残夏 ──zange──

朔(ついたち)

第1話 同級生の死

 命なんて案外あっけないもんだ。


 今週の火曜日、同じクラスの立花が死んだ。彼女は誰もいない放課後の夕方、学校の階段で足を滑らせて、踊り場で冷たくなっているところを警備員に発見されたらしい。

 その翌日から中間考査だった俺達クラスメイトは告別式には参列せず、代わりにテスト明けの今日、有志三名で彼女の家を訪れた。


 「もっと大勢に来てもらいたかったね」

 焼香の帰り道、生徒自治会の弓尾アケミが漏らした言葉に、俺とヒカルは思わず顔を見合わせる。

「体育祭近いしね……」

 ヒカルの言葉が言い訳めいて聞こえるのは、もしも学級委員でなかったら焼香に来ることはなかったと、彼女自身が自覚しているからかもしれない。俺も同じだ。ヒカルから誘われたのでなければ、学校から1時間半もかかる立花の家までわざわざ来ることはなかったろう。


 それにしても五月だと言うのにこの蒸し暑さ。ようやく辿り着いた駅前広場の温度計は三十三度を示している。駅ビルのショーウィンドウも夏服で華やぎ、夏の気分を先取りしていた。

 俺は青いサマードレスに、暑さでかすむ目を細めた。ヒカルにあの服を着せてみたい。焼けた素肌をギリギリまで露わにしたヒカルは、どんなに魅力的だろう?


 だが当のヒカルは、放課後デートを期待する俺に誘う隙も与えず、駅に着くなり「あたしはこっち」と、そそくさと改札口に消えて行った。当てが外れた俺は、仕方なく弓尾とバスロータリーに続く階段へと向かう。

 すると二人きりになるのを待っていたのか、彼女は

「谷崎が来てくれて、こずえもきっと喜んだと思うよ」

と、くだらないことを口にした。

「谷崎のこと好きだったからさ、こずえ」


 知ってたさ。

 立花が俺と同じクラスになれて狂喜したことも、席が近くて乱舞したことも、全部直接本人の口から聞いていたからな。だがそれがなんだっていうのか? 立花こずえはもう死んだ。俺は魂なんて信じないし、彼女が草葉の陰から俺の行動を見ているとも思わない。だから――。


 俺は無言のまま空を見た。

 こよみではまだ春だというのに太陽はギラギラと照り付け、気の早い積乱雲が空にぽっかりと浮かんでいる。


 王子駅でバスを降り早稲田行きの路面電車に乗り換えた時、俺は奇妙な既視感に襲われた。出口付近に立っている背の高い女性――彼女が着ている青いチェックのワンピースには見覚えがあるような気がしたからだ。

 俺は肘で弓尾を小突いた。

「あの服って、さっきのマネキンと同じじゃねーの?」

 俺があごで示した先に、弓尾は面倒臭そうに視線を向ける。

「そうだっけ?」

 うん、間違いない。オフショルダーに腰のリボン、太ももまであらわなミニスカート。あれは駅ビルで見かけたワンピースだ。俺はその人がこちらに背を向けているのをいいことに彼女の日本人離れした後ろ姿を不躾ぶしつけに観察した。身長は170cm近く見える。手脚がやたらと細くて長い。日本人どころか人間離れしてと言っていいレベルだ。

「なに? あれが谷崎の好みのタイプ?」

 弓尾にからかわれても俺は彼女から目を逸らせなかった。ろうのように白い脇と桃色に恥じらう肘。そして左手首に巻かれた真新しい包帯――。


 その人は俺たちの一つ手前の駅で降りた。

 車窓の向こうでは風が若葉を揺らし、夏の到来を告げていた。

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