冒険家と一夜限りの迷宮
楠木せいろ
鋼鉄の処女
第1話
夢を見ていた。
幼い頃の記憶。
これはたしか──いいや、たしか、じゃない。
小学校1年の頃の記憶だ。そう断言できる。
人は時に過去の出来事を夢に見る事があるらしい。
私にとってこの過去は夢に見るほど印象深いもののようだ。
「いちねんさんくみ、かみつ れいか」
「わたしの、しょうらいのゆめは、ぼうけんかになることです」
そう。
私、加美津 玲華はこの頃から冒険家になりたかったのだ。
冒険家になって、世界各地を旅して見たことのない綺麗な景色を見て回る──カメラだけじゃない。目に、心に、「美しい光景」を焼き付ける。それが冒険家になりたい理由。
死ぬ直前まで、今まで見た「美しい光景」を忘れないようにするのだ。お婆ちゃんになって認知症になっても絶対に忘れないように。
「あんたさ、未だに冒険家になるとか言ってるわけ? ダサくない?」
「中二病かよ、いい加減卒業しな? ね?」
ああ、本当に私は物覚えが良いようだ。
こんな記憶まで覚えているなんて。もう、私ったら。からかわれた記憶なんて忘れちゃって良いんだよ?
「まあ、忘れられないんだけどね。
私、昔から物覚えが良過ぎるから」
私の記憶のデータ量は無尽蔵のようで、物心ついた時から些細などうでもいいことから重要なことまでしっかりと記憶してしまっている。
そして、その記憶したことは一度たりとも忘れたことはない。
おかげで、テストはいつでも100点満点。成績優秀優等生だ。
先生たちは「難関大学にも合格できるほどの学力があるのに、どうして冒険家なんかに?」と首を傾げていた。
「進学した方が良い」「君のためを思って言っているんだぞ」なんて口だけの教師の言葉を無視し、私は冒険家になるための計画を着々と進めていた。
両親は私の夢を応援してくれていたのが救いだった。もし彼らまでもが教師やクラスメイトと同じように私の冒険家計画を妨害しようとしていたら悲しさで心が死んでいたに違いない。
マザコンもファザコンを併発してしまうほどに、私は両親が大好きなのだ。そんな大好きな二人に、夢を壊すようなことを言われたら立ち直れなかっただろう。
二人がいたから、私は夢を叶える事ができた。
「う、うえーん! パパとママありがとーー! ていうかパパはどこ行っちゃったのさーーー!! うわーーーいだっ!?」
ごん、と何か固いものを投げつけられたような感覚。
眠気まなこを擦りながら投げられたものを手に取ると、それは開封前の缶コーヒーだった。
隣を見ると、不機嫌そうな表情で私を見る黒髪で褐色肌の女性──私の数少ない冒険家友達のジェイシーさんだ。
「レイカ! 列車内で騒がない!」
「あっ? あ! ご、ごめんなさい! 寝言が大きかったね!」
「寝言か! 声がデカすぎるわ! 周りの迷惑も考えなさい!」
「そうだね、ごめんごめん!」
手を合わせて謝罪のポーズをすると、ジェイシーさんはため息をつきながら肩をすくめる。
「まったく、気をつけなさいな。もしこのまま駅に着くまでクソデカい寝言を言いまくってたら、金だけ抜き取って置き去りにしていたところよ」
「わー! それは勘弁! ほんとやめて! ジェイシーさんがいないと困るんだよ! お金なくなるのも困るの!」
「そうねえ。あんたラクシニアに行くのは初めてですものね」
「そう! そうだよ! このままラクシニアに行けなかったら、私、パパに一生会えなくなっちゃうよ!」
ラクシニア。それは「魔族」というこの世界で唯一魔法というものが使える種族と、私たち人間が共存している国である。
私が冒険家仲間のジェイシーさんを頼ってわざわざ日本から遠く、遠く、遠く離れたラクシニアへ向かう理由。
それはパパを探すためだった。
「お父様が仕事でラクシニアに行ってから帰ってこなくなったのよね」
「うん……」
パパの仕事は具体的には知らない。
なぜなら、彼は自分の仕事を「世界を救う仕事」としか言っていないから。
ママも私もパパがなんという名前の職業に就いているのか知らなかった。
どうやら家族にすら言えない極秘の仕事らしい。
そんなパパが、5年前に仕事でラクシニアに向かってから帰ってきていない。
電話も通じない。メールも手紙も届かない。届いていない。
完全に行方不明である。
行方不明者は3年経っても見つからない場合、死亡扱いになるため、パパは残酷なことに「死亡した」ことになってしまった。
「パパは絶対に生きている」
そう信じていたママだったけれど、5年経ってからは完全に心が折れて、今では精神科に入院してしまっている。
私はというと、「パパが死んだ」なんて思いたくないし、まだまだまだまだ諦めたくなかったので、パパが向かったとされる「ラクシニア」という国へ行ってパパを探すことにしたのだ。
だが、ラクシニアという国は行き方が他の国と違いかなり特殊で、ネットで調べても図書館で調べても航空会社に問い合わせてもわからなかった。どうやらラクシニアは知る人ぞ知る国らしい。
ラクシニアへの行き方がわからなくて困っているそんな時にジェイシーさんと再会し、彼女がラクシニアへの行き方を知っているというので案内してもらっているところだ。
「でもレイカ、あんたのお父さんがラクシニアじゃない別の国にいる可能性もあるわよ」
「わかってるよ。でも、確かめたいんだ」
「ま、あんたならそう言うわよね」
長い黒髪を掻き分けながら彼女はため息をつく。
ジェイシーさんはラクシニアにパパはいないと思っているようだ。
「いなかったらいなかったでその時だよ」
「お金めちゃくちゃ無駄になるわよ?」
「パパの情報は得られるかもしれない」
「なんの情報も得られなかったら?」
「帰っ………………………虱潰しに世界中を見て回るよ」
「今帰るって言わなかった?」
意地悪なことを聞かないで。帰るって言いたくなるに決まってるでしょ。お金の無駄になっただけじゃなく、なんの情報も得られないかもしれない。虚無ならたっぷり得られるぞ! なんて最悪にもほどがある!
虚無なんかいらない。パパに会わせてほしい。
「ハァ、ほんとレイカは仕方がない子ね。酷いことを言ってしまうけれど、私はあんたの父親がラクシニアにいるとも思えないし、生存しているとも思えないわ。でも、あんたとは長い付き合いだもの。せめてラクシニアへの案内はしてあげるわ」
照れているのを誤魔化すかのように缶コーヒーを飲むジェイシーさん。
本当にこの人は良い人だ。
「ありがとうジェイシーさん! 愛してる! 結婚しよ!」
「やめてね。私はそっちの気はないわ」
「でもジェイシーさんその歳で結婚できないとかそろそろヤバイんじゃないかな。もう男をつかまえるの諦めて女で妥協し──」
「窓ガラスぶち壊して貴様を外に放り投げてやろうかしら」
「冗談だよ!! 冗談!! ごめんなさいごめんなさい!!」
アイアンクローをかましてくるジェイシーさんに必死に謝る私なのだった。
ていうか、マジで痛い。ギチギチ頭が軋む音がする。このままだとパーンと破裂してしまうのではないだろうか。うわあ、想像したらめちゃくちゃグロテスクだ。
「さて、まだまだラクシニアに着くまで時間はあるし……。ラクシニアについて教えてあげるわ」
「え? ラクシニアのことなら知ってるよ。魔族っていう魔法を使う種族と人間が一緒に暮らしてる不思議な国なんでしょ?」
「それくらいは知ってたか。それじゃあ、ラクシニアにおける魔族について詳しく教えてあげる」
ぐい、とコーヒーを飲み干してからジェイシーさんは私に向き直る。
「まず、レイカは魔族にどんなイメージを持ってる?」
「漫画とかアニメとかに出てきそうなかっこいい種族かな。だって、魔法が使えるんだよ!? すごくない?」
「あら、意外と好意的。私は彼らを目の当たりにする前は胡散臭い種族としか思わなかったわ」
「ジェイシーさんリアリストだもんね!」
「あんたが脳内お花畑すぎるのよ……」
「そうかなー」
「そうよ。それはともかく、魔族っていうのは見た目はほとんど人間と変わりないわ。耳が少しだけ長かったり、獣のような耳と尻尾が生えていたり、肌に鱗のようなものがついていたりすることを除けばね。初見は驚くかもしれないけれど慣れればどうってことないわ」
わお。耳が長いっていうのはあれかな、いわゆるエルフってやつか。
獣耳……猫耳の子とかいるかな。もふもふしたい。
鱗は竜とか爬虫類とか魚みたいなのかな。
楽しみだなあ。はやく会ってみたいな!
「性格は? ちょっと動物っぽかったりする?」
「そうね。理性的なのが半分、人間に対して凶暴なのが半分ね」
凶暴なのもいるのかあ。やっぱり「人間は我らの敵だー!」って考えの魔族もいるのかな。いるだろうなあ。前に行った民族に「余所者は敵だ! 帰れ帰れ!」って石投げられたもんね。そういう魔族とは関わらない方がいいだろうね。
「ラクシニアって昔は魔族だけの国家だったのだけど、人間に侵略されて、魔族は人間の奴隷にされていた時期があったみたいね。今では和解して異種族同士共存しているけれど、昔のことを根に持ってる魔族はいるみたい」
「そうなんだ……」
「人間も人間で、中には未だに魔族を差別する奴もいるらしいわ。ま、人ってそういうもんよね」
「うん。人って簡単に変わる人と変わらない人がいるもんね」
「あんたは後者よね」
「そうかなー」
本日二度目のそうかなーです。
「まあとにかく、魔族には人間と同じようにいろんなのがいるわ。危ないやつとそうじゃないやつを見極めなさい。酷い目に遭いたくなければね」
「大丈夫大丈夫! 今まで旅をしていて酷い目にあったのって、余所者嫌いの民族に石投げられたくらいだし!」
「そうやって余裕ぶっこいてるとロクな目に合わないわよ」
「そうかなー」
「そうよ」
まあ、私ならなんとかなるでしょ! と楽観的に考えつつ、私は腕を伸ばした。
「お父さん……早く会いたいなあ」
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