第27話

「ゼット、ひどくねえか?」

「流石に悪かった。でもギャプラーの忠義は絶対忘れないから」


忠義ってほど忠誠を誓ってるわけではない。ただ、公爵と伯爵なら公爵のが上と言うだけだ。それでもギャプラーの機転と恥のおかげで、昨日の夜は乗り切れた。カニーユはもっと感謝してもいいはずなのだが、今までの力関係からこんな感じになっている。


「馬鹿じゃないの?ギャプラー」

「他に言い訳はなかったのですか?」

「呆れて物も言えません」


はっきり言ってギャプラーの言い訳はナイスだった。それ以外であの場を切り抜けることは不可能だと言ってもいい。だが女性陣からは相当不評を買い、同じパーティなのが恥ずかしいまで言われた。


「ん、ぼ、ぼくはわか、わかってるんだな……」

「ありがとよ……、アストナー……」


ギャプラーはギリギリ救われた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



3日目の午前中に、総勢120名の生徒たちはオジオバ特区にたどり着いた。特区の宿泊所の前にみんな集まり、ジョシュアの話を聞く。


「部屋割りはこちらで決めてある。男女はもちろん別だ。仲のいい者同士で部屋を交換しあっても良いが、階級によるいじめや仲間外れなどするなよ?くだらねえ事する奴は、王都に追い返すぞ!」


部屋割りの紙が配られる。一室4人なようで、どうやらアリサだけは別部屋のようだ。


「それと男子!夜這いなんかするんじゃねえぞ?!俺の経験から、がっつくやつは絶対失敗する。わかったな?!」


辺りが笑い声に染め上げられ、ギャプラーは一手に視線を集めた。「くそっ」とぼそりと呟く。


「明日の8時にここに集合だ。食事は食堂で支給される、明日までは自由時間とする」


何人かの生徒が挙手をし、質疑応答が始まる。基本的にこの辺りの探索は無しだ。特区の敷地内から出るのは禁止された。それでも毎年出るやつは出る。だが死んでも自己責任だと脅した。魔法使いや魔剣士になる者は、自身のリスクの管理も仕事のうちだとジョシュアは脅す。「こんな金にもならない遊びで死にたい奴は勝手に死ね!」とガチガチに脅しまくった。貴族の子供たちだろうが何だろうが、アホでは生きていけない。そのくらいでちょうどいいだろう。


「では解散!」


アリサたちは一度集まった。


「アリサ、わたくしと代わりましょうか?」

「大丈夫よ、シャル」

「いや、あたしが代わるよ。あたしは貴族じゃないし」

「ベラ、大丈夫だって。私、意外とコミュニケーション能力高いのよ?」


嘘である。ほぼボッチでこれまで過ごしてきた。ジンを買い、シャルロッテが加わって、徐々に周りに人が増え出したが、それも全部受け身である。自分から行動してコミュニケーションを取りに行っていない。更に同年代の子など最も苦手な分野だ。まだ自分より年上の方が何倍もやりやすい。

いっそジョシュア先生の部屋に泊めてもらおうかしら?そんなことまで頭をよぎった。

不安に震えながらも、特区の宿舎の自分の部屋まで歩き、ドアをノックして部屋に入る。


「あっ、どうも……、私はアリサ、よろしく……」


既に部屋の中に陣取っていた3人の視線が、アリサ一点に注がれる。


「初めまして、で、よろしいでしょうか」

「あっ……、か、顔は知ってるわ」

「私もです。お話するのは初めてですね、私はフォーンと申します」

「私はローザミアです」

「私はファミよ、よろしくね」

「よ、よろしく……」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



意外や意外、フォーンたち3人は、アリサにグイグイ話しかけてきた。アリサもフォーンたちのおかげで、しどろもどろになりながらも、徐々に落ち着きを取り戻す。


「って、貴女のこと知らない人居ないわよ、勇者を奴隷にした有名人じゃない」

「い、いや、したと言うより偶然買っただけよ」


ファミは敬語を使わないので、アリサ的にはファミが1番話しやすい。


「おいくらだったのですか?」


と、フォーン。


「ぎ、銀貨50枚……」


3人は驚愕の表情を浮かべる。


「あまりに安すぎませんか?その価格で勇者となれば、逆に疑わしくもあります」

「あっ、勇者ってのは知らなかったし……。元々は小汚くて口が悪い、間に合わせの奴隷だったのよ」


ファミは、座っているニ段ベットから少し身を乗り出し、アリサに言う。


「でもさ、ラッキーだったわね?!たった銀貨50枚で勇者よ?!」

「いや……、そんなラッキーってことも……、辛いこともたくさんあったし」

「贅沢な悩みよ!勇者が奴隷ならお金なんて稼ぎ放題じゃない!それにさ、王族になって男もたくさん作って逆ハーも素敵ね!」

「いや、そんな……」


アリサは気後れしていたものの、ファミの物言いにイライラもしだしていた。

お前に何がわかると。

人の善意と悪意をひと塊りにしたようなものを、ひっきりなしにぶつけられる気持ちがわかるか?

人の生命をその手に乗せられ、自分の口先一つで大勢の命が失われる気持ちがわかるか?

勇者の金魚のフンと陰で罵られ、力を独り占めする性悪女と言われ続ける気持ちがわかるか?

ジンは優しい、優しいがあの全てを見通すような目と終始一緒に居る気持ちがお前にわかるか?


だから私は力を身につけなくては。

選択肢をジンに作らせなくてもいいように、隣にいても釣り合うように、人の心と自分で向き合えるようになるように。お前にその気持ちがわかるのか?と。


「わ、私!、パーティの打ち合わせがあるんだった!ごめん!また後でね!」


アリサはその場を逃げ出した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



敷地内の裏庭のベンチで、1人佇むアリサ。

ジンが居てくれて嬉しい。それに得したこともたくさんある。金銭的にもかなり余裕が出来た。学校の首席卒業も約束されたようなものだ。自分が求めていたものは全て手に入れたと言っても過言ではない。生涯を費やしても得られないだろう装備の数々、友達と呼べるくらいの仲間、優越感なんてのもある。あげて言ったらキリがないほどある。ジン本人のことも男として気になっている。20ほども離れているのに。


でも……、ジンが居るからこその苦悩もある。

常に周りから向けられる視線。

人の裏表を肌で感じる日常。

はたして仲間は自分の?それともジン目当て?

ジンが居た方が幸せなのか、出会わなかった方が幸せだったんじゃないか、そんなことを考えないと言ったら嘘になる。

なんだか頭が重い、こんなこと考えてはいけないのに。それでも考えてしまうのは、これが自分の本心だからなのか。


「私……、どうしたらいいの……?」

「ん、君は……」

「え?」


そこに1人の男がやってくる。


「あなた、確か公爵、様の……」

「ゼットと呼んでくれないかい?自分の名前は好きじゃないんだ」


カニーユだった。カニーユはよそ行きの態度でアリサに近寄って行く。


「隣、座ってもいいかな?」

「え?ええ……」


カニーユはアリサと少し距離を置いてベンチに座る。


「何か……、悩んでるのかい?」


一瞬、アリサは止まってしまう。アリサが口を開こうとする前に、カニーユが笑いながら言葉を発する。


「あははっ、ごめんよ。悩んでないわけないよね?」

「っ、え?」

「自分の手のひらに収まらないものを、持たなきゃいけなくなる不幸は、誰にもわかってもらえないものさ」

「っ!」


不幸とは思わない。だが、今のアリサの内心を驚くほど言い当てられ、アリサはドキッとしてしまう。


「わか……るの?」


オドオドしながらカニーユの顔を見ると、


「これでも次期公爵だからね、君ほどじゃないけど僕も気持ちはわかるつもりさ」


アリサは勝手に妄想する。なりたくてなるわけじゃない公爵、もっと自由で居たいのに。だが自ら手放すわけにも行かない。地位を悪用されないように、重責を弟に背負わせないように、公爵の旨味がないわけじゃない、それでも背負う物と比べたら果たして幸せなのはどっちなのか。

アリサは勝手に自分と重ね合わせた。


「私、どうしたら……」

「うん、何個かは方法はあるよ」


アリサはギュンとカニーユに振り向き、キスしそうなほど身を乗り出してカニーユを見つめる。


「嘘!教えて!」


アリサはカニーユの手を無意識に掴んでいた。

カニーユは笑顔で答える。


「君みたいな綺麗な子に手を握られたら嬉しいけど、この続きは人目のないところじゃないとね」


と、いたずらっ子のようにウインクをする。


「……、あっ!ご、ごめんなさい」


アリサは慌ててカニーユの手を離す。


「謝らないでよ。君みたいな綺麗な子に触ってもらえて、僕の手は光栄さ。次は僕から握ってもいいかな?」


口角をあげ、キランと音がしそうな笑顔でアリサを見つめるカニーユ。たまらずアリサの顔は真っ赤になる。


「え、あ、い、あの」

「あはは、冗談さ。もちろん、王都に帰ったら続きを申し込みたいけどね」


アリサは顔から火が出るほど熱くなり、俯いたままカニーユの顔が見れなくなった。


「おい、ゼット!何してんだ?」


ギャプラーが少し遠くから声をかけてきた。カニーユはキラキラする笑顔で、アリサの肩に優しく手を置き、


「残念、迎えが来たようだ。今日の続きの話をする機会を、僕に与えてくれるかい?」

「え?、あっ、はい……」

「ごめん、迷惑だったかな?」


アリサはギュンとカニーユに振り向き、


「そんな迷惑なんて!……、私こそ、もっとお話したいです……」

「ありがとう。とっても嬉しいよ。じゃ、またね」


カニーユは爽やかに去って行った。

アリサはその場に残り、時間を反芻するかのように、顔を赤らめながら今の時間の余韻を楽しんだ。





「おいゼット、直接交渉したのか?」

「まさか。でもギャプラー、アレはチョロいな。どうとでも出来そうだ」


次期公爵だけあり、女の扱いには慣れていたカニーユ。立ち去る2人を青々とした木々の葉が、まるでバイバイと見送るように揺れていた。風もないのに。

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