第28話

「この林間学校は魔物と直接戦うことで実戦に慣れてもらうことを主目的としている!将来騎士団に入るでも、俺のように冒険者になるんでも、それこそ学者になるんだとしても、魔法で身を立てるなら絶対に実戦経験は役に立つ。この辺の魔物は大したことはない、だが何人もの冒険者が命を落としている森だ。それは1番の大敵、油断のせいだ!全員気合いを入れろ!生か死か、魔法で身を立てるってのはそういうことだ!」


一夜明け、本格的に林間学校が始まる。ジョシュアの演説でハッパをかけられ、20パーティが5パーティごとに別れて、森を探索することになる。

そのうちの北方面には、アリサたちと他4パーティが進んでいく。その中にカニーユのパーティもあった。

カニーユのパーティには同室のフォーンたちがいる。先頭をアリサたちとカニーユたちが固まって歩き、その後ろを3パーティが追随している。左右には教師が警戒しながら歩いている。


アリサは時々こめかみを押さえながら、カニーユの方をずっとチラチラと見つつ森を歩く。


「……どうしたんですの?アリサ」

「っ!な、なんでもないわシャル!」


急にシャルロッテに声をかけられ、猫が驚いたかのようにビクリと飛び上がってしまった。


「やっぱ変だぜ?アリサ」

「……今夜はやはりお部屋を代わりましょうか、アリサさん」

「だ、大丈夫よ!ハンス、ナタリー。これでもコミュニケーション能力高いって言ったでしょ?なんの問題もないわ!」

「そうですか……」


明らかにおかしい。アリサは上の空だ。事、魔法の修行となると怖いくらいにストイックなアリサが、実戦だと言うのにこんな状態なのは初めてだ。

すると隣のパーティから、カニーユがこちらに寄り添ってくる。


「シャルロッテ様、ロクな挨拶も出来ずにすいません」

「カニーユ卿、ここは学校です、問題ありませんわ」

「お久しぶりでございます」

「そうですわね、2年ぶりかしら?」

「そのくらいです」


アリサはシャルロッテとカニーユが笑顔で会話しているだけで、何か胸の中が引っ掻き回される気分だった。

苦々しい顔で俯いて歩くアリサに気づいたカニーユは、アリサの肩をポンと叩いた。アリサはまた飛び跳ねる。


「可愛い顔が台無しだ、君には笑顔がよく似合うよ、アリサ」


そこにはリンゴが出来上がった。頭痛のことも忘れてボーッとカニーユを見つめ、1人だけ世界が違うかのようだ。


「おい!警戒中だぞ?!しっかりしろアリサ!」


ハンスが後ろを振り返り、悪態をついてくるとアリサは我に帰る。同時に


「お邪魔したかな、またね、アリサ」


カニーユはアリサにウインクして自分のパーティへと帰って行った。

ボーッとしているアリサ、それを不穏な目つきで見つめるシャルロッテ。

シャルロッテは気づいた、アリサの異変の原因を。一瞬黙っていようとも思ったが、こういうことは長引けば長引くほど後が辛くなる。


「アリサ」


アリサは呼ばれたことにより妄想から帰ってきて、


「何?シャル」

「言いにくいですが、どうしても言っておかなければなりませんわ」

「な、何よ……」


アリサは滅多に見ないシャルロッテの緊迫した表情に、少し驚いて身じろぎする。


「あの男はダメです。あの男だけはダメですわ」

「……は?え?」

「あの男に関わると、本当に全てを失いますわよ?」

「な、な、何言ってるのよシャル!彼とは別になんでもないわ!」

「……」


シャルロッテは冷たい目でアリサを見る。


「か、彼はなんでもないんだから!ちょっと相談に乗ってもらっただけよ?!」


シャルロッテは表情を崩さない。


「……一人でいるところを狙われましたわね?そしてアリサの悩みを、さも理解者は自分しか居ないみたいに言いませんでしたか?」

「っ!何、何を……」


シャルロッテは深いため息をつく。


「アリサの悩みなんてみんな知っていますわ、アリサが悩むのは当然のこと。いえ、アリサはそれをわかっていたのではなくって?」

「……」

「覚悟が揺らいだのですか?」


一体何を言っているのか。シャルロッテは何が言いたいのか。まるで自分が彼に騙されてるかのような物言いだ。

騙されてはいない。だって何も要求されていないのだから。

どこかの商人のように怪しい贈り物を持ってきたり、決闘を仕掛けてきたり、何かを寄越せと詰め寄られたりもしていない。全く害を受けていない、むしろ自分の荒れた心を掬ってくれただけ。波に揺蕩うかのような心を、どこかに行ってしまわないように掬ってくれただけなのだから。


「勘違いをしてるわ、シャル。彼は良い人よ?」

「それが作戦ですわ」

「作戦?!作戦って言ったの?!ただ優しくしてくれただけなのに!彼を侮辱しないで!」


シャルロッテは悩んだ。悩んだ末に打ち明けることにした。だが、それは逆効果だった。


「カニーユ卿はわたくしの婚約者でした。ですがお父様はジキルハイド公爵家は危険と判断して、ギリギリまで引っ張っておりましたわ。そのうち、ジンのあの事があったのでこうなりましたが、それがなくてもお父様は破談にしたはずですわ」

「っ!婚約者?!嘘っ!」

「本当ですわ。でもわたくしはもうジンに貰われた身なので、その話はきえましたけど」


アリサの胸中はぐちゃぐちゃだ。シャルロッテは善意で言ってるつもりなのだが、アリサはそうは感じてない。頭が痛い。


「…………自慢なの?」

「……え?」

「全ての男は自分のものって言いたいわけ?」

「……アリサ?」

「そうね、シャルは姫だもん、何でも思い通りになるわ!」

「どうしたのです?アリサ?」


シャルロッテはアリサの剣幕に驚いた。まさかこんな答えが返ってくるとは。


「なら好きにしたらいいじゃない、彼も、みんなも、このパーティだって!」


ハンスにも聞こえていた、だが女同士の言い合いに男が首を突っ込んでもロクなことはない。だから黙っていたのだが、流石に黙ってられない。


「おいアリサ、どうしたんだよ」

「あんたもよハンス!私に気がありそうなそぶりをしといて、イライザに良い顔したり、シャルの胸ばっかり見てるし!」

「おいアリサ!」

「あんたもシャルが好きなんでしょ?!もう……、みんな勝手にしたらいいじゃない!!」


アリサはいきなり森の奥へと走り出した。


「待て!アリサ!!」


ハンスもシャルロッテも他のパーティメンバーもアリサを追おうとしたが、教師の一人に止められた。


「ダメだ、動くな!2次被害になる!」

「でも先生!!」

「私が行く!ニクス先生はみんなを宿舎に!!」


教師の一人が急いでアリサを追いかける。だがアリサは速かった。最近は格闘術の修行もしており、身体能力が愕然と上がっている。それに魔力を使用した身体能力の補助も相まって、ものすごい速度を出せるようになっていた。


「行くぞ!」

「はい!」


カニーユたちは、ハンスたちが動けないのをいいことに、アリサを追いかけて走り出す。教師がハンスたちを抑えてる隙に走り出したのだ。


「あっ!おい!待て!」

「先生!俺たちも行かせてくれ!俺たちはアリサのパーティなんだ!」

「ダメだ!堪えろ!必ず助ける!全員助けるから!」


リコリスが、シャルロッテを見る。


「シャルロッテ様」

「ええ、わかってますわ、アリサはわたくしの妹。みなさん、よろしくって?」


リコリスは黙って頷く、ベラも、ナタリーもハンスも力強く頷いた。


「ニクス先生、あなたは何も悪くありません」

「シャ、シャルロッテ様?」

「あなたはこの事態を知らせに、皆さんを連れて宿舎にお戻りください、そして必要ならば王宮へお知らせ下さい」


シャルロッテは少し大きめに息を吸い込む。


「シャルロッテ=ファン=グランパニアが命じます。道を開けなさい!」

「っ!は、はい!!」


ニクス先生は道を開けシャルロッテたちを森の奥へと通す。シャルロッテたちが森の奥へと行くのを見届け、残りの3パーティの生徒を連れて、急いで宿舎に知らせに戻った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はっ、はっ、はっ、はっ」


みんな嫌い、大嫌い。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


結局は女は見た目、人質だろうが私の物とか言おうが関係ない。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


私の人生なんてこんなもの。

結局、誰も私を見ていない。ジンの、シャルロッテのおまけ、居ても居なくてもどうでもいい。


『グオオオオオオオオ!』


突如、クマの魔物が目の前に現れ、後ろ足で立ち上がり、アリサに襲いかかろうと威嚇するように咆哮をあげる。

クマの右手は、小柄なアリサを引き裂かんと勢いよく振り下らされる。

アリサは走っている速度を殺さずに、ぐっと態勢を低くし、更に速度を上げてクマの懐に入る。

そして、クマの懐で瞬時に紫電の魔力を右手に集め、


「カザマツリ流格闘術奥義」


バチバチバチと雷がアリサの拳にまとわりつく。


「雷神」


ドゴォォォォォォォ!


アリサはかがめていた身を一気に伸ばし、ジャンプする勢いでクマの顎にアッパーを繰り出した。巨体のクマが、木々の枝にぶつかるほど浮かび上がり、クマは枝に打ち付けられて地面に落下した。

クマは一撃で絶命した。


アリサはその場で立ち止まり、肩で息をしているのを整えるかのごとく、辺りを見渡した。

一体どこだろう、無我夢中で走ってしまった。宿舎は?王都は?

いや、もういい。もう何もいらない。

アリサはその場でしゃがみこみ、膝をかかえて泣いた。

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