第20話
あれから急激に、アリサとシャルロッテの距離は近づいた。
シャルロッテはアリサのことをアリサと呼び、アリサはシャルロッテのことをシャルと呼んだ。何だか姉弟子だからとか年齢とか、人質だから姫だから、どっちが姉とくだらないことを言っていたが、5つ歳上のシャルロッテが姉で落ち着いたようだ。
姉弟子と話が出たが、3日ほど寝込んだシャルロッテは、起きてくるとジンに魔法を習いたいと言ってきた。どうやらアリサに諭されたらしい。約一月後の2学年が始まると同時に、シャルロッテもアリサと学校に通うつもりのようだ。
アリサ曰く、姫なんだから自衛が出来ないと街も出歩けない、家に軟禁しておけるわけでもないので、魔法は必要だと言う。アリサから、ジンの修行は相当痛いと聞いているようで、それでも習いたいとシャルロッテは言った。
「なら、やってやろう。両手を出せ」
シャルロッテが両手をジンに出すと、ジンは両手を繋いで話の形を作った。
今までなら、シャルロッテは頬を染めそうなものだが、勇者の中身はクソクズ下品と分かっているので、逆に少し眉をしかめた。
「行くぞ?」
「どうぞ」
「痛い!!」
一瞬だ。魔力の循環の前段階、魔力を感じさせる段階で、まるで静電気が走ったのように、シャルロッテは両手を引っ込めた。
「痛いって言ったろ」
「ア、アリサはこれを乗り越えたんですの?」
「そうよ。これがスタートで、もっと痛いわ」
「……」
シャルロッテからしてみれば、生まれてから1度も感じたことないほどの、強烈な痛みだ。精神的にボコボコにぶん殴られ、アリサの優しさからやっと復帰してきた心が、今度は肉体的に瀕死と言いたくなるほど追い込まれる未来が、容易に脳裏に浮かぶ。
「もう一度だ」
「ま、待ってください」
シャルロッテは大きな胸を盛り上がらせ、手を広げながら深く深呼吸して、意を決して恐る恐る両手を差し出す。
ジンがシャルロッテの両手を握り、魔力を感じさせる。
「いっ!!!たい!ですわ!」
『いっ』の段階でシャルロッテは手を引いていた。シャルロッテはパンツが見えるのも気にせずに、あまりの痛みにドレスの裾を開かせながら床を転げ回る。
「これは無理ですわ!こんなの人間が耐えられる痛みではありませんわ!」
「お嬢は耐えたぞ?」
「アリサは人……、我慢強いのですわ……」
「今なんて言おうとしたの?シャル」
アリサは半眼でシャルロッテを睨む。
ジンはため息をつき、
「痛くないのもあるぞ?」
「っ!だったら先にそれを言ってください!」
シャルロッテはガンキレだ。まるで意地悪されているような気分になる。だがそれをアリサが止める。
「それはダメよ、シャル」
「なんでですの?痛くないなら痛くない方がいいですわ」
「痛くはないけど……」
アリサの顔が赤味を指す。
「痛くはないけど?なんですの?」
「……危険なのよ」
「……どう危険なんですの?アリサ」
だがアリサは顔を赤くするばかりで、シャルロッテの質問には答えない。
「痛くはないのですよね?」
「ええ、痛くはないわ」
「なら気持ち悪いのですか?」
ボッ!
火をつけたようにアリサの顔が赤くなる。
そりゃそうだ、その返しはピンポイントで刺さっている。
「ならやめるか。俺はジョシュアと一杯やりに行く」
「待って!やります、やりますわ!」
「良いのか?」
「痛くないんですわよね?」
「ああ、痛くはないな」
「ならやりますわ」
アリサは額に手を当て、頭を振っている。
「なら手をだせ」
「はいですわ」
ジンとシャルロッテが両手を握りあう。
ジンが魔力を流すと、
「っ!きゃあああ!!」
シャルロッテは弓なりに仰け反り、ジンの手を離して床に両膝をついた。
シャルロッテの顔は徐々に赤くなり、アリサの顔を確認する。アリサの顔は真っ赤だ。そしてシャルロッテもその意味を完全に理解した。
「やめるか?」
この男……、とシャルロッテは思う。こんなとんでもないことをしたくせに、なんともないって顔をしている。乙女の貞操観念をなんだと思ってるのかと。だが、
「いえ……、やりますわ……、痛くない方で……」
シャルロッテはしたたかだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
5分後
「あっ!、んっ!、はっ!」
ジンの魔力が、シャルロッテの体内を駆け巡る。
「あっ……、くっ」
それはギュンギュンと速度を上げ、丹田に集まっていく。
「も……、ダメ……」
まるで肉体改造を施すかのように、丹田を引っ掻き回すかのように、ぐるぐると集中的に丹田に魔力を流す。
「いっ……」
シャルロッテは、体を強張らせ、息を止めて耐える。
「くっ!!!」
まるで驚いた猫のように、身体を震わせたシャルロッテは、膝から崩れ落ちて床に腹ばいに寝そべった。
肩で息をして、とろけたような目でジンを見る。
「も……、もう一回……」
おずおずとジンに向かって手を伸ばし、ジンの手を掴もうとするがアリサがそれをはたき落した。
「ジンに頼ってばかりじゃダメよ。あとは自主練習よ」
アリサも何かしらの不満を覚え、シャルロッテの腕を持ち、引きずりながらジンから遠ざける。
「あぁ……、お願い……、もっと……」
積極的な自主練により、シャルロッテは一月経たずに、アリサの痛みを乗り切った時よりも安定した魔力の循環を見せるようになった。シャルロッテのオーラは白で、光魔法に適正があるように見えた。ただ、シャルロッテが循環してる時の表情はどことなくとろけたような、姫としてふさわしくない表情が癖になってしまったようだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
すっかり打ち解けたアリサとシャルロッテだが、アリサもこの一月遊んでいたわけではない。アリサも循環は生活の一部のように自主練でこなしているが、そろそろ水カッター以外の魔法も欲しいところだ。
「ジン、どうしたらいい?」
「そうだな、お嬢は水が得意なようだし、雷の系統はどうだ?」
「っ!わ、私が?!」
雷は水属性の派生のような魔法だ。耐性を持つ魔物が少なく、あっても他の系統よりは効きやすい。それに雷魔法は感電を起こさせることも出来、状態異常の効果もあるのだ。そして、雷魔法を使える者は、総じて有名な魔導士が多い。大魔導士へと入り口とも呼べる系統だ。
「ああ。きっとお嬢なら使えるはずだ」
アリサは鼻息を荒くし、ふんずと胸の前でガッツポーズを取る。
「私やるわ!雷魔法!」
「あー、でも変質を身体で覚えるために、雷を受けてもらう。また痛い思いをするな」
「またぁ〜?」
アリサは心底嫌そうに、眉を顰めてジンを見上げる。
「大丈夫、あの時より痛くはない」
ふと、アリサは思い出す。シャルロッテの乱れた姿を。
アリサは顔を赤らめ、ジンに聞いてみる。
「い、一応きいてみるけど、一応よ?!い、痛くないのもある、の?」
「あるぞ」
「っ!じゃあ私、それでやるわ!」
「……いいのか?」
アリサは期待と不安に慎ましい胸を膨らませ、頬を赤らめながらも意欲を見せる。
「やるわ!私にもお願い!」
10秒後
「無理!なんでこれに耐えられるのよ!痛い方がマシよ!」
「まあ、ネンネには無理だな」
側で見ていたシャルロッテが、
「わたくしは痛い方を耐えられる方が異常だとおもいますわ……」
何を思い出してるのだろうか、シャルロッテは顔を赤くする。
「シャルの変態!」
「むしろ痛い方を選ぶアリサが変態ですわ……」
「まあ、ドMだからなお嬢は」
「どえむってなんですの?」
「なんでもない、で、どうすんだお嬢」
アリサは顔を赤くしながら、
「い、痛い方で……」
そんなに顔を赤くして痛みを選んでいたら、それこそド変態なのだが、意味のわかってない2人に言っても仕方ないので、ジンはくわえタバコでため息をついた。
数日後、アリサも雷の系統を身体で覚えた。
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