第34話 幕間

幕間 アリサ日記


最近ジンは塞ぎ込んでいる。やっぱりカニーユたちの裁判が心に響いたのだろうか。

話をしても上の空、もう私が強くなったから要らないだろと、学校にもついてこなくなった。なら何かしてるのかと言えば、屋敷の庭で朝から晩まで剣を振っている。

たまには外で食事をと言っても、屋敷の敷地内から出ようとしない。まるで誰かと出会うのを避けてるみたいに。

食材の買い物さえ私の仕事になってしまった。

シャルも毎日ここで生活することはなくなった。今では週に2度ほど泊まっていく程度だ。なんだか、バラバラになっていくみたい……。


もうそんな暮らしを半年以上続けている。

ジンは元々口数の多い方じゃなかったけど、自分から口を開くことがなくなった。前まではたまに夜に忍び出るみたいに、こっそりお酒を飲みに行ってたのは知ってるけど、それさえも一回も無くなった。庭で剣を振るか空を見上げながらタバコをふかしているだけだ。

私は心配になる。


「ねえジン」

「ん?どうしたお嬢」


振り返ったジンの顔はとても優しい顔だ。まるで憑き物が落ちたみたいに見える。出会った頃、いえ、あのカニーユたちの事件の前までは、いつも鷹の目のように鋭い目つきで周りを見渡し、事あるごとに私をからかうネタを探し、たまにエロい目で私のスカートやシャルの胸を見てたりしてたのに、今では枯れた老人みたいになっている。


「ジン、……、どこにも行かないよね?」


ジンはあははと乾いた笑いを見せ、


「何言ってんだ、俺はお嬢から離れないよ」


いつもの軽口も、なんだか空回りしてるみたいだ。


「……俺にはもう、お嬢しか居ないんだから……」


寂しそうに空を見上げて小声で呟いた一言は、私の耳にも届いた。

あの日だ、あの日から変わってしまった。やはりカニーユを殺したことを悔いているのか。

でも本当はきっと違う。仮にジンのミスや不注意でカニーユを殺したんだとしても、ジンがそんなことでこんなに長い間鬱ぎ込むとは思えない。

何をなくしてしまったの?ジン。

それを私には教えてくれないの?

私は役に立たない?


男は女を抱くと気分転換になると言う。

私ももうすぐ18、充分結婚適齢期。身体は15の頃からあまり変わってないけど……。

私が迫ったら、ジンは私を抱いてくれるかな?昔のシャルの時みたいに、こっぴどくやられるかな?

それでもいいか。

ジンが元気になるなら。

私はジンが好きだ、受け入れてくれるなら嬉しいし、『お前の穴などいらねえ』とか言われて、ジンが元気になってくれるならそれでもいい。

ちょっと試してみようかな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ジンがお風呂に入ってる。今日はシャルも来ない。

今だ、今しかない。

小さなタオルを前に垂らし、一気にお風呂場のドアを開ける。


「……お嬢……」

「た、た、たまにはいいいいいいいしょ、一緒におふおふおふ────」


どもってしまった、どもるを突き抜けてるような気もするけど、私だって乙女なんだから仕方ないじゃない!!

でもジンは大笑いをして、全裸の私を抱き寄せ一気にドボンと湯船に沈めてきた。


「落ち着いたかよ、お嬢」

「…………その余裕がムカつく」


ジンはまた笑い、


「慣れないことをするなよ」

「っ!私はね────」


タオルで前を隠すのも忘れ、ジンに振り返ると、頭からお湯をかけられた。


「わぷっ!」

「頭、洗ってやるよ」


ジンが湯船から出て、湯船の外からジンに抱き抱えられ、洗い場の椅子に座らされる。頭用の石鹸でジンにわしゃわしゃとやられると、すぐに泡で目が見えなくなる。

でも……、


「気持ちいい……」

「だろ?俺には妹が居たからな。結構慣れてるんだ」


今わかった。ジンは終始私を妹扱いしてたのか。なるほど、だからか。

だから一緒に風呂に入っても動じず、布団に潜り込んでも手を出してこず、着替えを目撃しても平然としてるのか。パズルのピースがやっと見つかったような気がした。

そして、これは変化球は通用しない、直球で行くしかない。


「ジン」

「ん?なんだ」


ザバァ


ジンは私の頭の泡を流す。


「私、ジンのことが好きよ」

「ああ、知ってるよ。俺もお嬢が好きだぞ」


ザバァ


ダメだ。これは妹扱いの好きだ。私も知らないけど恋人同士の好きは、こんな乾いた告白にならないはず。

3回目のお湯をかけられた後、私はジンに振り返り、髪を掻き分けジンを見る。


「私、魅力ない?」

「……」


ジンは立ったまま、座った私にお湯をかけていた。当然視界にあれが入る。ダメだ、勃ってない。完全に沈黙しているし、隠しもしない。

ジンはぺたんと床に座り、椅子ごと私を自分の方に向けた。


「そんなことはない、充分魅力的だ」

「なら……」

「でもな、今じゃない。今お嬢、いや、今アリサとそうなるのは卑怯だ」

「何が卑怯なの?」


ジンは顔を一度逸らしたが、またこちらを向いた。


「それに怖い、今のアリサとそうなるのは怖いんだ。……頼む、もう少し待ってくれ」

「ジン……」


ジンは立ち上がって風呂から出ようとする。


「ジン、本当にどこにも行かないよね?」

「お嬢、全ては時が解決してくれる。もう少し、もう少しだけ……」


ジンは風呂から出て行った。

私の中ではジンに今日抱かれるか、ジンにけなされてジンが元気になるかだった。でも実際はジンを更に悩ませることになったのかもしれない。


私も怖い、あの意味がわからないジンの言葉を聞くのが怖い。

多分聞いたら答えてくれると思う。でも聞いたら何かが終わってしまう気がする。


「ふぅ〜、……卒業したらジンと旅に出ようかな。この国以外も回ってみたいし、あっ、そうだ。ジンがいるなら魔族の国にもいける?どうなっちゃうんだろ……、でもここに居るよりはいいはず。ジンもカニーユのことを忘れられるよね」


私の卒業まであと6ヶ月。

あと半年でジンと二人で旅に出れる。


アリサは甘食程度の胸を膨らませた。


「うるさいわね」

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