第13話

ジンがアリサに買われてから、約一年が経つ。あと数日もすれば、2週間ほどの休みを経由して、アリサも2年生となる。

心配事はリカルドの事だ。ジョシュアの情報によると、リカルドは1年留年して、また1年生となって、やり直すらしい。これは学校側からしてしたものではなく、リカルドの父親、ホースラック伯爵からの命令だったようだ。当然リカルドは面白くないはずなので、登校してくれば、間違いなく絡んでくるだろう。


ジョシュアと言えば、ジンはまたジョシュアに怒られた。いや、もうすでに怒られたという程は成してない。完全に泣き言と愚痴を聞くだけになっている。ジンもジョシュアは嫌いではなく、ジョシュアの話を聞くためにたまに酒場に一緒に行っている。

たまたま女の子がつく酒場の名刺を持って帰ったら、アリサはぶんむくれで3日口を利いてくれなくなったので、それからはジンは万全の注意を払っている。


授業の方は、今年で基礎は終わりだ。学校でも基礎が最重要と分かっているので、一年かけて基礎を教えてるようだ。悪くないとは思う。


武闘大会ってのもあった。アリサとジョシュアはジンに出ろとしつこく言ったが、ジンは頑なに出ないと言い張った。


アリサの魔法の腕前も、相当に上がっている。もう、首席卒業は間違いない。冒険者として依頼をこなす時も、常に魔力の循環をする事がきっちりと癖がつき、初めて同級生だけで依頼をこなしに出かけた時のようなことにはならなくなっていた。この街の界隈レベルの難易度の依頼であれば、ジンが付いていく必要も無くなっていた。特にハンスが優秀なので、きちんと依頼を精査して、変な依頼さえ受けなければ安全であろう。


そして今日、一学年の最期の授業の日となる。


「えー、2学年からは、自分の望む魔法の授業を受けることが出来る。好きなものを選んでも良いし、選んだ後に変えるのも自由だ。望む教科を今日のうちに提出しておくように」


シュタ!


アリサが手をあげる。


「何だ、アリサ=リーベルト」

「2学年でも基礎の選択授業はあるんですか?」


ジョシュアは額に眉を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をする。


「勘弁してくれ。基礎をやりたいなら家庭教師に習え」


と、チラリとアリサの後ろに立つ俺を見た。


「他には?」


何人かの生徒が手をあげ、ジョシュアが質問に答える。


「あー、とうとう来るか」


と、ジンが呟く。


「え?何よ」

「いや、今にわかる」


アリサが怪訝な顔でジンを見ると、


ガラン!!ドン!


一人の冒険者のような男が、いきなり教室に走り込んできた。


「ス、スタンピードだ!!」


ジョシュアが何言ってんだこいつみたいな顔をする。


「俺はギルドに伝令を頼まれたものだ!学園の生徒にも任意招集がかかってる!くわしくは学園長に聞け!」


と、言ったっきり教室を飛び出して言った。隣の教室にも同じことを叫んでいるのが聞こえてくる。

室内はザワザワと騒ぎ出し、


「静かに。俺が学園長に確認をしてくる。皆ここで待っているように」


と、ジョシュアは言って教室から出て行く。

1時間後、ジョシュアは悲痛な面持ちで教室に帰ってきた。

ジョシュアの説明だと、スタンピードは事実で、ゴブリン、オーク、エティン、トロールなどの亜人連合軍らしい。その数は1万、まともに考えれば絶望的な数字だ。ゴブリンなとはまだ良い。オークもギリギリ戦えるだろう。だが、エティンなどは複数人で当たるのが常識だし、トロールは10人単位で一体を相手するものだ。混成の割合がわからなくても

数が多いなら、一体を相手するデータなどあてにならない。この街、王都でも戦える騎士団や兵士などは10000もいない。もちろん、戦争などの時は国中から兵をかき集めるし、民間からも徴兵するので、10万人規模の軍は作れる。だが今はそうはいかない。明日にはスタンピードは王都に到達するのだから。


「ジン……」

「まあ、仕方ないだろ。慌てても状況は変わらない」


ジョシュアは説明のあとに、


「逃げるなとは言わない、だがもし、スタンピード討伐軍に参加してくれる者は、明日の朝校門の前に集合して欲しい。人数を確認して騎士団に再編成されることになるだろう。生徒は任意だ、あー、冒険者ギルドのランクが20を超えているものは強制となる。ギルドの軍で動くものは朝、ギルドに行くように。以上だ」


その場が解散となると、数人がアリサの元へとやってくる。ハンスとイライザ、その従者一人ずつだ。


「アリサ」

「アリサちゃん」

「ハンス、イライザ」

「アリサはどうする?軍に入るのか?」


アリサは黙って立っているジンをチラリと見た。


「ダメだ」

「……どうして?」

「当たり前だ、死ぬからだ。お嬢の冒険者ランクは18、強制はされない」


アリサはハンス、イライザの顔を見て、ジンよ顔を再度見る。


「でも……」

「ダメだ」


するとハンスが、


「おいお前、お前は奴隷だろ?何でお前がアリサに指示するんだ」

「俺の仕事はお嬢を守ることだ、ガキには関係ない」

「っ!なんだと!」


ハンスがいきり立つ。


「ちょっとジン!ハンスもやめて!」


ジンはアリサを見下ろし、


「これは絶対だ。来い。屋敷で逃げる準備をするぞ。お嬢の実家に送り届けてやる」

「嫌よ!」

「黙れ」


ジンはアリサの腕を掴んだが、アリサが嫌がっているからだろうか、奴隷紋が発動し、心臓に鋭い痛みが走る。あまりの痛みにジンは片膝をつき、左胸を抑える。


「くっ」

「っ!ジン!大丈夫?!」


ジンはアリサを見て、


「なら抵抗するな、俺を痛めつけないでくれ」

「そ、そんな────、きゃっ」


ジンは立ち上がりアリサをお姫様抱っこした。


「ジン、下ろして」

「ダメだ、どうしてもと言うなら『命令』しろ、そしたら俺も諦める」

「……」


するとアリサは黙ってしまった。ジンも卑怯だとは思うがこの場は緊急だ、仕方ない。

アリサが黙った隙に、教室を出ようとすると、ハンスがジンに声をかける。


「お前!」


ジンは首だけ振り返った。

面倒だ、時間がないのに。言われることもわかっている。


「お前、アリサを守れるのか?」


ハンスの意外な言葉にジンは反応が遅れてしまう。


「……ああ」

「なら頼む。絶対、絶対アリサを死なせないでくれ」


と、頭を下げてきた。びっくりだ。イケメンすぎる。アリサも思うことがあるのか、ハンスの名前をつぶやく。


「ハンス……」

「アリサちゃん、元気でね。今までありがとう」


イライザも頭を下げた。


「イライザ……」


アリサは抱えられたまま、悲痛な目でジンを見る。ジンはアリサには答えずに、


「ガキ……、ハンス。約束は守る」


ハンスは一瞬頭をあげてジンを見つめ、また更に深く頭を下げてきた。

ジンは屋敷に戻った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



屋敷に戻ると、アリサの部屋の入り口の廊下で、ジンとアリサは揉めている。


「早く荷物をまとめろ」

「嫌よ!絶対行かないわ!」

「死ぬんだぞ?」

「冒険者は命と隣り合わせでしょ!?今がそうじゃない!」


ジンは少し頭に血が上り、大きな声を出してしまう。


「それは無駄死にの言い訳の為の教訓じゃない!!」

「無駄死にじゃないわ!みんなと協力すればきっと勝てる!」

「もう何千人と逃げ出してるんだ!」


ジンの探知には、大勢の逃げ出す人が見えている。


「何千人くらい何よ!王都は10万人都市だわ!」

「話を逸らすな!お嬢が生きるか死ぬかの話だ!」

「なら私はここでみんなと生を勝ち取る!自分のこの手で!」


ジンとアリサは睨み合う。ジンは冷静になるためにタバコを取り出し火をつけた。


「もういい、荷物も要らない。抱いて連れ出す」

「『命令』よ、ジン。そこに座って」

「っ!」


とうとう命令された。

ジンは心臓の痛みに顔をしかめ、その場にしゃがみこむ。

アリサは菩薩のような優しい顔をして、


「ジンには感謝してるわ。たくさんの物を貰ってたくさん教えてくれた」

「……」

「ジン、今こそ、あの遺書を使って……あなたは自由よ」

「……そんなことの為に預かったわけじゃない」

「わかってるわ……。貰った装備は返さないでおくわね。大事に使わせてもらうわ……」


ジンは黙ってアリサを見つめる。


「お嬢が死ななきゃ遺書は使えん」

「なら『命令』よ。自由に生きて……。ありがとう、ジン」


アリサは荷物をまとめて出て行った。

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