ応えた。サークはそれに嬉しそうに頷くと、次の号令を発した。


「ならお前ら二人に任せる。いいか、どうやら事は一刻を争う。カスター兵共に見つからねえようにしながら、急いで住民のいる東の区画へ向かうぞ!」

「はい!」


 一刻も早く、コレアロの住民達を救う。その思いで心を一つにしながら、私達は夜の闇に紛れ更に先へと進んだ――。

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