第88回『スキャナー 記憶のカケラをよむ男』

【作品紹介】


 狂言師の野村萬斎と、雨上がり決死隊の宮迫博之がコンビ役で共演したミステリー。残留思念を読み取る特殊能力を持つ元お笑い芸人が、行方不明者の捜索を依頼されたのをきっかけに、かつての相方と一緒に事件解決に挑む。



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 いやはや、それほど期待して見始めた映画ではなかったのだが、開けてびっくり玉手箱。なかなか心を揺さぶられる映画であった。

 今回ばかりは、批評家とご意見番にはなれない。褒めるしかない。

 もちろん、細かくはアラがあるだろう。完璧なんてものは世界にないし、実際にこの映画はそんなものとは程遠いだろう。でも、「細かいことを言う気が失せる」見事な作品なのだ。



 野村萬斎さんの存在感がすごい。

 この方の時代劇を見慣れていると、「なんかこの人現代劇合わないなぁ」と感じてしまう人もいるようだ。でも、脚本上「人間不信の強い、臆病な役どころ」を演じることが願われているだけで、萬斎さん自身はその要求通りに見事に演じきっただけである。

「陰陽師」に代表されるような、りりしく強い役どころや、 「のぼうの城」のようにひょうきんかつ大胆な人物像を演じる萬斎さんに、我々の側が慣れ過ぎたのだ。この作品で、彼は役柄上ユーモアもほぼ出さないし、かっこよいところもない。

 情けない、パッとしない人物をきちんと演じ、それでいて聴衆を惹きつけられるのは、一流である。目立つ演技をして主役を張るのは、二流でもできます。

 


 脚本が、あの堺雅人が古美門弁護士を演じる「リーガルハイ」を担当した古沢良太。なるほど、お話の構成がうまいわけです。

 とにかくこの作品、超絶オススメです。以下、ネタバレをできるだけしない方向で作品をレビューします。

 できるだけこれから見る人に配慮した内容にするつもりですが、絶対に余計な前情報なしで見たい!という方は、ここから先は鑑賞後に読まれるのもいいかもしれません。



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 内容は、物体に残った残留思念から、人の記憶を読み取る能力を持った「スキャナー」が活躍する話。野村萬斎さんが仙石という名のスキャナーを演じている。

 スキャンしても、ロクでもないことばかりが読み取れてしまい、気分が悪くなる。たまに親切心を出して読み取ってあげても、相手が望まない内容だったりして逆に恨まれたりして、裏目に出てばかり。

 能力が人に喜ばれるどころかどんどん不幸になっていくので、仙石は筋金入りの人間嫌いになり、人間というものに希望を持てなくなり、引きこもる。

 そんな仙石の到達した人生観は、「人間とは醜い」であった。



 そんな彼に、ある依頼が舞い込む。

 失踪して居所の分からないピアノ教師・沢村雪絵(木村文乃)を、探してほしいと。

 仙石の過去の実績を知る少女からの依頼であった。仙石は大の人間嫌いを発揮してなかなか乗り出そうとしないが、強引にかり出される中で少しづつ、事件を調べる気になっていく。

 残された遺留品、失踪者がいた場所。そういうものに触れ、残留思念を読み取りながら、仙石は事件の核心に近付いていく。しかし、そうしてたどり着いた真相は、あまりにも意外なものだった。



 この映画は一応謎解き物であり、一連の事件の犯人が存在する。

 皆、「あいつかな?こいつかな?」と予想しながら見るはずだ。

 でもこれ、当たる人少ないと思うよ!

 正直に言うと、私は種明かしのギリギリまで見抜けませんでした。

 エッ、その人? みたいな。たいがいのケースで当てるんですけど、これは久しぶりに外した。多少の強引さはないとは言えないが、それでもやはり脚本が見事だと言える。

 この映画から学べることは——



●ほとんどのの不幸、悲劇は「誤解」から生じる。



 この映画で描かれる事件も、ある誤解が生んだ悲劇であった。

 それさえなかったら、一連の殺人事件は起きなかった。

 悪人という存在は、最初から悪人なわけではない。

 物事を認識する出発点で、物事の捉え方を間違ってしまった者のことを言うだけである。悪人の残念な特徴は、「早とちり」である。

 物事を見極める上で精査するなら、それだけ「誤解」を減らせる。

 誤解するということは、ゆえに忍耐がないということである。

 だから、「物事を捉える上で短気になるな。ちょっとでも疑わしかったら、結論を簡単に出さず見つめ続けろ。面倒だからもう今の情報だけで結論を出してしまって楽になりたい、という誘惑には乗るな」というメッセージが言える。



 この事件に関わることで、仙石は真犯人のひどい憎悪と怨念、そして深い悲しみを本人と同じレベルで体験することになってしまった。スキャナーの悲しき宿命である。でも彼は、そこで人の心というものに希望も見出した。

 通常の警察の捜査では、おそらく犯人は捕まらなかった。

 犯人に殺されはしたが、命がけで「思念」を残した人物がいた。

 ある人物をかばいたい一心で。仙石はその思念のおかげで、犯人を特定できた。

 その、命を懸けて残されたヒントに、仙石は胸を打たれる。



 ラストシーン。

 仙石は、空に向かってポツリと言う。



●人間って……美しいですね



 お金や権力がある、頭がいい、腕力がある。現実世界では、そのようにいかんともしがたい個人の力の差がある。それに劣る者は、上位の者に負ける。

 でも、ひとつだけ外的条件にさほど縛られない、平等なものがある。

 それは、『想念の世界』である。そこだけは自由である。でも、逆に言えば「言い訳がきかない」ということでもある。

 例え力のある犯人に殺されるとも、無力なその人物の思念は、見事に仙石を通して事件を解決に導いた。我々は、どんな状況であっても、その「想念」はいつだって変えられる。それこそが、あなたの人生を変えていく鍵である。

 これを利用しない手はない。



 仙石は、残留思念が読み取れるスキャナーとして、最初は人の醜さばかり見た。

 だから、「人間とは醜い」と絶望し、人間嫌いになり引きこもった。

 そして今回嫌々事件に関わるが、その事件もひどいものであった。

 しかし、仙石は限界まで「人の醜さ」を見ることで、突き抜けたのだ。

 鬱蒼とした深い森をさまよい歩いた後で、ひらけた草原にいきなり出るようなもの。醜さを臨界点まで見ることで、これまで見逃してきた「美しさ」に気付けた。



 よく、「この世界は愛だ」「この世界は素晴らしい」という言葉を耳にする。

 事実、その通りである。

 でも、辛い目に遭っている人、どう考えても納得できない理不尽な目に遭った人は、「世界のどこが愛なものか」「世界のどこが素晴らしいものか」という思いにもなってしまう。

 そこどまりで人生を終えてしまうことは、残念だ。その先があるからである。

 醜いこと、辛いことも受け止めきった先に、「それでもこの世界にYesと言える」 境地が来る。その時に、最初と同じ「この世界は愛だ」「この世界は素晴らしい」 を言うことになるが、最初のとは深さが違う。

 人生の目的となるひとつの指標は、「一般的なきれいごとをいったん破壊され、それでも最後にもう一度きれいごとに戻ってくる」というプロセスを完了することである。



①第一段階 : この世界は愛 (他人の受け売り・きれいごと)

②第二段階 : この世界は愛じゃない (現実に翻弄され、受け売り程度のことを言えなくなる)

③第三段階 : それでもやっぱり、この世界は愛なんだ(生きた実感)



 人間不信のスキャナーは、たとえ人が醜いとしても、トータルとしてそれでも「美しい」と結論付けた。それこそが、人が生きる希望である。

 人がこの世の生を前向きに生きようと思えるための、最後の砦である。

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