第8話 農民と領主の生活

 エミリーには色々教えてもらったが、ここは西洋の中世なんだろうか? 違うよねー。魔石が有るし、魔法が存在する世界だ。中世位の文明だとしたらウェブ小説の様なお話になるのかな? とりあえず常識と思われる事の確認です。


「農民も生きるって大変なんです」

過酷な労働のため一日三から四回は食べ、肉類などは少なく、鍋ひとつで作れるポタージュのような簡単な粥の食事がメインだ。パン粥・大麦粥・薫製肉・葉野菜・麻の実・豆をたべている。飲み物はもっぱらエール。貴族はワインと飲み分けられている。


 エミリーの言うように白パンを焼いて食べる事はかなり贅沢だ。小麦は肥料が多く必要で手間がかかり、因みに家畜の出した天然肥料が、バケツ一杯程で小作料一年分の事もあると小説に書いてあったし。白パンの小麦は上流階級しか手の届かない物で、ふすまなどを取り除くと目方が減るという高級品だ。ふすまが健康に良いと言う人はまだいない。穀物は粥として食べれば栄養価もさほど減らないので、人が生き抜く知恵だった。


 肉は、森で取れる獣だ。狩人が獲って来るが、それだけでは足りないので食肉用に豚がメインで飼育されていた。近郊の森はもちろん人によって管理されている。豚は森に放牧されたので飼料が要らず、ドングリを食べて勝手に肥えていった。これはスペインのイベリコ豚と同じですね。飼料代も安く済み、これで一年を通して肉が手に入る。


 冬には家畜を潰してお肉をお腹一杯食べたり、浴びるほどエールを飲んだりする。まあ収穫祭ですね。羊、イノシシ、うさぎ等は全て領主の所有物なので勝手に獲ることは許されていない。密猟すると腕を切り落とされるし、魚も勝手に獲ることは許されない。


 家は茅葺きの屋根で土と丸太の合作で、石の基礎の上に造られている。鋸は有っても、まだ農村では一般的では無いので斧一本で造れるログハウス風だ。壁は丸太で作られ、隙間は苔や木屑で塞ぐ。踏み固められた粘土の床。煮炊きと暖房の両用のカマドがある。家具は鉋がないので荒仕立ての机と長椅子。たまにあるのは三脚型の腰掛けだ。


 木箱に衣類が納められ、板張りの質素な寝台がある、これに敷き藁や藁袋を布団代わりに使うのが普通。トイレはもちろん外。衣服は丈の短い上着で、家で漂白した手織りの亜麻布製の服を着る。羊毛や亜麻布は、育てているので荒い作りだが村で手に入る。流行については無縁か乗り遅れる。ほとんどの物が自給自足だ。


 村では生産品によって行商人の来る頻度が違う。商品は行商人が持ってくる物がすべてだ。物々交換に近い取引だが、内陸の村では塩は買わないと無いと生きていけない。村長は、行商人が持って来る塩が足らなければ、商業ギルドに高くとも依頼しなければならない。穀物の運搬には麻袋が使われている。納税される生産品は、人力で砦のような領主の城まで運ばれる。


 多くの農作業は共同で行なわれる。畑を犂返すのはここら辺では年三回、土塊を手で細かくし、雑草退治をして少しでも収量を増した。粉ひき小屋で、製粉すると税がかかるので石臼を隠れてまわす。少しでも出費を抑える為だが、見つかれば大変だ。


 もちろん奥さんは夫の手伝いだけでなくあらゆる作業をこなす。糸紡ぎを含め織りや仕立ては女仕事となっている。家族全員が何らかの仕事をしている。子供だって貴重な労働力だ。

 皮肉な事に農民は、栄養価の高いライ麦や、大麦の粥やパンに肉が少々の野菜が中心の食生活。比較的、食事のバランスが取れた健康的には良い食生活と言える。


 王国でも水が汚くて飲みづらい地域が結構ある。まあ、なんとか飲めない事もない。こういう所は、水に浸して麦芽を作り発酵させてエールを作る。酒屋が作るエールは、領主の許可がないと売れないので、金を払って許可を貰っていた。マァ、課税する側としては、酒税は押さえたいところでしょうしね。


 開拓村の初期には、援助を受けるばかりで税金も低い。普通は五公五民であるが、通常の農民には移動の自由がなく様々な税が有る。領主は、農民に賦役として道普請・狩猟・収穫・打穀・運搬を命じ臣従させる。臣従・奉仕するのは、保護の対価である。


 二十人に、一人か二人の魔法を使う者が現れると村人は大喜びだ。報告が有って、認められれば翌年は村の税が半分となる。態の良い人身売買とも言われるが、本人も軍や役人に成れるので食いぱっぐれは無い。

 イリア王国を含めこの大陸では、統治方式に多少の違いはあるが絶対王政では領土・国民はすべて統治者のものであると言うのが本当の処だ。


 あと貨幣経済だが、村では原則物々交換だ。納税は生産物で納める事になる。勿論、金でも良いが、金と作物の交換ができるのは秋の年貢の徴収月の前まで。余剰分だけである。村や町の広場に生産物を持ち込みいくばくかの金を得る。

 冬の祭りが過ぎると、村人の食料が減るので交換は無理になる。冬は収穫も終わって一段落というので祭りが多くある。農民に許される唯一の旅といってもいい「聖秘蹟教会の聖都リヨンへの巡礼団」の出発もこの頃行われる。


 ※ ※ ※ ※ ※


「領主も生きるって大変なんです」

 領主と言っても楽じゃない。領主は領民を支配したと思われているが、実際には好き勝手に出来ない。それなりの責任と苦労があったんです。


 イリア王国では地方領主は、砦の様な城から10キロ位離れた所までの数村を支配している。城に家臣の守備兵や騎士を置き、支配下の村には小領主の様な村長を置いている。小領主兼村長には騎士がなったり、領地を継承できない二男・三男がなったりする。村長がいない地には役人が来て裁判や徴税、軍の指揮を代行させる。領主は村の共同体代表の村長と共に統治する。


 地方などでは指揮権は土地を治める領主、貴族に騎士などの身分の有る者が依然と持っているが、イリア王国では十年ほど前に軍制改革が行われ、都市守備隊や近衛師団などでは階級制度に変わっている。やがてケドニア神聖帝国のように、兵の指揮は貴族や騎士などと言う事は関係無くなるだろう。


 話を戻すが、領主になれば責任者として領地や家臣の管理など忙しいのは当たり前。行政や裁判・調停も行う。領主夫人は来客をもてなし、聖秘蹟教会を訪れて司祭との良好な関係を築き、頼まれれば巡礼団の世話をする。これで廻りの評価を上げる。刺繍、機織りなどもする。領主と仕事を分担して、家臣と協力し合って生活している。


 例えば、水車は領主が運営する。水車は製粉の労力を削減でき、粉ひき税も取れる。が維持費や修理費も大変だ。回転部分は摩耗し易いので補修しなければならない。破損や不調なら、金を出して修理しなければならない。隠れて石臼を廻す不届き者も居る。水が足らなければ水路や堰を作る。

 水車等のインフラが整備できないと村が荒れるので修理費用もいる。修理する為に臨時とは言え税金を上げれば、揉め事も起こりるし下手すると反乱を起こされたりする。


 辺境の村では簡素な盛り土と囲いの城を役場として運営し、旅館も兼ねる。いざという時の砦として防備もして、城とは名ばかりの館を中心として周囲の森林を開拓して居住地を広げていく。森を切り開けば作られた開墾地も増えていく。開拓地では移動の自由と一部の税が免除されるのが普通だ。これはある意味、魅力的な移住先となる。人が居ないと税金も入らないので魅力的な移住先としなければならない訳だ。おまけに教会からは、礼拝できる立派な教会の建設をお願いされる。


 領地経営は意外と出費も多く大変という事になる。したたかな農民も多く意外に苦労の多い。そんな農民を抑えつけ開拓地を作り上げていくのが領主だ。そして領主達が仕えて支配するのが、フェリペ・エドガルド・バレンスエラ・エスピナル国王だ。

「上には上ですね」


 王は聖秘蹟教会の保護者、王家の血統を引き継ぐ者として国の統治権と裁判権を持ち、諸侯たちの第一人者としての力がある。王は役人を揃えて統治し、都市・議会と結びつくなどして基盤を固め中央集権化を進める。王権は拡大しつつあるが領主や貴族の影響力は低下し、騎士や市民層が政治をするようになってきている。

 中間管理職のような領主ですが、農民にとって保護者は遠い王都にいるフェリペ国王よりも、顔の見える近くの領主様なので「やっぱり、頼りにしています」だ。


 しかし、悪い事ばっかりでは領主もやってられませんよね。

何と言っても一番は食べ物だ。この世界でも、教会や農村では質素な食卓だ。しかし王宮や貴族・豪商では御馳走が出る。以下、ざっと説明します。

 城では昼に食べる聖餐と夕方の午餐の二回の食事と朝と夜にお茶の時間を取る。もちろん本物の茶葉ではなく、フレバーティという物ですね。

 豚、家禽、牛、羊、魚などを焼いたり、蒸したり、炙ったりした。シチューやスープ、パイ包みなどさまざまな料理法で食べ、ニンニク、コショウ、ショウガ、ナツメグ、サフラン、シナモンなどの香辛料、マスタードなども使い、豆類や季節の野菜を塩やオイルで味付けする。ブドウ、プラム、ナシ、モモがあり、ドライフルーツ加工もある。唐辛子はまだ無いけど、色々あるでしょ。


 食事は広間で家族や家臣・客たちと食べ、テーブルや椅子は折りたたみ式で不要な時はかたづけられる。広間なので祭典やパーティー・会合にも使われる。酒盃や食器は共用だが銀や金食器を使用する。毒の有無が解るという話が多いのですが、妙な説得力がありますね。


 自分のナイフで料理を切る。地方では、貴族でもまだフォークはなく手掴みで食べている。エミリーは王都に居たので知っていたが。王族や高位の貴族の間では、フォークが流行っているので、すぐにも広まりそうだ。なにしろ貴族は流行に敏感ですから。手はフィンガーボールで洗い、テーブルクロスで拭く。本来の使用目的です。


 聖餐は、今で言う二時間のフルコース。 肉や魚、野菜、酒など豪華で小麦から作る白パンは柔らかく、日本人の想像するケーキと違うがちゃんとデザートもある。お菓子は蜂蜜で味付けされている。森の多いイリア王国では甘味と言えば蜂蜜が一般的だ。砂糖は遠く離れた別の大陸から運ばれてくる最高級の贅沢品になる。午餐はパンやチーズなどの軽い食事する。やっぱり、お昼の食べ過ぎですね。


 肉料理では、皿代わりに時々パンを敷く。肉汁のしみ込んだパンは食事後に使用人に与えられる。見た目はともかく栄養は有る。町では使用人が、町人に売るという事もあった。

 飲み物はワインやシードルが好ましいとされ、ワイン蔵の管理は執事が行う。エールは使用人や農民など一般人の飲み物とされた。こんな食事が毎日のように続くとはね。


 料理自体は贅沢なものだが、栄養的には全く考えられていない。ビタミンCや食物繊維が不足し虫歯、皮膚病、壊血病、くる病に苦しむ貴族も多いそうだ。この世界の医療では、まだ食事が原因だとも分から無いだろうし。

「贅沢は素敵・美味しい物は体に悪い物で出来ている」ですね。まったく世界が違っても皆、思う事は同じっていう事ね。


 そうそう忘れていけないのが貢租ですが、この他にも慣習的貢租も受け取れる。慣習的貢租とは、農民個人では所有できないような水車小屋等の施設で、粉引き所・パン焼き窯などを強制して使わせた際の使用料の事です。一種の不労所得かも知れません。前述しましたが、見方によると言うのはこの事ですね。施設維持にお金がかかると思うか、黙っていてもお金が入ってくるかと思うか。


 領主を含め王侯貴族は、公に戦える唯一の武力を持った存在でした。貴族たちは、領民の保護と引き換えに、農民からの貢租や服従を約束させたのです。絶対王政では領土・国民はすべて統治者のものです。暴力を独占し地域の治安維持や軍事的保護の責任者として裁判権や警察権を行使したのです。まあ、威張れたという事ですね。

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