AAA運動用胸部補助用品の行方は神のみぞ知る

 吸血幼女の術式を読み上げる速度は人間の何十倍だ。


 この魔術革命時代に於いて、魔術で火を出すにも一時間以上、術式を整えて詠唱するか書き出す必要がある。


 だがこの異世界に住む異形の種族たちは、魔術を瞬時に読み上げる術を体得している。


「終わらせる訳にはいきません——!」


 俺は辺りを見回して使役できそうな生物を探す。俺の《テイマーサモナー》は召喚には時間がかかるが、生物を操るならば息をするよりも簡単だ。


「このみんなと過ごした土地を焼け野原にするなんて——!」


 三五の屈強な男性から、ミスで狐耳美幼女にされ、傷心で降り立ったこの地。ただ飯ぐらいの相沢さん。水浸しになってボディラインを見せたり、スカートの中をぬめぬめされたり、服を切り刻まれたり——様々な思い出が脳裏をかすめる。


「思い返したら、結構どうでも良かった——!」


 口に出すほどどうでもいい日々だった。


 でもまあ、せっかく住んだ土地だ。住みよい環境に変えた愛着もある。


 本来ならば魔術はもう発動していそうだが、吸血幼女はさらに術式を複雑に重ねていく。いったいどんな恐ろしい威力の魔術を叩きつける気なんだ。


「私がこの土地も、二人も守ります。相沢さんとエリィは下がっててください」


 魔力の熱量を肌に感じながら、俺はぐっと熊さんリュックの肩紐を握った。


 けれどそっと俺の肩に手を置く人物がいる。


「あ、相沢さん……?」


 相沢さんは俺に向かって左右に首を振り、吸血鬼と対峙する。


「私はこの異世界唯一のヒーラー相沢奈々菜。せっかく美少女温泉宿を作ろうとしてるのに、それじゃあたしの計画が台無しじゃない」


 相沢さんはぐっと右手を握りしめ、ちょうどよいふくよかさの胸に手を置き目を閉じる。


 それは神に祈る聖女のようなオーラを纏っていた。

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