おっさんパーティが正体不明の毛玉を拾いまして

零始十五焉

プロローグ 受付嬢アリエスの受難の始まり

 唐突であるが、モンスターをご存じだろうか。

 御伽噺や英雄譚、吟遊詩人の歌にのせて語られるそれらは多くが凶暴であり、この世界には現実に存在する。そして同時に資源の宝庫でもある。

 上質な旨味を含んだ肉、炎や氷に耐性のある強靭な鱗、金属にも負けない鋭い爪、薬効の高い内臓器官。そのモンスターが強ければ強いほど、希少となる素材はより価値が増す。人々は時に食糧を求め、時に武器の材料を求め、時に強いモンスターとの死闘を求めて冒険者を志し、世界中に散らばるダンジョンに潜っていくのだ。

 その冒険者を登録・管理・斡旋するのが各地に設置された冒険者ギルドだ。簡単な運搬・採取依頼や野生モンスターの盗伐など受注できるクエストは多岐に渡る。また、冒険者がパーティを組んでいる場合は、パーティとしての登録、メンバーの脱退・加入時に申請が必要である。


 と、現実逃避している場合ではない。

 ギルド受付嬢の一人、アリエスは脇道に逸れそうな思考を現実に引き戻す。目の前にいるこの辺りでは有名なベテラン冒険者をもう一度確認した。手元のリストから登録されている冒険者プロフィールを引っ張り出す。

「ええと……、ああ、これですね。グレイヴァルト・シュルテン・バッケンハーズ・セラ・コルタ・――」

「ああ、良い良い。オレの名前くそ長いから。グレイヴァルト、もしくはグラさんで頼む」

「あ、はい。ではグレイヴァルトさんと呼ばせていただきますね。申し訳ないのですが、もう一度確認のため、本日のご用件をお伺いしてもよろしいですか?」

 グレイヴァルト・シュルテン・バッケンハーズ・セラ・コルタ以下略。冒険者リストに載っている本名は名前欄を細かい字でびっしり埋め尽くしてなお欄外に長々と続いているほど、なぜか恐ろしく長い。この名前の長さと、冒険者としての確かな腕で有名な冒険者パーティのリーダーだ。

 冒険者になってから長く、パーティ全員がベテランの域に達している。年代は……まあ、いわゆるおっさんに突入しようかという頃合いだ。

 そんな冒険者として長く身を置く有名人が真剣な表情でギルドの受付にやってきたのだから、誰だって何事かと思うだろう。アリエスの「ど、どうかなさいましたか!?」という若干動揺した第一声は今ギルドにいる受付嬢たちの心情そのままである。続くグレイヴァルトの――いたって真剣な様子で告げられた言葉に現実逃避するまでは。


「――調教テイムしてないモンスターをパーティに入れたいんだが、どうしたらいいかな?」


 ――聞き間違いじゃなかったああああああああ!!!!!!

 ――何言ってんだこのおっさん!!!?????


 聞き耳を立てていた受付嬢全員の心は一つになった。

 前述の通り、モンスターの気性は基本的に激しい。というより凶暴そのものである。まして調教すらしていないモンスターを冒険者として登録するなど狂人の戯言だ。しかし相手はベテラン冒険者、ギルドに見切りをつけて拠点ホームを変えられてしまってはこの街周辺の戦力が落ちてしまうため、安易にふざけるな!と切り捨てられない。しかも本当にどうにかできないかと悩んでいるのか至極真面目に聞いてきたのだ。質の悪い冗談だと言われる方がまだ納得できるというもの。

 それを真正面で聞いたアリエスは同じく心中絶叫しつつも、ぎこちなく笑みを浮かべる。

「も、申し訳ありません。私だけでは判断できかねますので、少々お時間いただいてもよろしいですか?」

「わかった、ソファーで待ってるよ」

「で、では、失礼いたします」

 そそくさと受付窓口から離れ、走らないギリギリの早足でバックヤードに向かう。

 ぱたんとバックヤードの扉を閉じると全力ダッシュでギルド長の部屋に突貫した。

「この街有数の冒険者が錯乱したって嘘でしょおおおおおお!!!!」

 なんで私の窓口にきたのよ!!!!と己の不幸を嘆く彼女の受難の一日は始まったばかりだということを、この時のアリエスはまだ知らない。


「さて、どうなるかねえ」

「むい?」

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